022 イグラント的文明の利器
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
「静かに。では今から人間の領域へ移動します」
未だざわつく生徒たちへイズミ先生が注意し、前から順に移動するよう促した。
移動先は第二塔校門と第三塔校門の間にある人間の領域へ通じるゲート、クリスタルゲートである。それはその名の通りクリスタルで出来ている綺麗なゲートだ。横に10人並んでも余裕で通れるくらい大きなこのゲートは死神の領域のあちこちに設置してある移動機関らしい。人間の領域へ行くゲートは無色透明、悪魔の領域へ行くゲートは赤色、天使の領域へ行くゲートは青色をしていると以前サカキから聞いたことがある。今回は人間の領域へ行くので無色透明のゲートを使用する。
クリスタルゲートを使用するには電車の切符のような外見の通行手形というものがいる。江戸時代にあったそれとは違い身分証明書やパスポート的な役割はない。ただの切符的役割をするものである。それを持ち、ゲートを潜ると目的地まで一瞬でワープさせてくれるのだ。
行き先は通行手形に記憶されているところへ飛ばされるので本当にただ潜るだけで良いし、帰りは通行手形を破けばこれまた一瞬で潜ったゲート前まで帰ることができる。通行手形を失くさない限り帰れないということはないのだ。もしもうっかり破いてしまったとしても死神の領域へ帰ってくるだけであるし、緊急時には破れば一瞬で戻ってこられるので安全面でも非常に優れている。
因みに通行手形には名前がしっかりと書かれている。他人が破いても通行手形に記憶されている人物のみ有効なので誰がそれに記憶されているのか分かるようになっているのだ。でないと、もしそれが入れ代わってしまっている事に気が付かずに破いて自分ではない誰かが飛ばされてしまう事態が起こってしまう。通常の通行手形には行き先も書かれているが、実習のものはそれが書かれていない。行き先を事前に知らされることはないのだ。これは多分、臨機応変、柔軟な対応を取ってみろという事だろう。今回の移動先も人里か山かそれとも海か、全く分からない。行き先を知るのは教師のみなのである。
周りを見るとそれぞれ通行手形を確認しているようだった。……あれ?そういえば私、持ってないぞ?
「……ヒイラギ」
「ん?おぉ、ありがとう」
流石キリュウ。読心術スキルは相変わらず健在のようだ。
彼は私に私の名前が書かれた通行手形を差し出してくれた。きっと私が講堂で爆睡している時、代わりに受け取ってくれていたのだろう。何だか目玉焼きに醤油をかけようとしたがそれを見つけられず、机を見回しているところへ妻がどうぞと醤油を手渡してくれたような……そんな何とも言えない微妙な気分を味わった。キリュウ、お前は嫁の鏡か。
私は嫁から……ではなく、キリュウからそれを有り難く受け取り、ポケットの中へ突っ込んだ。
それと同時にイズミ先生の声が響き渡る。
「それぞれ人里へ行くようになっているので危ない地域へは飛びませんが魔物には十分注意して下さい。戦闘はペアで協力すること。最後にもう一度確認をしますが、今回の実習は視察のみです。魂を狩る必要はありません。2時間経ったら必ず帰ってきて下さい。……では前から順に潜っていって下さい。気をつけて」
おぉ、そうだったのか。
今更ながらに実習内容を把握する私。何せ保健室へ行ったり爆睡していたりで説明を一切聞いていなかったのだ。仕方ない。うん、不可抗力というやつだ。
「……何よその今知りましたっていう顔」
「うん?いや、正にその通りだから」
「……」
「……」
「……」
その視線は文字通り三者三様ではあるが、揃って無言で私に目を向ける三人。
呆れたといった様な視線を向けて来るサカキに始まり、やっぱりかと言いた気なキリュウ。……鼻血垂れはイラッとしたので強めに蹴りを入れておいた。明らかにその目がコイツ馬鹿か?と物申していたのだ。蹴りを喰らった鼻血垂れは「ぐっ……!」という呻き声を発し、うずくまって痛む脛を抱えている。この駄犬は私に盾突くとどうなるかということをまだ理解できていないらしい。
うずくまっている鼻血垂れに「大丈夫?」と声を掛けて心配するサカキ。だからそんな奴心配しなくて良いって。サカキの心配が減ってしまう。
「次、早く行きなさい」
いつの間にか順番が回ってきていた。ゲートの前でイズミ先生がこちらを向いて急かしている。
「あっ!すみません!今行きます!」
注意を受け、サカキは慌ててそう先生に返し、今だ脛を抱えて動けない鼻血垂れの襟首をガシッと掴んでそのままズルズルと引きずりながらクリスタルゲートへと向かった。大の男相手だというのに、彼女のその淀み無い動作は全く重さというものを感じさせない。言っておくが決して鼻血垂れが軽いわけではない。サカキが怪力なだけだ。
潜る手前で立ち止まり「じゃあ後でね」と言って手を振る彼女に私も笑顔で振り返す。
サカキさん、サカキさん。首、良い感じに絞まってるよ。
勿論敢えてそれを言うことはしなかった。
少し緊張顔のサカキと色黒なのに顔が青い鼻血垂れがゲートを潜って消えるのを見届け、私とキリュウは最後になった。私も潜ろうと足を進める。
これを使うのは初めてな私。一体どんな感じなのだろうか……強い浮遊感がないことを祈る。実は絶叫マシーンが苦手な私は結構ドキドキものである。
「……キリュウ?」
私は、先程まで隣にいたキリュウがいつの間にかいなくなっている事に気がついた。キョロキョロと見回した後、振り返ってみると立ち止まって動かない彼を発見。私が声を掛けると彼は少し間を空けて「あぁ」と一言返しこちらへ歩いて来た。どうかしたのだろうか?
彼が追いついたところで私も止めていた足を動かし、一緒にゲートを潜る。
「――――ッ!」
潜る直前、鋭い視線を背後から感じた。
まるでナイフを突きつけられたような鋭い視線。黒学の生徒からのものとは違う……あんな生温いものではない。
一体誰が?
私は咄嗟に振り返ったのだが眩い光に包まれ、その姿を確認することは出来なかった。
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