016 慮外千万鴨葱ペア
※ 少しばかりの流血表現があります。本当に少しばかりですが。
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
よりによって鼻血垂れ……。
確かに私のパートナーはコイツではなかった。それはとても喜ばしい。
だがしかし、だからといってサカキのパートナーで良いとも思わない。コイツは最低な野郎だ。そんなやつが友達のパートナーだなんて受け入れられるものか。
今思い出しても腹立たしいことこの上ない。蹴りは入れたが私としては本来あれくらいじゃ足りないくらいなのだ。それこそ顔の原形が分からなくなるまでぶっ飛ばしたいくらいなのに。
震える拳を何とか押さえ、私はサカキに聞こえないよう奴に近づき、少しばかりドスを効かせた声で奴に優しく忠告をしておいた。
「……テメェ、サカキに何かしてみろ。次は鼻だけで済むと思うなよ……全身血まみれにしてやる」
「……っ……やれるもんなら」
私の忠告に一瞬怯んだもののすぐに立て直し、いっちょ前に挑発をしてきやがった。
ちょ、生意気。鼻血垂れのくせに生意気。この馬鹿に分からせる為にはやはり圧倒的な力の差というものを叩き付けなければならないらしい。
私は半目で指を順にパキパキと鳴らしていき、仕上げに首も傾げて一発バキッと小気味よい音を鳴らす。準備運動完了だ。
その様子を見た鼻血垂れは慌ててサカキの肩に腕を回した。うわ、人質取るとか卑怯臭い。これでは中々手を出せないではないか。
鼻血垂れのそのいきなりの行動にサカキは顔を真っ赤にしてわたわたしている。こら、目を覚ませサカキっ。
手を出さない私を見て鼻血垂れは口に嫌な笑みを浮かべながらサカキの耳元で囁いた。
「ねぇ、サカキさん……あぁ、さん付けっていうのもよそよそしいよね。パートナーなんだし。サカキって呼んで良い?」
「えっ、あっ、構わないけど……っ」
「サカっ……っ!」
今正にサカキは奴の毒牙にかかっている。……サカキさん、いくら何でも簡単に攻略され過ぎやしませんかね?
口を開いてサカキを止めようと思ったのだが鼻血垂れがフェロモンを振り撒きやがったらしく吐き気が込み上げ、私はとっさに両手で口元を塞いだ。小癪な真似を……後であれだ、サンドバッグ。そう、サンドバッグのごとき拳を叩き込んでくれる。
鼻血垂れは私がそのようなことを考えているとは露知らず。サカキを盾にすると私が手出し出来ない。そしてサカキはちょろい。その2つを知り、奴は私の最大の弱みを握ったつもりになっているのだろう。余裕な表情でサカキを口説き落としていく。
「サカキって美人だよね」
「えっ!?」
「反応も可愛いし」
「へっ!?」
表面上甘ったるい笑顔をサカキに向け、砂を吐きそうな台詞がポンポンと奴の口から出てくる。聞いているこっちはもう耳からも砂が溢れ出そうな勢いだ。
イケメンは何をやっても様になると聞いたことがあるが、あれは真っ赤な嘘だ。目の前のコイツは一応イケメンの部類に属するが、何をやっても薄ら寒く感じられる。ここは最早極寒地帯と化した。コート、誰かコートをおくれ。
こんな鳥肌モノな、そしてテンプレな口説き方をされているというのにサカキはもうノックアウト寸前らしく、湯気が出そうな勢いで顔が真っ赤だ。この純情少女はイケメンにとことん弱いのだな。こんな鼻血垂れでもサカキフィルターにかかるとしっかり良い男に映ってしまうらしい。サカキフィルター、凄すぎる。
私が変な所に感心していると鼻血垂れがスッとサカキの腰に手を回した。それを見た私は頭の中の何かがブチ切れ口元を押さえていた手を離し、振り上げる。このとき、フェロモンの事など頭から吹き飛んでいた。
私の拳が奴の顔面に減り込む直前
「キャーッ!」
サカキの張り手が奴の顔面を直撃した。
どすこい。
私の脳内に某格闘ゲームのSEが木霊した。
正にお相撲さんバリな見事な張り手である。いや、お相撲さん以上に見事な張り手である。
鼻血垂れは予想もしていなかった攻撃に受け身も取れず、まともに喰らったようだ。
サカキの張り手が決まった瞬間、奴の身体は宙に浮き、そのまま机と椅子を幾つか薙ぎ倒しながら教室の隅まで吹き飛ばされ、壁へ強かに叩き付けられた。昨日は床で今日は壁。奴は見る度、何処かしらに張り付いている。その様を見ていると窓に張り付くヤモリを思い出した。
……そういえば先程首が変な方向に曲がっていた気がするが生きているのだろうか?
「え、あれ?ヒムロ君!?どうしたの!?大丈夫!?」
サカキが慌てて駆け寄り、呼び名に相応しく大量の鼻血を垂れ流している奴を力の限りガクガクと揺さぶっている。容赦のないそれは私の目にはトドメを刺している様にしか見えない。出血量は増加の一方を辿っている。いいぞ、やれ。もっとやれ。
しかも『どうしたの』と言っている彼女の様子からどうやら自分の所業ではないと思っているようだ。自分の張り手が決まったことすら気付いていなかったというのだろうか……恐ろしい娘。
耳を澄ますと蚊の鳴くような声で「やめ……っ」「死ぬ……っ」と聞こえてきているのでどうやら死んではいないようだ。正にゴキ並な生命力である。殺虫剤なら効くかもしれない。是非とも今度は用意しておこう。
それにしても良い飛び具合だった。馬鹿力だとは兼ね兼ね思っていたがまさかここまでとは。壁がなかったら何処まで飛距離を稼いでいただろう。兎にも角にも私が直々に手を出す必要は全くなかったようだ。ビバ、純情。ビバ、馬鹿力。つまりはビバ、サカキ。
やはり心配は無用であった。
瀕死な鼻血垂れを見て一人満足していると視界がぐるりと回転した。フェロモンをまともに喰らったせいだ。私は踏ん張り切れずそのまま床に崩れる。
あぁ、情けない。
誤字・脱字などあれば報告してくださると有難いです (´・ω・`)