017 藪から棒な予防法
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
廊下に出て長い螺旋階段を上り講堂を目指す。全クラスが同じ行動をとっているのでぎゅうぎゅう詰めになるかと思われたが私たちの前方はポッカリと道が出来ていた。リアルモーゼの奇跡なるものを私は初めて見た。この分だとラブレターは勿論、バレンタインにはリアルに下駄箱からチョコがどさどさと出てきて足元に小山を作るに違いない。是非に見てみたいものである。まぁこの世界にバレンタインなんてものは存在しないのだが。
__そんなことをついつい考えて思考を散らす。面倒臭い、とても面倒臭い事態になった。
今私は周りの殺意と好奇の眼差しを一身に浴びながらユサユサと揺られている。目の前に映る上り終えた階段が次々と流れては視界の端に消えていく。目線を変えると広い背中が逆さまに映った……どうしてこんな事に。
現状をズバリ言ってしまうと、私は今キリュウ氏に担がれている……言葉通り米俵のごとく肩に担がれているのだ。
何故こんな おかしな 状況になっているかというと、話は10分程前に遡る____
「……またか」
「……申し訳ない」
教室でフェロモン酔いが悪化し床に崩れた後、今まで傍観に徹していたキリュウが面倒臭そうに後ろから声を掛けてきた。私が身体を捩って後ろを振り返り彼を仰ぎ見ると予想通りどこかかったるそうな空気を醸し出している彼の姿が映る。
まぁ、そうもなるだろう。つい先程毒抜きをしてもらったのにまたこの有様だ。面倒臭いパートナーで本当申し訳ない。……いやいや、よく考えたらお互い様ではないか?私はわんこ信者共から理不尽な仕打ちを受けているわけだし。
一人で自問自答していると私の頭にぽんっと手が置かれた。吐き気やらがみるみるうちに失くなっていくのがわかる。空気清浄器の様な魔法の手……私も欲しい。
「ありがとうございます」
「……気をつけろ」
仕事を終えて私の頭から去っていく彼の手を見送りながらお礼の言葉を述べると、お礼に対して初めて「あぁ」以外の言葉が返ってきた。やはり一々毒抜きをするのは面倒臭いのだろう。はい、気をつけますとも。
しかしフェロモンは色が着いているわけではないので視覚で察知出来るものではない。吐き気がして初めてフェロモンが撒かれている事が分かるのだ。そんな状態でどう対処できるというのか。
「移動しないのか」
やはり物理学的に無理ではないだろうかと結論を出したところへキリュウが声を掛けてきた。そういえば実習の説明を授けるため講堂に移動しなければならない。サカキを見るとまだ鼻血が止まらないらしい瀕死状態の鼻血垂れに付き添っていた。そんな奴放っておけば良いのにサカキはパートナーだからそんな訳にはいかないと言う。……ペアって面倒臭いな。
仕方ないので私はキリュウと二人で先に講堂に向かうことにした。彼女の事は先生に伝えておけば良いだろう。
教室を一歩出ればササッと全員が道を譲り人垣が開いていく。そこへ「マジか」と引き攣った顔で言葉を一つだけ零し、足を踏み入れていった。
私はその原因である超絶美形を見上げた。このVIP待遇をさも当然だと言わんばかりに気にすることもなく歩いている。私は物凄く嫌なのだが。
彼は無表情ではあるが何処か気怠げな空気を纏いつつ階段を上っている……一段飛ばしで。嫌味なくらいに長いそのコンパスをちょっと分けてはくれないだろうか。日本人には羨ましい限りなその足をじとーっと見ながら私はちょこまかと忙しく足を動かし、一段一段階段を上っていく。これは軽く筋トレになりそ__
「遅い」
「……タッパが違えばコンパスも違うのだよ」
敢えて自分が短足だとは言わない。意地でも言うものか。
キリュウが立ち止まり、振り返って零したその言葉についつい言い返してしまう。その瞬間周りから物凄い殺意が込められた視線がぐさぐさと私を貫いていった。何故か集中砲火を浴びているが私は悪くない。どう考えてもキリュウが悪い。でもそれを言うと周りの過激な皆さんがヒートアップされるのが見て取れるので口には出さない。
パートナーが話の通じる相手なのは良いが、こうも周りの反感を買ってしまうと微妙な気がしてきた。プラマイゼロといったところか。まぁマイナスよりは良いのだが。
また前を向いて階段を上っていくキリュウの後ろをとことこと追いていく。……心持ち速度が下がった気がした。
やはり良い奴ではあるようだ。
「……うぐっ」
「……」
また急に吐き気が込み上げフェロモンが撒かれたことを悟る。両手で口元を覆い、立ち止まる私。きっと私を自分に引き付けてキリュウから引き離そうとでも考えたのだろう。……もう嫌だコイツら。どんだけキリュウ大好きなんだよ。
キリュウもそんな私の様子に気が付き、立ち止まって振り返る。……いや、そんな目を向けられても。やはり無理なものは無理なのだ。解決策を見出せる気がしない。
私は体重を支えるのも辛くなり壁に身体を預けながらキリュウに言った。
「……ごめん、先行ってて」
「……」
私の言葉を聞いたキリュウは黙ったまま眉間に皺を寄せた。……何でだ。
そしてそのままこちらへゆっくりと近づいて来る。いや、先に行ってくれと言っただろう。毒抜きをしてもらってもまた同じ事が繰り返されるのは想像に容易い。それだったらいっそのこと拳で語った方が手っ取り早いと思った故の発言だった。
「えっ」
いきなりの浮遊感。ふわりと身体が宙に浮いた。そして次の瞬間には私の腹部に圧迫感が襲った。「んぇっ」と女としてどうかと思われる奇声を上げてしまったが仕方ないだろう。奇襲に対して可愛らしく悲鳴を上げられる女の子は小数だと私は思っている。……いや、今そんなことはどうでも良いのだ。
私は混乱しつつも状況把握に努めた。何だ?何が起こった?
「……」
しばし私の時間が止まる。
私は目の前に広がる広い背中を見て全てを悟った。自分、もしかしなくとも、わっしょい担がれていやしませんか。
キリュウに。
「……あー……キリュウ?」
「この方が手っ取り早い」
何が何だか分からないが取り敢えず話し掛けると淡々とした返事が返ってきた。
いや、確かにそうだけれども。キリュウの手はずっと私に触れているので、もうフェロモン酔いに悩まされる事はない。
……しかしだな。
「……担ぐ必要ないよね?」
ないだろ。
腕でもなんでも掴んでくれれば解決するのだ。
彼の理解出来ない行動に疑問を投げ掛けた。
私のその疑問に対して返ってきた彼の答えは至極簡単であった。
「この方が早く着く」
……はいはい、足短くてごめんなさいねっ。
私はもう色々と諦め身体の力を抜いた。ダラリと伸びる私の身体を軽々と担いだまま歩き始めたキリュウ。重くないのだろうか?重いと言われ現実を突き付けられたら大ダメージを喰らってしまうので聞かないけれども。
キリュウは見た目は細そうに見えるのに筋肉はしっかり付いているようだ。流石男なだけはある。
しかしその逞しい筋肉を所有しているのならこの扱いは如何なものか。私は一応これでも女だ。これはない。この担ぎ方はナシだろ。こう、もっと格調高くお姫様抱っことか……。
「……」
ないな。ナシだ。前言撤回だ。
お姫様抱っこをされる自分を想像して盛大に眉間に皺を刻む私。有り得ない。いや、本当に有り得ない。
そしてあれこれ馬鹿なことを考えている所で冒頭へと戻る。
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