015 最適で不適なパートナー
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
『あなたのパートナーです』
先生がそう告げた瞬間、教室の騒がしさが最高潮に達した。
もう完全猫を取っ払った黒学の生徒の中傷と死学の生徒の羨ましがる声が教室中に飛び交う。煩い。もの凄く煩い。そしてお前らやっぱり仲良いな。息がピッタリだ。……ところでさっき私の事を豚と呼んだ奴、後で覚えてろ。最近体重が少しばかり増加中な私は現在非常にデリケートなのだ。
そういえばいつも煩いサカキの声がしない。先程の悩殺ボイスでやられてしまったのだろうか。そう思って隣を見ると彼女はキリュウさんと私を交互に見ながら鯉のように口をパクパクさせていた。
彼女は何とか生き残っていたようだ。そしてどうやらこのあまりの展開に追いて行けてないらしい。……気持ちはよく分かる。本人ですら追いて行けてないし。
視線を戻すと綺麗な赤い瞳と合った。
あれ、もしかしなくともずっと見られていたのだろうか。……その行為は信者共を煽るだけなので是非とも止めて頂きたいのだけれども。しかし彼はそんなことこれっぽっちも考えてはいないのだろう。視線が外れる様子はない。
そういや彼、キリュウさんは顔と合致はしていないようだったが私の名前を知っていた。昨日のペア発表のとき彼は私と同じく保健室にいたのに。前もって自分のペアを先生にでも聞いたのだろうか。
それに対して私は顔どころか名前すら知らなかった訳なのだが。ペアなんてどうでも良いと思っていたが、まさか彼だったとは……。拳で語る必要はもうなさそうだ。実習は思ったよりスムーズにいきそうなので思わず頬が緩む。
「えーと、ヒイラギです。宜しくお願いします。…………キリュウ、さん?」
「……あぁ。呼び捨てで良い。敬語も使うな」
呼び捨て御所望とは、彼は見た目に寄らず気さくなようだ。
少し上から目線な物言いをするので、何処ぞのお坊ちゃんなのだろうかと少し考えたが、まぁ今はどうでも良い。細かいところは気にしないでおこう。話が通じるというだけで私は他に何も言うまい。
先程彼から得た『呼び捨て』と『敬語なし』の許可は気を使わなくて良いから私はOKなのだが、それを聞いた黒学の生徒はそうもいかないらしい。私に向ける彼らの睨みや中傷が更にキツくなった。うわぁ、うるさ…………また私を豚と言った奴、明日の朝日を拝めなくしてやろうか。
「そか。んじゃ改めて宜しく、キリュウ」
「……あぁ」
取り敢えず周りは無視してこれから3年間お世話になる彼に挨拶をしておいた。思ってもみなかった言葉が返ってきたので少し驚いたが、意外と気さくな彼とはうまくやっていけそうなので安堵する。話が通じる相手って本当に良い。
そんな私たちを見ていた黒学の生徒達からは遠慮なく中傷やらなんやらを私へと投げ続けられている。……だから何なんだお前らは。どうやらキリュウは過激な信者を沢山お連れのようだ。
私がウンザリしていると不意にキリュウが顔だけ振り返り、彼らに一瞥をくれた。こちらから彼の表情は窺えないが、息を呑む生徒達の様子が見える。
さながら飼い主に叱られた犬状態である。あれだけ騒がしかった信者共が一瞬で黙りこくった。凄ぇ。心なしか彼らの頭と尻に垂れた耳と尻尾が見える。……何だか少し可哀相になってき…………いやいや、私を豚と呼んだ奴らだ。情けなど無用である。
わんこ信者共は崇拝するキリュウに従順なようで、まだ文句を言い足りないと言いた気な物凄く悔しそうな顔を私に向けていたが、口をつぐんでもう言葉を発する事はない。怨みをしこたま込めた視線が私に突き刺さるだけだ。
キリュウはそれを見届けて、またこちらを向く。
「……言っておくがお前の為ではない」
「あぁ、うん。知ってる」
何せベッドに運んでくれた理由が邪魔だったから、だ。それに彼が止める義理もない。只単に煩くて耳障りだった為にわんこ信者共を止めたことは分かっていた。
しかし私も彼と同じく煩いと感じていたので助かった事には変わりない。
「でもありがとう」
当然礼は言うべきと思い言ったのだが、彼は少し驚いた表情を見せた。
「結果的には助かったし」と漏らせば彼は少し間が空いた後「そうか」と呟いたので私はまたへらりと笑う。
「……はい、では皆さんペアになりましたね。では一旦講堂へ移動してください。そこで今回の実習について説明があります」
今まで黙って事の成り行きを見ていたイズミ先生はクラスが落ち着いたのを見計らい声を掛けた。一瞬目が合った気がするが、直ぐにそらされ、そのまま彼女は教室を出て行く。……知らぬ間に何か悪い事でもしでかしたのか、私。
「……ヒイラギ、大丈夫?」
うーんと唸っていたら隣からサカキが心配そうに声を掛けてきた。大丈夫とは嫉妬やらなんやらで針の筵状態になっている事だろうか?それとも体調の事だろうか?
どっちにしろ大丈夫だ。毒気はキリュウに抜いてもらったし、私は自他共に認める図太さを持っている。嫉妬やらは面倒臭いが、生憎傷つくようなハートなんて持ち合わせてはいないのだ。
「大じょ…………」
うぶ。
私は最後までその言葉を口にすることが出来なかった。
そのまま固まる私をサカキがひょっこり覗き込んでくる。
「ヒイラギ?……物凄い顔になってるわよ?」
「…………テメェ」
そりゃ物凄い顔にもなる。
私は今苦虫を噛み潰したような表情をしていることだろう。
「え、あ!お前……っ!!」
今まで口元を手で覆って机に突っ伏していたので私も相手も気が付かなかったらしい。
私が睨んでいると、今相手も私が誰だか気が付いたようでこちらを指差して驚いている。
サカキの後ろにはあの鼻血垂れ、へのへのもべじ野郎が立っていたのだ。
「え?何?ヒムロ君と知り合い?」
「いや、全然」
「おま」
「全く」
何か言おうとした鼻血垂れに被せて言う。耳障りなその声なんぞ聞きたくない。
名前も知らない。知りたくもない。
私は今しがた聞こえた奴の名前を脳細胞から即デリートした。
こんな奴『鼻血垂れ』、もしくは『へのへのもべじ野郎』で十分である。というか呼び名があるだけ奇跡なのである。
こんな奴がサカキの後ろに突っ立っているとか目障りで仕方がない。
……。
……ちょっとまて。
何か凄く嫌な予感がする。
「……サカキ、まさかコイツって…………」
最後まで言い切れない私を不思議そうに見つめるサカキ。
その先は言いたくない。多分当っているけど言いたくない。そして聞きたくない。
そんな私の心情なんて知らないサカキが可愛く首をかしげながらあっさりと言ってくれた。
「私のパートナーよ?」
…………やっぱりかっ。
私は思わず頭を抱えた。
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