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死神亜種  作者: 羽月
◆ 第一章 ◆
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002  迷いの森に佇む隠れ家



 私の第二の家は森の中にひっそりと佇んでいる。そしてそこは死学からそんなに離れていない。寧ろ近い。詳しく言うと死学の裏手の森に入って徒歩5分程で到着してしまう。


 第一の家__つまり日本の家にいたときは学校まで徒歩と電車の乗り継ぎを経て、移動時間は合計1時間近くかかっていた。電車内で寝てしまって、「はて?此処は何処?」なんて惨劇もちらほら。勿論遅刻だ。開き直り、屋台のヤキソバを求めて近くの海に行ったことが懐かしい。そんなこんなで私からすれば近距離というだけでとてつもなく良物件に思える。今まで移動に費やしてきた時間を他にあてられるのだ。睡眠とか睡眠とか睡眠とか……とにかく睡眠を遅刻ギリギリの時間まで貪り尽くしたい。二度寝三度寝と時間の許す限り繰り返し、至福のあのまどろみの時間、寝落ちする瞬間を味わうのだ。……嗚呼、近いって素晴らすぃー。ブラボーぅ。

 そんな目と鼻の先にある我が第二の家だが、その存在を知るものは殆どいない。原因はこの家の主、タチバナさんだ。


「お帰りー」

「ただいまっス」


 死学を出発して早々帰ってきた私を家の前でのほほんと迎えてくれた年齢不詳なお姉さん。

 サラサラショートの金髪にエメラルドグリーンの瞳、陶器のような滑らかで白い肌、そして完璧なボディーラインというラスボスも裸足で逃げ出すと思われる最強防具を惜しげもなくフル装備。彼女がニッコリと微笑めば一体何人の男共が貢物を捧げるのだろうか。下僕志願者も続々出てきそう……怖い怖い。目の前の人物はそんなことをついつい考えてしまうほどのものすごい美人、正に生きる芸術。それがタチバナさんだ。


「ヒイラギー、紅茶飲みたいなー」

「了解っス」

「ありがとー」

「いやいや、タチバナさんもお疲れっス」

「いえいえー。あ、ミルクティーが良いなー」

「うっス」


 シャキシャキと体育会系の返事を返す私。タチバナさん相手だと条件反射でこうなってしまうのだ。

 まぁそんなことより今は任務を遂行しなければ。生きる芸術タチバナさんの御所望、ミルクティーを入れるため、私は目の前に佇んでいる2階建てのカントリー風な我が家へと足を踏み入れた。

 間延びした喋り方にこの容姿、そして輝かんばかりの笑顔。思わず護ってあげ…………いやいや、馬鹿を言っちゃいけない。

 この人はこんなナリをしているが見た目だけで判断すると酷い目に遭う。現に先程私を迎えてくれたタチバナさんの手には誰が見ても彼女には相応しくないと思うだろう大きな斧が装着されていた。それを片手で軽々と振り下ろし、木をぶった切っている。スコンスコンと小気味良い音を奏でながら鼻歌まで歌っている様はまるで夕飯の為に包丁でキャベツでも刻んでいるかのようだ。だが、か細い腕から放たれるこの一撃一撃はそこらのマッチョごときじゃ足元にも及ばない。違和感を抱かずにはいられないこの光景…………私は慣れるのに1年ほどかかった。

 彼女はどうやら薪割りをしてくれていたようだ。私がやると半日仕事なそれを彼女に任せるとあっという間に終了するのでとても助かる。


 話は戻って、何故この家の存在が知られていないことの原因がタチバナさんなのかというと、彼女がこの家周辺に結界を張っているからである。この世界には魔力というものが存在するのだが、それが並大抵の力の持ち主ではこの結界に気付くことすら出来ずに通り過ぎていく。結界に触った瞬間、森のどこか違う場所にワープしてしまうのだ。森の中はどこも同じような景色なので知らないうちに強制ワープさせられ「此処は何処なんだ」と迷子になる人が絶えない。故にここは「迷いの森」と安直な名前で呼ばれている。

 傍迷惑極まりないが仕方ないとも思う。こんな恐ろしい美人が一人暮らしをしているのだ。襲った奴らの方が心配である。絶対に無事では済まない。何故森の中なのか本人から詳しくは聞いてはいないが、多分アタックする奴やら襲う奴が押しかけてきてタチバナさんの返り討ちに遭うということが繰り返されてきたからだろうと私は推測している。そりゃあ鬱陶しくもなるもんだ。私だって同じ目に遭えば森に篭ることを躊躇いなく選択する。


