013 全てを超越する者
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
「キャーッ!」
「ヤバイ、カッコイイ…っ!」
「あ、今私に手ぇ振ってくれた!」
「ちょっと違うって、私にだってば!」
「違ぇ!俺だし!」
「はぁ!?」
「あんたは黙ってなさいよ!」
あれだけイズミ先生が忠告したにも関わらず黒学の生徒が入室してきた途端に教室は色めき立った。何だ此処は。ライブ会場か?
アイドル並に熱烈な歓迎を受ける彼らは手を振っているらしい……あぁ、苛々する。この疼く拳をさっさと解き放ってしまいたい。
私の様子なんてお構い無し……いや、寧ろ気付いてすらいないクラスメイト達は続々と登場する美形集団を前にしてどんどんヒートアップしている。煩くてかなわない彼らの黄色い声は直接私の脳にガンガン響き、容赦なく頭痛を起こしてくれた。もう少し静にしてくれないだろうか……頭がかち割れそうだ。
「ちょっ、大丈夫?!」
机に伏せたまま口元を両手で覆い、顔色が恐らく真っ青であろう私に唯一気が付いたサカキが声を掛けてくれる。このフェロモン酔いを昨日話したおかげか今度はちゃんと気が付いてくれたようだ。
今、友情はフェロモンを越えた。感無量である。
私は大丈夫だという主旨を伝えるため、チラリと彼女を横目で見た。
「大丈夫なの?!」
「……」
視線の先にいたのは、口では心配の意を表すくせに顔を真っ赤に染めて前方を凝視するサカキがいた。
やはり友情など恋の前……いや、フェロモンの前ではとても儚い存在のようだ。サカキの友情と書いて薄情と読むのだろうか。
……いや、分かっている。分かってはいるのだ。これは生理現象といっても過言でない事は。悪いのは悪魔どものフェロモンでサカキが悪いわけではない。……だが実際こうなると面白くないのも事実である。
私がジト目になるのを認めたサカキが慌てて弁解をする。
「や、ごめんっ!心配してるのよ!?」
……うむ、全く以って説得力がないな。
そのままじとーっと私はサカキを見る。しばらく「違うの」とか「体が勝手に」とか言い訳をぽろぽろと零すサカキ。もういいやとまた机に突っ伏してそれをはいはいと聞き流していたら急にサカキが黙り込んだ。……虐め過ぎたか?
チラリとまた横目で隣を見ると、彼女は顔といわず全身を真っ赤にしたままボーっと呆けていた。
口が半開きだ。……飴でも放り込んでやろうか。
カバンに片手を突っ込み、手探りで飴玉を漁っているとふと気が付いた。そういえばあれだけ煩かった教室もいつの間にか静まり返っている。……何故だろうか。
私が疑問符を浮かべながら彼女を見ていると今度は呆けていた顔が驚きの表情に変わり、大きく目が見開かれていった。……ころころ表情が変わって忙しいな、サカキ。
彼女の視線は先程からずっと前に向けられたままである。一体何に驚いたのだろうか。
……イズミ先生が変顔でもしたとか?
……。
…………いやいや、まさか。
……。
…………。
………何かドキドキしてきた。
是非に拝見したいです。
私は逸る気持ちを押さえながらサカキの視線の先を追おうとゆっくり前を向いた。
「……あれ?」
目に映ったのは残念ながらイズミ先生の変顔ではなかった。寧ろ見えない。何も見えない。……何故か目の前に広がっているのは闇だけなのである。
眩暈が悪化したのだろうかと一瞬思ったが、体調はそこまで酷くないので直ぐ様違うと判断を下す。
原因は現在進行形で私の顔の上半分を覆っている何かだろう。
なんじゃこりゃとカバンに突っ込んでいた右手をそれに持っていき、ぺとっと触ってみた。冷たい。…………これは手だろうか?
……手?何故に手?
所謂あれか?「だぁ~れだ?」とか言って相手の目を塞いで自分が誰だか当てさせるやつか?
