023 至高の時を齎す毛玉
※ 少しばかしグロテクスな敵が出て来ます。
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
移動は本当に一瞬で終わった。
ゲートを潜ると一瞬強い光が射し、眩しくて思わず目を瞑ってしまった私。目をやけに刺激するその光はすぐ収まり、そろそろと瞼を上げると風景がガラリと変わっていたのだ。体感はキリュウが空間魔法を使ってワープしたときと同じだった。あのゲートにもきっと同じような空間魔法が施してあるのだろう。
まぁそんな感じであっという間に飛ばされてきたわけだが、行き先は知らない。私はどこへ飛ばされたのか、まず現在位置把握をすることにする。移動する直前に向けられたあの鋭い視線……気にならないと言えば嘘になるが、考えないようにした。今そんな事考えても仕方がない。また後でじっくり考えようと私は脳内の隅にそれをぽいっと放っておいた。
私は辺りをぐるりと見回し、周りに何があるか確認をした。私の正面には天を貫かんばかりの大きな木が佇んでいる。右を向くと、これまた先程のものにも負けないくらい大きな大きな木が。そして左を向くと樹齢はいくつかと思わず考えてしまう先程のものに負けず劣らずな……。
……。
「…………森?」
「あぁ」
ですよね。
分かってはいたが一応キリュウに確認を取ってみた。案の定、肯定の言葉が返ってくる。どうやら私の勘違いではなく現在地は森で確定のようだ。
私の視界いっぱいに埋め尽す緑という緑達。さぞかし目には優しいことだろう。しかし何故に森?イズミ先生は人里に着くと先程言ってはいなかっただろうか?
「……誤作動かな?」
「……」
静かな森にポツリと私の声だけ零れ落ちる。それに対しキリュウは何も答えず、また何やら考えているようだった。
私はもう一度周りを見渡してみた。
太陽の光は背の高い木々達に阻まれているようでまだ昼だというのに薄暗い。人気のないそこはやけに静まっていた。鳥の囀りすら聞こえない。生き物の気配が全く感じられない。
私とキリュウが飛ばされてきたこの場所は、かなり不気味な雰囲気を醸し出している。何だ此処は。草の影からお化けとか出て来そ__
「――ッ!!」
ぼけーっと見ていた草の影からいきなり何かが飛び出してきた。ガササッという音と共にこちらへ飛んできたそれを咄嗟に身体を捻って避ける。
ビックリした。物凄く心臓に悪い。今ので寿命は何年縮んだのだろうか。……まぁ多少縮んだところで気にしない程長寿になってしまったのだが。
避けた後、私はパッと振り返り飛び出してきたそれを確認する。
「……」
「……」
「…………」
「…………にゃあ」
そこには一匹のうさぎさんがいた。
私はマジマジとそのうさぎさんを見る。……今、もしかしなくとも「にゃあ」って鳴かなかったか?
思わず目を擦ってもう一度確認してみたが、やはり目の前のそれは何処からどう見てもうさぎさんだった。少し毛足の長い体毛は黒色。それに埋まるようにこれまた黒いクリッとした大きな瞳が伺えた。ピョコンと出た長い耳とちょこんと見える短い足、そしてふわふわの真ん丸な尻尾。身体を縮めて怯えるようにプルプルと小刻みに震えている。
……ヤバい。これはヤバい。殺されそうな可愛さである。いや、もうこの子になら殺されても良い。死因は勿論、萌え死である。実に間抜けだがこの上なく幸せな死に方だ。
「ふにゃあっ!」
私は手に持っていた邪魔な鎌を放り投げ、そのけしからん可愛い生き物をギュッと抱きしめた。
「わぁああぁあ何この子っ!かぁいいっ!え?うさぎ?猫?どっち?もうどっちでも良いけどっ。あぁあぁああヤバイっ!もふもふ最高……っ!」
抱きしめると想像通りのふわふわの体毛が肌に触れ、幸せが広がる。ニヤニヤが止まらない。止めるつもりもない。
かぁいいっ!めちゃくちゃかぁいいっ!ヤバい、犯罪級にかぁいいっ!
もふもふには目がない私である。
かぁいいかぁいいと連呼しながら小さい生き物に一方的に戯れる私。いつにないハイテンションっぷりを披露する私にキリュウが少し驚いている。だが知らない、気にもしない。もふもふの前にはそれ以外のものなどどうでも良い。今私の目には可愛らしいもふもふうさぎさんしか映っていな__
「――ッ!!」
ガササッという音と共にまたもや草の影からいきなり何かが飛び出し、私の背後へ着陸した。もしや二匹目のもふもふか!?
私は喜々として勢いよく振り返り、その姿を確認する。
「……」
……結果を言うと、テンションがガタ落ちした。
飛び出してきたのはもふもふではなく骨のような犬……というより、肉がほぼ剥がれ落ちて骨になってしまっている犬のような生き物だった。ホラー映画に出てきそうな感じのゾンビ犬である。
きっと魔物であろう。こんなものが動物にカテゴリ分けされているのならビックリだ。肋骨やら頭蓋骨が丸出しのそれはこちらに向かってグルグルと唸り、涎だか血だか分からないものを大量に垂らしている。ばっちいな。
先程まで私の腕の中で元気良く暴れていたうさぎさんは、今ではまたその小さな身体を更に縮めてプルプルと小刻みに震えている。どうやらコイツから逃げていたようだ。
「わっ」
ゾンビ犬がいきなり噛み付こうと飛び掛かってきたので私はうさぎさんを抱えたまま後ろに跳んで避けた。口から垂れる涎の量がハンパない。どうやら私もコイツの捕食対象として認識されたようだ。私を食べたところでさして美味くもないと思うのだが。そもそもその前にコイツは骨のくせして食べたものを何処へ貯蔵するつもりだというのだろうか。……食べる意味ないだろ。
カプカプと口を開閉しながら尚も飛び掛かってくるゾンビ犬をかわし、ついでに先程放り投げた鎌を拾う。武器確保だ。流石にアレには触れたくないし。
先程までもふもふ天国を味わっていたのに……邪魔しやがってこの骨犬めが。許さん。
「うさぎさん、ちょっとここで待っててね」
私は惜しみながらももふもふうさぎさんを安全な場所へ下ろした。流石に片手ではこの鎌を扱えない。本当に重いのだ、この鎌は。
そういやキリュウは何をしてるんだ?
チラリと横目で確認すると、彼は少し離れた場所でお花摘みに興じていた。
え、何してんのキミ。
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