035 暗影を投ずる白い羽根
移動し終えた私は木の幹に背を預け、足を投げ出して座り込んだ。女らしさなんて微塵もないが気にしない。休憩中なのに変に女らしくしていては逆に疲れてしまう。そもそも私が女らしくしたところで何の意味も成さない。というか女らしい自分なんて想像するだけで無性にムズムズしてしまう。
少し遅れてキリュウが隣に立った。幹に肩を預けているようだが座る様子はない。……疲れないのだろうか?
「座らないの?」
「……いざという時に反応が遅れる」
うちの番犬は未だに警戒心が剥き出しのようだ。守衛とかやれば天職ではなかろうか。
しかし、そんな常時気を抜かない状態では疲弊しない訳がない。現に彼は幹に肩だけ預けて負担を軽減している。
キリュウ自身が狙われる訳ではないのに、ここまでしてくれる彼はやはり優しいのだと思う。
しかしそれにも限度がある。私は王様なんかではない。パートナーだからといって無条件で守ってもらう義理なんてないのだ。
「――ッ!」
私はキリュウの服の裾をよいしょと引っ張って無理矢理座らせた。怪訝な視線を投げ掛けられたが視線を合わす事もなく黙殺する。黙って休んでおけば良いのだ。私だけ休むなんて居心地が悪すぎる。
暫くチクチクとした視線を左横から感じていたが深い溜め息が聞こえたと共にそれは外された。勝者は私、粘り勝ちだ。
諦めたキリュウの様子を横目でチラリと見た後、視線を手の中に落とすとスヤスヤと眠るヒヨコさんが少し身じろいだ。しかし、起きる様子はなく、また眠りの世界へと旅立ったようだ。……かぁいい彼女の為に早く親を探してやらねば。
ヒヨコの親といえば鶏だ。真っ赤なトサカがトレードマークなコケコケと鳴くアレだ。……私の常識では、だが。何せこの世界では私の常識を斜め上に行くことがたまにある。私の想像するものが絶対だとはとても言えないのだ。
私の思い浮かべているもので合っているのならば、羽根を辿ればすぐ見つかると思った。しかし、辺りを見回してもそれが散らばっている様子はない。遠くにいるのか、それとも想像しているものとは別物なのか……もしも後者ならば非常に気になる。
「ん?」
思案しているとヒラリと目の前に何かが降ってきた。地面に到達する前に思わずそれをキャッチする。
何だろうかと持ち上げると手に長さ20センチ程の白く平たいものが握られていた。
「……羽根?」
私は首を傾げてポツリと呟く。
風に飛ばされて来たのだろうか。……まさか、これは鶏のものなのか?
だとすれば私の記憶のものより遥かに大きい。……巨大鶏……鶏の丸焼きはテーブルに乗りそうもない。しかも火が通りそうにないので生焼けだろう。
「あ」
ひらり、ひらり。
私が鳥の丸焼きに思いを馳せている間にも次々と同じような羽根が降って来る。何だこれ……風で飛ばされているというより上から降ってきているような……。
そういえば、とキリュウの方にチラリと目を遣る。彼の頭上にももれなくシャワーの如く羽根が降り注いでいるだろう。
「……キリュウ?」
私は首を傾げて彼を呼んだ。
無関心な彼を想像していたのだが……私の目に映ったのは目を細めて睨みつけるように頭上を見上げている彼だった。私の声掛けにも反応しない。分かったのは彼が見上げているもの、この羽根の発生源があまり喜ばしいものでないという事だ。
「……」
私は覚悟を決めてゆっくりとキリュウの視線の先を辿った。
ひらり、ひらりと舞う羽根が視界を邪魔するが、その間からその姿を伺うことが出来た……人がいる。
そこには緩くウェーブがかかった綺麗な金髪、そして透き通った青空の色を宿した瞳を携えた男性が枝の根本に腰掛けていた。前者はサラサラと風に靡き、後者は緩く細められ、柔らかい眼差しをこちらに寄越している。距離があるので細かい所までは分からないが……多分凄い美形だ。サカキがこの場所にいたら間違いなく顔を真っ赤に染め上げているだろう。そして私の腕なんかを掴むのだ。それはもう力一杯に。……此処に彼女がいなくて本当に良かった。
彼は美形は美形なのだがキリュウとは違ったそれのようだ。与える印象は正反対。キリュウが陰なら彼は陽、キリュウが黒なら彼は白だ。
まぁ色に関しては見たままである____彼の背中には大きな白い翼が生えているのだから。
今だにひらひらと降り続けている白い羽根の発生源は彼であった。
金髪、青目、そして白い翼。
……彼はもしかしなくとも__
「…………天使?」
疑問形になってしまったが確信はしている。これで妖精なんて言われた時には、もう私は私の中の常識を容易に信じる事が出来ない。
私がそう呟いて見上げていると、頭上に腰掛けている彼はフワリと笑った。
甘く蕩けるような__
「――ッ!?」
__私は思わず目を見開いた。
決して見惚れた訳ではない。それを見た瞬間、何故か物凄い勢いで私の背筋を悪寒が走り抜けたのだ。
思わず腕を見ると思い切りチキン肌になっている。先程まで暑かったのに今は寒い。そのくせ嫌な汗がタラタラと流れて来る……何、これ。
私はもう一度彼を見上げた。
そこには相変わらず微笑んでいる彼がいる……が、その様子を認めた瞬間、治まりかけていた鳥肌が復活した。
…………え、何?