懐かしい。そういや幼少の頃はその遊びを何度も熱心にやったものだ。皺がまだそれほど刻まれていないつるつるな脳みそを懸命にフル回転させて考えたフェイントやら小細工やらを駆使して皆でフィーバーフィーバーしていた。今では何故飽きもせずあれだけやっていたのか謎だが、まぁそこは子供が故ということにしておく。子供が故。なんて便利な言葉だろうか。一種の免罪符のようだ。
そんな今となってはくだらない遊びがこちらの世界にも存在していたとは。別に驚く事はないが妙に感心してしまう。
しかしこの手の持ち主は誰であろうか?
このままでは何も出来ないので自らの手を動かし、これが誰の手か確認してみることにした。
当てたら何か奢ってもらおうかな__
「ちょっと!」
「離しなさいっ!」
「キャーッ!」
「イヤーッ!」
……え、何事?
私が手を動かした瞬間、何故か周りが騒がしくなった。頭にぐわんぐわん響いて意識が軽く遠退く。
あまりの騒がしさに手を離して触るのをやめてみた。……途端に先程までの騒がしさが嘘のように再び静寂が訪れる我が2-C教室。
……。
…………。
もう一度触ってみた。
「キャーッ!」
「イヤー!ッ」
「その汚い手を離しなさい!」
「殺すわよっ!」
……わぁ。
頭にかなり響く。物凄い大合唱である。そして恐ろしく息がピッタリ……お前ら仲良しさんだな。打ち合わせなんていつしたのだろうか。
悲鳴は死学の生徒、罵倒は聞いたことのない声なので黒学の生徒のものだろう。知りもしない奴に何故殺意が込められた罵倒を浴びせられるのかさっぱり分からない。触っただけで殺すとかどんなだよ。
そして何だ?悲鳴が出るとか、手だと思ったこれは実は手じゃないのか?ゲテモノの部類なのか?いつの間にだーれだ遊びから物当てクイズへ移行したのだろうか。
しかし、このままではらちがあかない。悲鳴と罵倒の襲撃により頭はかち割れそうな勢いで痛いがここは無視して探ることにする。
……なんだかゴツゴツ。そしてデカい。そろそろと辿っていくと長いものを5本確認することが出来た。
これはゲテモノではない。やはり明らかに手である。より詳しく言えば男の手。
その手が私を目隠し……というよりは顔の半分を鷲掴みしている。力はそれ程入っていないので痛くはないが……これは何という技だっただろうか?
…………あぁ、そうだ。あれだ。
「アイアンクローか」
「……相変わらず思考がぶっ飛んでいるな」
アハ体験でスッキリした拍子に思わず声に出してしまっていたらしい。売れっ子声優も顔負けな良い声で返事が返ってきた。
……気のせいでなければバタバタと人が倒れたような物音が幾つか聞こえた。マジかよ。凄ぇな。悩殺ボイスとはよく言うが、リアルに人が倒れるなんて聞いたことがない。
低くてよく通る音が私の鼓膜を振動させる……何だろう。何かこの声聞き覚えがあるような気がするのだが。そういえばこの手も知っているような気がしないでもない。
「……治してやろうか?」
また私に話し掛けて来る心地好い声音。
あ、と思ったときにはあの忌ま忌ましいフェロモン酔いは跡形もなく消え去った後だった。
私はこの人を知っている____当然だ。
毒抜きをしてくれたその手は、用を終えたとばかりにスッと静かに離れていった。私の視界が徐々に開いていく。
「保健室のだきま……黒学の生徒さん」
……危ねぇ。
うっかり抱きまくらとか言っちゃった日にはどんな目に合うことか。想像力豊かな皆さんであれやこれやと噂は変な方向に向かうこと間違いないだろう。相手が悪すぎる。女の妬みや嫉妬……想像するだけでも面倒臭い事この上ない。
目の前には昨日保健室で会った超絶美形悪魔が無表情でこちらを見下ろしていた。
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