011 殖え続ける悩みの種
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
「__ということがあったんスよ。タチバナさん、どうしてだか分かるっスか?」
「んー」
授業を終え、学校を後にした私は家に帰って早々、リビングの椅子に腰掛けて優雅にペンを走らせていたタチバナさんに今日の出来事を話した。勿論抱き枕云々の件は省いて、だ。タチバナさんに知られるのは、私にとって親に知られるのと同じようなものなのである。あのような醜態、話せる訳がない。
タチバナさんは少し考える素振りを見せ、何故か嬉しそうに話し始めた。
「悪魔の魅力が通じないのはー、多分ヒイラギが無意識に抵抗してるからだと思うー」
「……抵抗っスか」
「そそー。彼らは元々美形でしょー?そこへ更に魅力を振り撒くからねー。それって強烈な麻薬みたいなものだからー」
「ふむふむ」
「ヒイラギはー、常に無意識下で抗生剤を打ちまくってる状態ってわけー。吐き気やらは副作用みたいなものだと思うー……できたー」
できたーという可愛らしい声と共に紙からペンを離すタチバナさん。覗き込んで見てみるとそこには立派なお城が佇んでいた。写真を簡易化したような出来のそれは私が帰ってきたときから彼女がずっと描いていたものだ。恐らく昨日私が教えた一筆書きであろう。
この人、地球にある物を私が教える度に面白がって再現するのだが、毎回完成度が高すぎるのだ。
何ていうか再現というより最早私の知識を元にして新境地を拓いている。私はもう驚く事にも飽きてしまった。最近では彼女が何をしようが「タチバナさんだから」で納得してしまう自分がいる。
そんな風に私が考えているとも知らず、彼女は今日も気まぐれで新境地を開拓している。彼女にとってそれはただのお遊び、遊戯なのである。……末恐ろしい御人ぞ。
「うふふー」
開拓者タチバナは今しがた出来上がった、一筆書きと呼ぶには躊躇われる最早立派なモノクロ絵画を上機嫌で眺めつつ言葉を続ける。
「まぁ、普通はそう簡単にいかないんだけどー」
「そうなんスか?」
「そだよー。頭で抵抗しなきゃとか思っててもー、身体が勝手に相手に魅了されちゃうはずー」
しかし、私の場合オートで抗生剤投与をしていると言ったのはタチバナさんだ。
矛盾過ぎるその説明に疑問符を浮かべていると彼女は私が何を考えているのか察したのだろう。ニッコリと笑って説明を続けてくれた。
「悪魔の容姿はー、大抵は少なからずとも好意を抱くハズー。綺麗なものってよっぽどの変わり者でない限り皆好きだしー」
「確かにそうっスね」
「うんー。でねー、その少なからずの好意がー、彼らの使う魅惑で勝手に増長されちゃってー、あっという間にメロメロになっちゃうっていうわけー」
「……なるほど」
確かにそれに抗うのは難しいだろう。
好意なんてものは本人の意志に関わらず勝手に沸き上がって来るもので、殆どが無意識下の感情なのだ。それを消そうと思っても中々上手くいかないはず。
「対抗するにはー、惑わされないくらいの強固な意志とかが必要なわけなんだけどー。死学の生徒さんとかまだまだひよっ子だからー。難しいんだねー。」
……それであの講堂の惨事という結果か。激しく納得した。
しかし、なら何故私は大丈夫だったのだろうか?
私から見ても悪魔の容姿は綺麗だと思う。
首を傾げて考えるが……さっぱりわからない。
どこかに欠陥でもあるのだろうか?……何か有り得えなくもないのが悲しい。
「いやいやー、ヒイラギに欠陥があるとかじゃないからー」
私の思考を読んだかのようにタチバナさんが違う違うと手を振りながら言う。
……どうして考えていることが…………いや、何も言うまい。相手はタチバナさんである。考えるだけ無駄なのだ。
「ヒイラギの場合はー、確かに綺麗なものは人並みに好きなんだろうけどー……」
「……けど?」
「んー……多分それと同時にー、『だからどうした』っていう気持ちも同じくらいあるみたいー。綺麗なものはそれなりに好きだけどー、興味もないー。簡単には見た目に惑わされないのだよー」
そうなのか。
欠陥品ではない事に酷く安心する私。
まぁ確かに私は彼らを美形だなーとは思ったが、見るからに胡散臭く感じた。その上、実際に鼻血垂れみたいな輩もいたのだし……当然だろう。
いくら美形でも鼻血が付属されれば台なし、百年の恋も冷めるってものである。いや、恋なんぞしていないが。そしてその鼻血の原因は……まぁ隅っこにでも置いておくのだ。私は悪くない。断じて悪くなどない。原因が何であれ鼻血は鼻血なのである。
「……まぁそれだけじゃないんだけどー」
「……へ?」
「んー、まぁそれはそのうち分かるからー……大変になると思うけどー、まぁヒイラギなら大丈夫ー」
「……え?」
思案していた私にタチバナさんがポツリとそう言った。
それだけじゃないって?大変って何が?
今日の私は疑問符だらけである。
私の説明プリーズな様子に気がついているだろうに、それ以上は答えるつもりがないらしいタチバナさんはそれを笑顔でスルーしながら話を変える。
「あと保健室の件だけどー」
彼女は一旦言葉を切り、私を見遣る。私の訳が分からないという訝し気な瞳とタチバナさんのこちらを探るような瞳が合わさった。
そこからしばらく何も言わない彼女に不思議そうに首を傾げながら言葉を待つ私。どうしたというのだろうか?
待ち切れなくなって私が言葉を掛けようとしたその時、彼女は珍しく不適に笑った。
悪魔なんて目じゃない。そこらの男共を一気に魅了し、膝まつかせそうなその神々しいお姿。その、なんて言いますか、あれです…………物凄く怖いです、はい。
「そこってー、本当にヒイラギが目指してた部屋なのかなー……?」
……それってどういう意味だろうか?
まさかタチバナさんまで私が夢遊病者だと言うのだろうか?
はは、まさかぁ、まさかね。
……。
…………。
「…………私ってもしかして夜中、徘徊とかしちゃったりしてるんスか……?」
「うふふー」
固まって問い掛ける私に意味深な笑みを向けるだけで何も言ってくれないタチバナさん。え、ちょいとそこは否定してください。
何だ?私は夜な夜な徘徊をしているのか?そして目覚めるときにはきちんとベッドに入っていると?だから自分では気が付かないと?
そうならば本当に私は自分が夜中、何をしているのか分からないということに。
……怖いな。
「あの、タチバナさん……」
「うふふー」
「私って徘徊癖とか……」
「うふふー」
「もしくは夢遊病とか……」
「うふふー」
「もういっそ両方とか……」
「うふふー」
「タチバナさ」
「うふふー」
私の問い掛けを全て「うふふー」の一言でスルーし、ご機嫌にスキップしながら自室へと消えるタチバナさん。
いくら問いただしても彼女はそれ以上何も答えてくれなかった。
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