029 擬態の理由と約束事
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
「ただいまー。さてー、ヒイラギ、髪と目の色変えようかー」
タチバナさんに頼まれていた薪割りを終える頃にはもう日が沈みかけていた。へろへろになりながら薪割りに使っていた斧を片付けて家へ入り、一杯の水を飲んで一息ついていた私。あぁ、重労働後の一杯の水は身体に染み渡るなーとか考えていると、何処かへ出掛けていたタチバナさんが御帰宅された。玄関のドアを勢い良く開いて開口一番の彼女の台詞が冒頭のものである。
いきなりそのようなことを言われポカーンとする私。その私をニコニコしながらタチバナさんは見ている。……えーっと、何だっけ?あぁ、髪と目の色か。
でも何故に?
「……おかえりっス。突然どうしたんスか?」
「ヒイラギ明日入学試験でしょー?」
小首を傾げながらタチバナさんはそう言った。いや、まぁ確かに今日の昼食時、突然思い出したかのように彼女から死学とやらに行けと言われたが。……明日入試だったのか。今知ったぞ。
入試っていっても何をするのかすら分からない。……しかも明日って。
……。
…………まぁ何とかなるだろ。
明日入学と判明しても勉強なんてするつもりもない。今更焦っても仕方がないのだ。中間テストじゃあるまいし、一日完徹でどうこう出来るものではない。そもそも教材自体が無いのでどうしようもない。……あぁ、また思考がぶっ飛んだ。いかんいかん。
えーと、タチバナさんは入試だからと言ったが……それとカラーリングとどう関係あるのだろうか?
「これのままじゃ駄目なんスか?」
自分の髪を摘み、首を傾げながらタチバナさんへ問う私。彼女は少し困ったような笑みを浮かべながら答えてくれた。
「んー、綺麗だしその色私は好きなんだけどー、そのままだとちょっと目立っちゃうー」
目立つと言われた私の髪と目の色は黒と蒼。日本人特有とは言えないものだが自前である。母方の祖母が西洋系の外国人なのだ。どうやら彼女の目の色彩を受け継いだらしい。私は所謂クォーターというやつである。
しかし目立つといってもタチバナさんに比べたら幾分地味な配色だと思うのだが……イグラントではこっちの方が目立つのか。
何か理由があるのだろうかと考えていたらタチバナさんが説明を補ってくれた。
「死神って髪と目の色が皆それぞれ同じなんだよー」
あぁ、なるほど。
確かにそれは目立つ。
どうやら私は毛色が変わった死神だったらしい。まぁ異世界出身だし色彩が違うくらいでは特に驚きはない。寧ろこのファンタジーな日常自体が驚きだ。
そこで私はタチバナさんを見る。彼女の配色は金髪に碧眼だ。髪と目の色が違う。
「じゃあタチバナさんは死神じゃないんスね?」
謎が多いタチバナさん。今までただの……いや、ただのではないな。色々と規格外なお姉さんだとは思っていたが何者であるかまでは知らない。
私のその問いに彼女は「うふふー」と笑うだけだ。はぐらかされてしまったが彼女が何者であっても私の恩人である事には変わらない。私にとってタチバナさんはタチバナさんなので何者であろうとも気にしないし、それに彼女が言いたくない事を無理に聞くことはしたくない。これ以上の追求はしないでおく。
「まぁとにかく悪目立ちしちゃうからー、染めちゃおうかー。ヒイラギも突っ掛かれるの嫌でしょー?」
「お願いするっス」
彼女の助言に私は即、了承の意を示した。
悪目立ちとか勘弁だ。面倒臭過ぎる。今まで染めたことはなかったが、この色彩にこだわっている訳ではない。只単に髪を染めたりカラコンを付けるのが面倒臭かっただけだ。
しかしこの色彩のせいで面倒事が転がり込んで来るならば私は喜んで周りに擬態しようではないか。
「でもどうやってするんスか?」
イグラントにもカラーリング剤やカラコンといったものがあるのだろうか?
私が首を傾げているとタチバナさんはポケットから黒いリボンみたいなものを取り出した。それを「ちょっとじっとしててー」と言いながら私の首にぐるりとまわす。何これ?チョーカー?
疑問に思いつつも大人しくジーッとタチバナさんの手を眺めていたが、彼女がそれを装着した瞬間眩い光が目を刺激し、思わず私は目を瞑った。
「はい、出来たー」
彼女のその言葉を聞き、私はゆっくり瞼を上げる。
出来たって何が?
そう尋ねようとしたのだが、視界に入る明るい茶髪を見てその答えを知ることが出来た。凄ぇ、髪染まっちゃってるよ。チョーカー着けただけなのに。
「目の色も大丈夫ー」
私がマジマジと自分の髪を摘んで眺めているとタチバナさんがそう言いながら鏡を持って来てくれた。覗き込むと髪と同色の瞳をした自分と目が合う。首には黒い帯に丸い透明の小さな石がちょこんと垂れ下がったチョーカーが装着されていた。これの構造は全く以って理解出来ないが……まぁ魔法だろう。何でもありだ。
「おー、凄ぇー」と感嘆の言葉を発しながら鏡を食い入るように見る私。マジ凄ぇ。
「髪色変えただけなのに何か別人っスね。そういえばこの色にした意味あるんスか?」
「一番その色が多いー」
「へぇー」
割りと明るい色だがまともだ。以前、赤だの緑だのとカラフルな頭をした方々を見たことがあったので少しドギマギしたのだがその配色でないことに心底安堵した。あそこまでいくと私的にはコスプレの域である。
「あー、それとー、魔力に制限かけたからー」
何故に?首を傾げるとタチバナさんが簡潔に答えてくれた。
「デカすぎるー」
「はぁ」
そうなのか。だがそう言われても自分では良く分からない。まぁさして問題はないだろうと思ったので適当に流した。
「でもちょっと調節が難しくてー、制限し過ぎて武器も出せなくなっちゃったかもー」
「……え、それってまずいんじゃ……」
訂正、やはり問題だったようだ。
鎌が出せなくて死学でやっていけるのだろうか?
「大丈夫大丈夫ー。そんなのなくても十分強いしー。それにいざという時には勝手に解除するようにしたしねー。あ、チョーカーが取れても解除されちゃうからー、絶対外さないようにー。私以外には誰にもそのこと言ったり見せたりしないでねー」
「り、了解っス」
にこりと笑うタチバナさんから何だか威圧感というか黒い気配を感じ取り、背中にたらりと汗が伝った。口から出かけた「やっぱり無理ではないだろうか」という言葉なんて言えるはずもなく……。それを飲み込んで首を縦に振るしか出来なかったのだった。
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