030 もふもふに懸ける長年の夢
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
……ああ、バラしてしまった。
後でタチバナさんに怒られるんだろうなと遠い目をする私。あの人の恐さは尋常じゃない。今日は記念日になるだろう……恐怖的な意味で。
先程まではキリュウに支えられていた私だが、今それは必要ない。風魔法を使って少しの間なら飛ぶことが出来る。制御が解除されたので上手くコントロール出来るのだ。鎌も出せる。……ちょっと変わったものではあるが。
私はキリュウをチラリと見た。タチバナさんが言った通りの事態、とてつもなく面倒臭い雰囲気をビシバシ感じる。まさか異端な色彩をしているだけでここまで驚かれるとは思わなかった。あ、鎌も出しちゃったか…………ここはあれだ、見なかったことにでもしてくれないだろうか。
私はヘラリと笑ってごまかしを試みたのだが、キリュウの驚き顔が怖い顔になっただけであった。顔面一杯に説明しろと書いてある。
あ、はい、すみません。見逃せとか無理ですよね。
私は長い溜め息を吐き出し、諦めてキリュウのご要望に応えようと口を開きかけた……が。
「――――わぁッ!」
急に腕を取られ前につんのめった。背後からキマイラが噛み付いてきたらしく、キリュウは私が噛まれないように私の腕を引いたのだ。いかん、すっかりキマイラのことを忘れていた。
「……先ずはコイツか――」
「ちょっと待った」
キリュウの纏う空気がまたピリピリと張り詰め、武器を再び構えたところでガシッとその腕を掴み、待ったをかける私。キマイラを殺されてしまったら私が決死の覚悟で秘密を明かした意味がなくなるではないか。
大体もふもふに手をあげる事自体が許せん。しかもタチバナさんに怒られ損なんて最低最悪だ。ここで止めなければ全て水の泡と化す。そんな事させてたまるものか。
必死な様子で止める私を怪訝な顔でキリュウは見ている。いかにもさっさと放せと言わんばかりだがそんな顔したって譲らないからな。絶対譲ったりしないからな。
私は彼の腕を放すことなくそのまま口を開く。
「もっと穏便にいこう」
「……殺されかけた奴が何を言っている」
まぁ確かにキリュウが言う事も一理ある。私はあのキマイラに圧死、焼死、ショック死とスペシャルコースで殺されかけたのだし。キリュウに助けてもらわなかったら本当に怪我をする所ではなかったかもしれない。
……だがしかし。
「まだ私死んでないよ」
「……」
私がそう言うとキリュウの怪訝な顔が呆れ顔に変わった。いや、だって真実ではないか。私は小さな傷一つ負っていない。すこぶる健康体なのである。
「それに絶対理由があると思う。きっとキマイラ自体は悪くない」
「……根拠は?」
「勘」
「……」
何だその顔は。
今度は呆れ顔が馬鹿にするような顔に変わった。キリュウの質問に私は至極真面目に答えたのだが……まぁ確かに逆の立場になったら私も同じ態度になりそうなので黙っておくことにした。
しかし私の勘をナメてもらっては困る。結構当たるのだ、私の勘というやつは。しかもこういう悪い状況下だと不思議な事にほぼ当たってしまう。
今回のこの事件は、信じたくないが誰かが仕向けているような気がしてならないのだ。面倒臭い。ほんと面倒臭い事この上ない。
二人、無言での応酬を続けていたのだが、キリュウの方は興醒めしたのか溜息を一つ吐き出し、纏う空気が幾分穏やかになった。どうやらゴリ押しスキルは私の方が上のようだ。粘り勝ちした私はキリュウのその様子を認めてから鎌を消し、キマイラへと向き直る。
王道の展開から考えるならばキマイラの子供が近くにいて気が立っているとか、誰かに操られているとか……なのだけれども。札とか何処かに貼ってないかとキマイラの身体を隈なく見回してみた。
……。
…………うむ、何処から見ても彼は立派な毛並みをしている。何だあのツヤは。ふさふさ加減は。野性とは思えないほど小綺麗だ。あの綺麗な毛並みに埋もれたい。そして乗ってみたい。リアルもののけのお姫様だ。私はあの映画を見たとき心底羨ましかった。以前は現実にあんなデカイもふもふがいなかったからこそ諦めたが、今目の前にその夢を叶えてくれるもふもふがいる。やってみたくてウズウズする。据え膳喰わぬは男の恥ってな。……何か色々と違うがまぁ良いや。
しかしあれだけデカイのだ。私一人乗ったところで平気であろう。あぁ、跨がって首に抱き付いてもふもふ…………ん?
思考を脱線させながらキマイラをキラキラした眼差しで見ていると、首元に何かくっついているのが見えた。何だ?ゴミか?
綺麗な毛並みにチラリと見えた小さな黒いものが無性に気になった。折角綺麗なのにゴミ付きとは頂けない……ってあれ、もしや操るための媒体ではないだろうか?
もう一度目を凝らして見てみたがもう隠れてしまったようで見当たらない。
それが本当に媒体かどうかはわからないが、確認してみる価値はありそうだ。
「キリュウ、ちょっと待ってて」
彼の返事はなかったが無言を了解と取り、私はキマイラに自ら飛び込んで行った。
当然キマイラは獲物が態々やって来たので攻撃を仕掛けて来る。私はキマイラパンチや噛み付きをかわしながら先程見たものを探した。……確かあの辺りだったような。
ガブリとやられそうになったところを体を捻ってギリギリ横に避け、そのまま首に抱き着く。
「……ッ!?」
私はその瞬間固まった。
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