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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第二章 ◆
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040  開拓者からの贈り物



 今日の夕飯は私の故郷、地球に存在する国の一つである中国のアレ、超豪華なアレ、料理の数が無駄に多いアレ____そう、満漢全席だ。

 まさかこのような皇帝気分を味わえるとは……幸せ過ぎる。席に着いて「頂きます」と手を合わせてから(はや)る気持ちを抑え、いそいそと口へ放り込み、まぐまぐと噛み締めた。……う、ウマシっ。

 一度口に運ぶと後は止まらない。私は(せわ)しなく箸を運び続け、次々と目の前のウマシな中華料理モドキを胃の中へ収めていった。

 しかしこのようなハンパない数の手が込んだ料理を一日、しかもたった一人でよくぞ仕上げられるものだ。そしてこのお洒落な大量の皿達は何処にあったのだろうか。どれも見た事がない。あと確か、うちにコンロは2つしかなかったハズだが……いや、考えるのはよそう。あれこれ考えると折角の料理を思い切り味わえない。これを作ったのはタチバナさんだ。それだけで答えはもう十分ではないか。


 さくさくと標的を平らげ、目の前に陳列する皿はもう殆ど空になっている。料理の数こそ多いが20分の1スケールなので腹に丁度納まる量なのだ。

 いよいよ私はシメのデザート、杏仁豆腐にスプーンを差し込んだ。……口に入れた瞬間とろりふわりと消えてしまうこの繊細さ。ヤバイ、美味い。私の中の杏仁豆腐に対する認識が革命を起こした瞬間であった。幸せ過ぎて死にそうだ。死なないけど。


「御馳走様でしたっ!」

「いえいえー、お粗末さまー」


 パァンッと勢いよく手を合わせて感謝の言葉を口にする。「うふふー幸せそうな顔ー、作りがいあるー」と、にこにこ顔で零しながら食後のミルクティーを優雅に飲むタチバナさん。いや、もう、はい、今私は世界一の幸せ者だと豪語しますよ。

 お蔭様で今日の憂いも疲れも全て吹っ飛んでしまった。私は案外単純なのかもしれない。


「今日は実習どうだったー?」


 幸せオーラ全開で満腹になった腹をすりすり摩っているとカチャリとカップを置いたタチバナさんが話し掛けてきた。毎日恒例のご報告である。

 本日の報告の目玉は勿論ドス黒についてであろう。もう口にするのも嫌なのだがタチバナさんならば打開策を思い付いて教えてくれるかもしれない。私は眉間に皺を寄せながらも口を開いた。


「天使……中身が半端なくドス黒い天使に会ったっス」

「天使なのにドス黒いのー?」

「うーん、纏う空気が禍々しいというか……確か名前はホヅミとか何とか」


 拒絶反応を起こす輩の名前を口にしてしまったせいで嫌悪感がそのまま表情に現れてしまった。苦虫を噛み潰したような顔になっているだろうが止めようがない。その様子を見たタチバナさんはふむ、と少し考える素振りを見せてもう一度口を開いた。


「その子もしかしたら噂の問題児君かもー」

「噂の……問題児?」

「そそー、風の便りによると天使の領域内で問題になってるらしいー。気を付けてねー。いざとなったらキリュウ君を盾にすると良いと思うー」


 風の便りってこの隔離された状態でどうやって仕入れた情報だろうかとか気にしたら負けだ。タチバナさんだし。

 アドバイスはキリュウを盾にしろという事だが……うん、候補として考えておこう。制御が掛かっている私とは違い、彼ならばそんな簡単にくたばらないはずだ。

 うんうんと納得していると「ちょっと待っててー」と言い残し、タチバナさんが奥に引っ込んでいった。何だ何だと待っていると幾分もしないうちに彼女は何かを手にして戻ってくる。


「ただいまー。はーい」


 どうぞー、と彼女が手にしていた物を差し出してきたので「ありがとうございます」と条件反射で応えて受け取る。何だ?

 そっと手の中の物を見てみると、そこには繊細な模様が(ほどこ)してある金の土台に青い石がぽつぽつと散りばめられた少し湾曲した楕円形の物があった。

 これは__


「……バレッタ?」

「そそー、暑いでしょー?作ったからヒイラギにプレゼントー」


 何と、手作りでしたか。もう一度手の中のバレッタを見る。土台は縁の中にクネクネと蔓と葉を描くように金属を曲げて接着してあり、そこへ小さな青い石が絶妙な位置に嵌め込まれ実のように見せているようだった。部屋の光を反射し、キラキラと光ってとても綺麗だ。

 最近暑くて髪をどうにかしたいと思っていたので大変有り難い。……しかし残念ながら私はこれを使うことは出来ない。


「嬉しいっス。でもこれは私……」

「うん、髪に止まりにくいんだよねー。知ってるー」


 言い淀む私が何を言いたいのか分かったタチバナさんが代弁した。

 そう、私の髪はこういったものと相性最悪なのだ。止めた矢先からズルズルと落ちていってしまう。上手く止められたと思っても10メートルも歩かないうちに落下してしまうという厄介な髪なのだ。だから私は何もせず下ろしたままのこのナチュラルスタイルが基本なのである。もれなくアクセントに寝癖も付いているが。


「ヒイラギの髪質でも外れないようにしてあるからー。大丈夫ー」

「マジっスか」


 それは凄い。今までどれを使っても一向に良い結果を出さなかったものだから諦めていたというのに……流石はタチバナさんだ。驚く私ににこりと笑い、更に続ける。


「滑らないようにしたし軽いから頭の負担も軽減ー。そのくせ頑丈ー。象が乗ってもだいじょーぶー」


 どこぞの筆箱ですか。

 しかしこの人は本当に規格外過ぎる……開拓者タチバナは今日も絶好調のようだ。


「ありがとうございます」

「いえいえー。あ、私明日から三日程家空けるねー」

「了解っス」


 今思い出したかのように付け足されるタチバナさんのその言葉に慣れた感じで返事を返す私。彼女は時々こうして家を空ける事があるので戸惑いといったものはないのだ。いつもながらに連絡が突然だが、これはもう諦めるしかない。


「一応戸締まりはしっかりねー。お留守番よろしくー」


 『一応』というのは結界がある前提だからだ。我が第二の家に泥棒は有り得ない。

 一応の注意を促す彼女に「うっス」と返事を返しながら家をぐるりと見回す。私は泥棒なんかより心配する重要事項があるのだ。

 今までの経験から考えると、三日後には大量のお土産がこの家を占拠する。私はギッシリと物に囲まれたこの部屋を見渡した。……今度は何処に収納しようか。

 案の定「お土産何にしようかなー」と不穏な台詞を暢気(のんき)に呟くタチバナさん。

 それに反し、私は食後のお茶で喉を潤しながら頭をフル回転させ、スペース確保が可能な場所を探すのであった。




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