032 秘密の共有者兼協力者
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
またそんないきなり意味不明な……彼は一体何に対して謝っているのだろうか。
彼に謝られる覚えのない私は盛大に首を傾げる。
「……お前、狙われるぞ」
「へぇ…………え?」
誰に?何故に?
覚えのない謝罪に続けてキリュウから零れた忠告とも取れる言葉にまたもや間抜けな声が口から零れてしまった。首はもうこれ以上傾げられないといった所まで傾き、大変なことになっている。私は首を元に戻し、代わりに眉間に皺を刻んだ。
もう本当に訳が分からない。彼は本当に言葉が足りない。対キリュウ翻訳器なるものがあれば是非とも欲しいところである。大活躍すること請け合いだ。
「……えーっと、キリュウさん、出来れば順を追って説明して頂けると非常に有り難いのですけれども」
でなきゃさっぱり分かりませぬ。
私の読解レベルを遥かに越えたのでキリュウに詳細を求めてみた。このもやもやを是非に晴らして欲しい。何だか針に糸が通らない時の心境に似ている。私は今、頭を掻き毟りたくて仕方がない。
そんな私を見たまま、彼は少し間を開けてから話し始めた。
「……お前は悪魔の上層部の奴らに目を付けられている」
突拍子もない事を告げられピシリと固まる。何だその至極面倒臭そうな事態は。
今、私はきっと豆鉄砲を後ろから一気に5発ほど喰らった鳩みたいな顔をしているだろう。不意打ち過ぎる。
「……あー、うん?私、何かしたかな?」
してないよね?
記憶をいくら辿れども悪魔のお偉いさん相手に問題を起こした覚えはない。当然だ。そもそも私は悪魔自体昨日まで会ったことのなかったのだから。そんな奴らに何故私が狙われなければならないのだ。
……まさか鼻血垂れをぶちのめしたのがいけなかったのか?アイツ、実は上層部の奴の箱入り息子とか?
「……言っておくが鼻血を垂らしていた奴は無関係だ」
だよな。
私の思考をバッチリ読んだキリュウが訂正を入れてくれる。
まぁアイツはどう見ても雑魚キャラもんな。どう頑張っても重要キャラには見えないもんな。
しかし奴はキリュウにも鼻血垂れとしてしか認識されていないらしい。余程影が薄いようだ。美形なのに。一応。
また思考が脱線している私。それにはもう慣れたらしいキリュウが説明を続ける。
「……原因はペア発表の日、魅惑の力が効かなかった事。そしてそれ以上に目を付けられた原因が、黒学の保健室に辿り着けた事だ」
「あー、空間魔法がどうのこうのってやつ?」
「あぁ……それを担任――――上層部の奴に知られた」
眉根を寄せるキリュウ。どうやら彼はその上層部の奴らがあまり好きでないようだ。そして担任、偉い奴なのか。偉い奴らって黒い皮張りのソファーで暇そうに踏ん反り返っているイメージがあるのだが。仕事するにしてもポンポンハンコを押したりする書類関係なイメージがあるのだが。まさか教師は副業か?……いやいやいやいや。
またもやぐるぐると思考を回す。そんな私に目の前の男は更に爆弾を落としてくれた。
「……あと探している通行手形だが、あれは俺と担任が掏り替えた物だ」
「………………………………は?」
たっぷり、それはたっぷりと間を開けて言った。は?もう一度言おう。は?
これだけ大騒動に……私は決死の覚悟で正体まで明かしたのに。黒幕がまさかまさかのキリュウだと?