「ふー、いい汗かいたー」

「そんな涼しそうな顔して……汗なんて一つも掻いてないじゃないっスか」


 色々考えている内にタチバナさんが仕事を終わらせ家へ入ってきた。先ほど家の前で山済みにされた薪を見たのだが……汗一つ掻いてもいないのは流石といったところか。「ふいー」と汗を拭う振りだけをしている。毎回思うが彼女は化け物だろうか…………思っても勿論口に出すことはない。断じてない。理由は言わずもがな。心の中だけに留めておく。

 タチバナさんが椅子に腰掛けたので今入れたばかりのミルクティーと昨日作っておいた紅茶のクッキーを棚から出して彼女の目の前に置く。紅茶紅茶しているがまぁいいだろう。


「ありがとー」

「いえいえ」


 優雅にミルクティーを口へと運びながらもそもそとクッキーを齧るタチバナさん。美味しい美味しいと合間に言いながら食べる様は、仕草は上品だが何だか小動物を見ている気分にさせる。




 ____私は5年前にこの人に拾われた。


 5年前の真夜中、私はこの世界では異質な制服姿で入れるはずがない結界内のタチバナさん宅に突然訪問したのである。そのときタチバナさんは目を丸くし少し驚きを見せただけで怪しかったに違いない私を快くこの家に入れてくれた。

 異世界から来たからだろうか。よく解らないが私はこの結界にすんなり入ることが出来る。初めは通じなかった言葉もタチバナさんが何か呟いた後通じるようになった。恐らく魔法だろう。ファンタジー小説やらにお決まりな事だが、それがとてつもなく有難かった。……異世界で言葉が通じないとか考えただけで恐ろしすぎる。実際、最初タチバナさんから発される言葉が理解できなかったときは軽く絶望した。

 それから事情を話し、結果、この家に置いてもらえる事になった。右も左も解らない、言葉すら通じない状態だったのを助けてもらったのだ。感謝してもしきれない。タチバナさんは私にとって恩人であり、第二の母のような存在である。


 彼女にはお世話になっている間に色々この世界の常識も教えてもらった。中でも驚いたのは、この世界では自分自身が死神に適合するという事だ。死神といえば不老不死のイメージだが、この世界ではちゃんと寿命がある。死神も悪魔も天使も人間と同じように生まれるらしい。タチバナさん曰く、私はその中で死神に当て嵌まるとの事だ。

 私が今通っている死神育成学校はその名の通り死神として生まれた者を育てる学校である。授業内容は机に向かって勉強する筆記、そして実際に実践する実技と実習がある。筆記は日本で習うような国語に始まり、数学、化学、この世界の歴史など、実技ではサバイバル練習などをし、最終的に実習で死神らしく魂を狩りに行くのだ。


 因みに1年前から死学へ通うようになったのは自主的に行こうと思ったのではなく、「明日から死学に行ってらー」とタチバナさんが私に言ったからだ。既に手続きを済ませた後で急に言われたのでビックリした。拒否権は勿論ない。宣告された時点でそれは決定事項なのである。

 まぁ学校ではそれなりに楽しくやっているので今では感謝している……が、急に言わないでほしい。私にだって少しは心の準備というものがある。

 しかしそれをこの人に言ったところで意味はない。……諦めが肝心である。


「今日学校どうだったー?」

「呼び出されてまた言われたっスよ。あー、明日はペアが発表されるらしいっス」

「あーペアねー。気に食わなかったらやりたいようにやれば良いよー。ヒイラギの場合言わなくてもそうするだろうけどー。うふふー」

「そうっスね」


 会話をしながら私はタチバナさんにカバンから出した例の紙切れを渡す。タチバナさんはそれを受け取り、幾許(いくばく)か眺め、指をさす。


「これなにー?よく解んないけど何か凄いー」

「あー、それは一筆書きといってですね、ペンを一度も紙から離さずに絵を描くんスよ」

「へー、落書きなのに頭使うんだねー。この不思議物体は何ー?」

「ロケットっス」

「なるほどー、よく解んないー」

「宇宙に行ける乗り物っス」

「おー、すげー」


 興味津々できいてくるタチバナさんに一筆書きを教えたり、くだらない話をしたりして今日1日を終了した。




 因みに赤丸を取ったことに対してお叱りはなく、会話にすら出てくることはなかった。




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