033 もふもふ故に最下位
初実習でキリュウと供に漆黒の森へ飛ばされたのは5月____あれから早くも1ヶ月が経過し、6月へと入った。
此処、死神の領域の気候は私が慣れ親しんでいた故郷、日本とほぼ同じものだ。異世界であるのに妙に日本日本しているこの場所は時折日本にいるのではないかと勘違いを起こしてしまいそうになる程である。日常の道具にしろ日本臭さが滲み出ているし、豆腐やワカメ、そして揚げの入った味噌汁を啜っては沢庵をポリポリと齧り、ご飯を掻き込んでいる朝食などはまんま日本の風景だ。寝ぼけて今いる場所が日本だと思い込んでいた事も幾度とある。……まぁ毎朝食卓を彩っているオレンジ色をしたバナナが視界に入る度、此処が異世界であることを瞬時に理解させてくれるわけだが。後は登校中、ウェディングケーキの様な校舎が目に入った時だとか。
そのようなことを除き、日本に酷似しているこの場所は勿論四季だってちゃんとある。ただし梅雨の時期である現在、日本ほど雨は降らない。梅雨が苦手な私には大変有り難い事だ。
今まで眠りに誘うほど柔らかだった日差しも段々と攻撃的になり、それに伴って気温も上昇する。今は正に衣更えの時期である。斯く言う私も制服を冬服から夏服に替えた____のだが。
チラリと前方を見遣ると、お前は何処の所属の黒子だと言いたくなる様な全身黒尽くめの長袖キリュウさんが視界に入った。…………暑い。視覚的に暑い。自分が着ている訳ではないのに何故か体感温度が高くなる。何とも不思議なものだ。
しかしこれでもまだマシなのだ。コイツは初め、ブレザーまで着ていやがった。嫌がらせレベルとも言えるその光景に我慢できなくなり追い剥ぎの如くそれを引っぺがしたのは記憶に新しい。……怪訝な顔をされたが私は悪くない。服を脱がせたといっても上着だけだ。ブレザーを取り払って下が長袖だった事に新たな怒りを感じ、危うくそれも剥ぎ取りそうになったが断じて私は痴女ではない。このくそ暑い時期にくそ暑い恰好なんてしやがるキリュウが悪い。
何故この時期にそんな厚着でいられるかというと、キリュウ曰く悪魔や天使は体感温度というものに物凄く鈍いから、らしい。どれくらいかというと、極寒地帯に居ても少し寒いな程度、火口付近に居ても少し暑いな程度だとか。これはこれで苦労すると彼は言っていたが暑さには滅法弱い私にとっては羨まし過ぎるスキルだ。何故死神にもそのスキルが備わらなかったのか。同じ人外な生き物なのだからこちらにだって付けてくれても良いではないか____
「――……それも見逃すのか?」
ウダウダとくだらない事を考えていたらキリュウが声を掛けてきた。因みに只今実習中でどこかの平原へ来ている。初回のあの薄暗い森とは違い、視界を遮るものはポツポツと申し訳程度に生えた木ぐらいなので見晴らしはすこぶる良い。フワッと吹き抜ける風も気持ちが良い。その気持ち良い風を感じながら私は手の平に乗せた毛玉を撫でた。くすぐったそうにもぞもぞと動くそれに思わず表情筋が緩む。
初回は視察だけだった実習も段々難易度が上がり、今では魂を狩る所まで進んだ。
今回の実習の狩魂レベルはE。狩魂とはその文字の表す通り、魂を狩るという意味だ。そのレベルはE、D、C、B、A、Sとあり、後者になるほど難易度が高い。現在実行中の狩猟はレベルEなので最低ランクの簡単なものである。
「だって狩る必要性が見出だせない」
寧ろ狩ろうとする奴をめった刺しだ。
そう言外に含ませながらキリュウの言葉に答えると彼は持ち前の読心術スキルを発揮し心を読んだらしく、少し呆れた様子で「そうか」とだけ応えた。
ね?と私が同意を求めた相手はヒヨコさん。私の手の平にちょこんと収まっている彼女は首を傾げて「ちゅん」と鳴いた。……多分雀さんではない。ヒヨコさんだ。見た目はヒヨコさんだから恐らくヒヨコさんなのだ。瀕死だった所を助けて今に至るが彼女が今回のターゲットだったりする。
今までの実習で課題に出された狩魂はこれで10回目くらいなのだが実は私達はまだ一度も狩ることが出来ていない。というか私が狩ろうとしない。
何せEランクの狩魂は今回のような小動物ばかりなのだ。ウサギさんにわんこにハムスターさんに…………何これ、イジメ?私に対するイジメ?ならば効果抜群だ。
しかも懸命に助けようと思えば助けられる。決して絶対死ぬというものではない。あくまで瀕死状態なのである。今回のヒヨコさんも親と逸れて餓死しかけていただけなのだ。それを狩るというのが課題だが………出来る訳がなかろう。
私は毎回「やってられるかー!!」と叫びながら借り物の鎌を放り出す。今回放り出した獲物もキリュウの足元に転がっている……あんなもの要らない。要るのは救急治療道具セットだ。今回もキリュウに頼んで空間魔法で取り寄せてもらった。相変わらずの便利っぷり。一家に一台、キリュウさまさまである。引き出しから突如出現する青狸の腹に張り付いている四次元なポケットなど私には不要なのである……彼といるとき限定だけれども。
課題遂行か救命か……そんなの勿論助けるに決まっている。もふもふ至上主義者として。
だが出された課題はあくまでも狩魂。私はターゲットを助けてばかりいるのでそんなもの出来るはずもなく、いつも失敗に終わっている。
そんなこんなで実習の成績は勿論______最下位。
まぁいつもの事だ、うん。問題ない。