フツフツと湧く怒りを感じながら彼を見る。
「……すまなかった」
「……」
____ふざけんなッ!!
……そう怒鳴ろうと思っていたのだが、彼を見た瞬間怒りがしゅるしゅると縮み、そして消えてしまった。
私はどうかしたのだろうか。幻覚が見える。キリュウの頭にへにょりと垂れた耳、そして後ろからしょぼりと垂れた尻尾が見える。それほどまでに彼は反省しているようだ。先程前触れもなしに謝ってきたのはきっとこの事なのだろう。
私は溜息を吐き出し、怒るのを諦めた。というより怒れない。幻覚が見える限り無理だ。
「……でもまさか此処に飛ばされるとは思わなかった」
「え?共犯なくせに行き先知らなかったの?」
「……あぁ。アイツに『正体を暴きたければこれを使え』と渡されただけだ。消えたのは……アイツが何か仕掛けをしていたのだろうな。キマイラを操っていた悪魔の羽根も俺のものではない」
「……え?何?どういう事?キリュウは私の正体が知りたかっただけ?」
色々気になる事を言われた気がするが、一番そこが気になった。
共犯と言うからにはこのまま連行されて人体実験やら何やらされるものだと思っていたのだが、そんな素振りは微塵も見せない。何やら暴露まで始めたし……彼が一体何をしたいのか全く分からないのだ。
頭に疑問符をこれでもかという程浮かべまくった私を他所にキリュウは淡々と続ける。
「……知らなければ隠せないだろう?上層部に告げ口するつもりは端からない」
……ん?何だ?
つまりはあれか?
「庇ってくれるの?」
「あぁ」
「……何で?」
「……折角面白そうな奴を見つけたのに上層部の奴らに横取りされるのは気に食わない」
……何だその自分のオモチャを取られたくないガキンチョのような考えは。
そんなお子様はきりう君か、きりゅ君に呼び方を変えてやる。名札を付ければバッチリだ。恐ろしく似合わないが。
まぁしかし助かった事には変わりない。何かよく分からないが協力もしてくれるようだし……。
「ありがとう」
取り敢えずお礼は言っておこう。そう思って言ったのだが、キリュウが驚いた表情を見せた。
え?何?何か変な事言ったか?
「……飽きない奴だな」
「それは褒め言葉と取れば良いのかな?」
私のその問いにキリュウは「……それより」と話を中断させた。
……もう勝手にそう取ることにする。
「……その色、何とかならないか?」
キリュウが言っているのは髪と瞳の色の事だろう。私は解除したきりなので未だ色は自前のものとなっている。……確かにこれを他の奴に見られるのは厄介だ。
私は「了解」と無惨にも引き千切られたままだった黒いリボン状のものをポケットから出した。チョーカーだ。今は小さな透明の丸い石は付いていない。
それを首に回し、目を閉じて魔力を集めるイメージをする。淡い光が私を包み、目をゆっくり開くと視界にもはや定着している明るい茶色の髪が映った。染色完了である。
先程まで千切れたただの黒いリボンだったそれは、今では復元され、チョーカーとして首に納まり、コロンと小さな透明の丸い石がぶら下がっている。タチバナさん曰く、これ、実は私の魔力の塊らしい。
キリュウはその一連の様子をジッと見て私の髪と瞳が染色された事を確認した後、口を開いた。
「……知らなければ何も出来ない。話してくれるか?」
そんな彼を私は見る。闇色の瞳の奥を覗くようにジッと見詰めてみるが騙しているような様子は見られない。彼はきっと嘘はついていない。
彼は信じていいと思う。根拠は無い……私お得意の勘というやつだ。そもそも良い奴だと私は昨日から思っている。迷う必要はないのだ。
彼には秘密の共有者、そして協力者になってもらおう。タチバナさんは……いいや、今は考えない。後々の恐ろしい情景しか思い浮かばないし。
私はふるふると頭を振り、意識をキリュウへと戻す。
うーん、話か。
…………まぁ、取り敢えずは__
「私はヒイラギ……柊湖都。改めてよろしく、キリュウ」
自己紹介かな。
私は自然と頬が緩むのを感じつつ目の前のパートナーを見る。
さて、何から話そうか。
「……へぇ。蒼黒の死神……ね」
2人が居るところから少し離れた場所。ポツリと静かに声が零れた。
薄暗い漆黒の森に白い羽根がハラリと舞う。浮くかと思われたその色は闇の森に違和感なく溶け込んでいった。
「……面白そうだね」
2人を観察していた一つの影は興味深そうにそう一言呟き、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
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