014 支配と従属そして例外
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
いつの間にか静まり返った教室。
その中で視線は全て私の目の前にいる恐ろしく顔が整った黒学の生徒へ集まっていた。
その視線は様々だ。
顔を真っ赤にして呆けている死学の生徒達からは良い意味でこの世のものとは思えないものを見る視線を、頬を染めている黒学の生徒達からは崇拝するようなうっとりとした視線を____そして唯一イズミ先生だけが探るような視線を彼に向けていた。先生のその視線においては私にまで及んでいる。……え?何で?
彼に視線を戻すと、すっかり顔色が良くなった私を無表情で見下ろしていた。……この悪魔は何者なのだろうか。
ふと思い浮かぶ昨日考えた一つの説。私は若干心拍数を上げながらゆっくりと、だが着実に目線を下げていく。
…………あった。
視界には嫌味かという位やたらと長い足が2本入っている。どうやら幽霊ではないらしい。
そういや昨日見たときも足はバッチリ付いていたなと思い出しながら再び視線を彼の顔に戻す。
あまりにも整いすぎて造り物みたいなその顔は相変わらずの無表情だ。何を考えているかさっぱり分からない。
彼の正体は物凄く気になるが、そんなことより先ずはお礼を言わなければならない。お礼は先程の毒抜きをしてもらった事に対してのものである。今はイグラント在住で生粋の日本人とは言えなくなってしまったが、元日本人として仁義は忘れてはいけない。
「……かたじけない」
……何だか武士のような言葉遣いになってしまった。日本人らしくとは思ったがこれでは日本人味が溢れすぎている。ついでに漢気も溢れてしまっている。きっと何だか知らんが現在進行形で張り詰めているこの空気のせいだ。
少し間を置いて「あぁ」という短い返事が返ってきた。彼は細かいことは気にしない性質のようだ。良かった。
そんな彼を見つつ、先程毒気を抜いてもらったおかげで体調がすこぶる良くなった私はへらりと笑う。悪魔は嫌な奴らだが、皆が皆そうではないらしい。今の所この目の前にいる悪魔は良い奴だというのが現時点での私の見解である。何せ2回も助けてくれたのだ。
そうやってただ笑っただけなのだが私を彼はイズミ先生と同様、探るように目を細めて見てきた。
え、何?間抜け面が見るにも耐えなかったのか?……だったら少しショックなのだが。
そんな私を他所に教室中の視線を集めている彼はゆっくりと口を開く。
「お前がヒイラギか?」
名前を尋ねられた……というよりは確認をされてしまった。
彼の予想外な投げ掛けに私は驚いて目をぱちぱちさせる。
昨日名乗った記憶はない。それなのに何故私の名前を知っているのだろうか?
「ヒイラギですけれども」
取り敢えず返事を返しておく。私は確かにヒイラギだ。サトウさんでもスズキさんでもない。
私の返事を聞いた彼は「そうか」と呟いたまま私をじっと見つめて動こうとしない。
彼は一体何がしたいのだろうか。
読心術スキルなんてものを習得してない私には彼が考えていることなど分かるはずがない。言いたいことがあるならさっさと吐いて欲しい。
全く理解できない彼の行動に私は首を傾げ、無意識に眉を顰めた。
一方、教室は我に返った生徒がちらほら出てきたらしく、少しザワザワとしている。そして今にも射殺すとばかりの鋭い視線が私に向けられていた。黒学の女子全員と黒学の男子の半数ほどが私を睨みながら静かに言葉を投げ付けて来る。
__何、あの女
__調子に乗んじゃねぇよ
__何であんな女に
__キリュウ様に近づくな
キリュウとは私の目の前に立っているこの黒学の生徒の事だろうか?
ちょっと触れて言葉を交わしただけで一気に狂気とも言える程の嫉妬を向けられるとか、ほんと何者なんですか。様付けなんてされちゃってるし。
私は彼をじっと見た。
寸分の狂いもなく整っている顔に装飾されている赤い瞳が私の平凡顔に付属されている明るい茶色の瞳とかち合う。視界の端にはサラサラと流れる襟足が少し長めの艶のある黒い髪……いつも寝癖をそのままにしている私の髪とは大違いだ。そして肌は白い。そういやサカキが色白の悪魔は珍しいと言っていたような気がする。
私は彼から視線を外し、ぐるりとクラスを見回した。クラスに入ってきた悪魔の中でその部類に入るのはどうやら彼だけのようである。他の黒学の生徒の肌は色の濃さこそ疎らだが、皆揃って色黒さんだ。
彼に視線を戻すと昨日とは若干違和感を覚えた。何となしに見ていると服装が違う事に気が付く。昨日とは違い、彼は黒学指定のブレザーを着ているのだ。
少し着崩された黒いブレザーには赤色のラインが入っていた。年齢までは流石に分からないが、どうやら彼は私と同じ学年だということが判明した。まぁそうでなければ彼が今このクラスにいる理由が分からない。
「ヒイラギ」
無遠慮にしげしげと観察していると突然イズミ先生が私を呼んだ。考え事をしていたところへ急に名前呼ばれたので反応が遅れる。私は返事を返すのを忘れたままイズミ先生を見た。
イズミ先生はそんな私の様子を気にすることもなく言葉を淡々と続ける。
「彼は2年D組のキリュウ……あなたのパートナーです」
あぁ、そうかこの人が私のパートナーか。
……。
…………パートナー?
私は思わず彼を二度見してしまった。
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