026 行方知れずな通行手形
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
ポケットというポケットをひっくり返しても出てくるのは紙は紙だが飴の包み紙くらいで通行手形は出てこない。ハラリハラリと舞い落ちて私の足元に広がるそれら。……そろそろごみ箱へ捨てに行かねば。サカキに見つかったら「アンタは幼児か」とまた叱られてしまう。
まぁそれは良いとして、確かに私はキリュウから受け取ったそれをポケットに突っ込んだはずだ。しかしいくら探しても見つからない。こうなりゃ全部脱いで調べるべきか?……いやいや、ここにはキリュウがいるのだった。ただでさえ彼には痴女紛いな事をやらかしてしまったのにその上ストリッパーだなんて思われては私はもう自分で穴を掘ってそこに大人しく埋まるしかない。却下だ却下。
ポケットにないのならばうっかり落としてしまったのだろうかと周りを見回してみたのだが何処にも落ちてはいない。え、あれ、おかしいな。
私達はクリスタルゲートを潜ってから全く移動をしていない。考えられるとしたら私が先程風魔法を使ったときに飛ばされてしまった、という事態だ。もしそうだとしたら見つけるのは困難。風に乗って遥か彼方まで飛ばされてしまったかもしれない。
私がそうやってごたごた考えているうちにもキマイラからの攻撃はしきりに繰り出されてくる。勿論私単品に。何故だ。あっちにも黒い標的がいるというのに。
前へ後ろへ横へとかわしながら、そして散乱した飴の包み紙を拾い集めながら私は周囲を観察した。本当に何処かぽろっと落ちていないのだろうか。草に紛れているとか。
キマイラパンチの一撃一撃は強い上、あの身体のサイズから繰り出されているとは思えないくらい速い。気を抜かないようにやつの攻撃を避け、目的のものを探す。
ない、ない、ない……何処にもない。何処に行った、私の通行手形さん。
「……此処にはない」
次々と繰り出されるキマイラパンチから逃げ回りながらも視線をあちこちさ迷わせて通行手形を探している私に向かってキリュウがそう言った。ない?ないですと?
ではやはり先程の風魔法でぶっ飛んだか。
「……風魔法を使った時に飛んではいなかった。恐らくこの森をどれだけ探しても見つからない」
私の思考に対し、読心術スキルレベルMAXのキリュウ氏から否のお言葉が即返ってくる。何かもう心を読まれる事には諦めたというか慣れてしまったというか。それにしてもまたこの男は突然意味の分からないことを……。説明が足りなさ過ぎて私にはさっぱりだ。断じて私の理解力が足りないわけではない。
この森自体にないだと?じゃあ何処にあるというのだろうか。まさか足が生えて走って逃げたとか羽が生えて飛んで逃げたとか言う訳ではあるまいな?
そんな事を考えながら目を細めてジトーッとキリュウを見たのだが今度は反応無しときた。きっと余りにも馬鹿馬鹿しい考えに返す言葉もないのだろう。そんな事は自分が一番分かっている。ほっとけ……いや、やっぱりほっとかないで。私にも分かるように説明をぷりーずだ。
私の心の声が通じたのか、キリュウの口が開いた。
「…………アイツ……」
否、通じていなかった。
アイツって誰だよ。今回の件に関係あるのか?
眉間にシワを寄せてまた考え込んでいるキリュウ。様子を見るにどうやら彼は訳知りのようだが本人そっちのけで自分だけ考え込まないで欲しい。こちらは気になって仕方がないというのに。
「キリュ――」
彼の名前を呼ぼうとしたのだが、私の隣にある茂みからガサリと出てきた黒い毛玉に気が付き、中途半端な所で途切れてしまった。私の横には先程逃がしたうさぎさんがこちらを見上げてちょこんと座っている。うおっ、か、かぁいい……じゃなくてっ。逃げたのではなかったのか?
ハッと前を見ると踏み潰すのを諦めたらしいキマイラが今度は炎のブレスを吐き出しているところだった。広範囲なこの攻撃は逃げようにも間に合わない。
私は迫り来る炎に向かって風魔法を纏わせた鎌を有りったけの力を込めて薙いだ。
ホームランっ!ホームランですっ!
私の中の実況さんが机をバシバシ叩き、マイクを握り締め、中腰になりながらそう絶叫する。我ながら良いスウィングであった。
鎌が重い為、反動でヨロヨロと身体がよたついたが踏ん張って何とか持ち堪える。
迫っていた炎は私が薙ぎ払った所からスパッと両側に割れた。鎌鼬はそのままキマイラへ向かうがキマイラパンチに踏み潰され、ダメージまでには至らない。……これで私の魔法はキマイラに効かない事が判明した。ダメージを負わせるには直接切り付けるしかないらしい。
それを見届けた後、急いでうさぎさんを見た。火の粉は降りかかっていないだろうか。身体をぐるりと見回しても怪我はなさそうだったのでホッとす______ハッ。
き、キリュウっ。
炎は先程彼がいた場所に直撃していた。彼は大丈夫だろうか。
バッとそちらを見た……が、彼がいない。え、まさか灰になった?
嘘。え。マジで?え?
「……此処だ」
タラタラと汗をかきながら固まっていると上からキリュウの声が降り注ぎ、同時に私の目の前に何かが降ってきた。これは……羽根?
ヒラリ、ヒラリと舞い降りる一枚の羽根は綺麗な綺麗な闇の色。
私は目を見開き思わず魅入ってしまった。まるで何者にも侵されないような澄み切った黒。こんな綺麗な色は初めて見た。
フワリと地面に落ちたその羽根を拾い上げ、私はゆっくりと声がした方を見上げる。
__そこには闇色の翼を広げたキリュウが私を見下ろしていた。
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