009 摩訶不思議な保健室
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
「何処行ってたのよ」
教室に戻って聞かされた第一声がそれだった。……そして何か睨まれてるし。
今、私は自分の席に着きながら仁王立ちしているサカキに見下ろされている。
保健室で彼を見送ってから自分も教室へ戻ると昼休みが終わりかけているところだった。
先程まで吐き気に悩まされていた私だが、有り難いことに彼が呆気なく取り去ってくれた。よって、吐き気がもたらす問題は解決されたのだが、今度はまた別の問題が浮上してしまったのである。
ハラヘリ。
そう、私は今、物凄く腹が減っている。
今日の朝は、ギリギリまで惰眠を貪っていた。それはもう朝食を抜かなければ間に合わないほどに。……つまり私は昨日の晩から何も口にしていない。
そして朝から七面倒くさい奴の相手もした。私は心身共に疲弊し切っている。疲れ、則ち本日のエネルギー消費量は朝っぱらからうなぎ登りで、私は現在エネルギー欠乏状態。身体からは直ちにエネルギー補充をしろとブーイングが飛び交っている。胃に食物を詰め込めと腹がぐるぐる喚き叫んでいる。
早く、早くこの三大欲求の一つを満たさなければとロッカーに仕舞ってあった鞄から弁当箱を引っつかみ、着席した。時計を見遣ると残り時間は僅か5分。迅速に事を運ばなければ昼休みが終わってしまう。ハラヘリのまま授業なんて受けてたまるものか。
そう意気込んで弁当の包みを外したところでサカキに取っ捕まったのだ。
そして冒頭にあった言葉が投げ掛けられた。
何故私が怒られているのだろうか。寧ろこっちが文句を言いたいくらいなのに。理解に苦しむ状況である。
目の前には蓋がまだ開けられていない状態のタチバナさんによるお手製弁当、その先には眉間にシワを刻み込んだ仁王立ちのサカキ、そしてその彼女を着席したまま見上げる私。まるでお預けを喰らったわんこのような構図だ。
この状況を迅速に打開すべく、私は彼女に対する文句を全て飲み込み、彼女の問い掛けに答える事にする。最優先するべき事項は、さっさと食い物を投下しろと悲痛な叫びを上げている空っぽの胃を満たすことなのだ。兎にも角にも腹が減った。事態は一刻を争っている。
「保健室だよ」
答えたよとばかりに私は弁当蓋の解除に取り掛かる。早く輝かんばかりの銀シャリと面会を果たしたい。
「嘘っ!」
そう声を上げながら彼女が手を掴んできた。
何するか。この邪魔な手を迅速に離しなさい。私には時間がないんだ。
しかし嘘とはどういう事だろうか?
私は彼女の言葉の意味が理解できず、首を傾げて見上げた。
「ペア発表が終わった後、私イズミ先生に聞いて保健室に行ったの」
来てくれていたのか。いつの間に。
多分私が寝ていたときなのだろう。サカキが来てくれたという記憶はない。
しかし、来たなら何故に嘘だと言われるのだろうか?寝ているところを見つけただろうに。
彼女の言葉に益々首を傾げながら次の言葉を待つ。
「でも、あんたいなかったじゃない」
……へ?
今、さぞかし私の顔は間抜けになっているだろう。
彼女は今、私はいなかったと言わなかっただろうか?
訳が分からず呆然とする私を他所にサカキの言葉は続く。
「体調が物凄く悪そうだったって聞いたから心配して急いで行ったのにいないってどういう事よ!休み時間になる度にずっと探してたんだからね!?やっと見つけたと思ったらピンピンしてるし……っ!私の心配を返しなさいよ!」
言葉を切らさず一気に浴びせられる。よく見ると彼女の瞳はうっすらと潤んでいた。どうやらかなり心配してくれていたらしい。
……なんだこのツンデレのお手本みたいな娘は。にやけるではないか。
にやにやする私に恨みがましい視線を投げ掛けるサカキ。ごめんごめんと言いつつもにやけ顔は抑えられない。
……痛っ、殴られた。何だこの可愛い生き物は。
「それで何処行ってたのよ?」
彼女の言葉にそうだったと思い出す。にやにやしている場合ではない。
確かに私はずっと保健室で寝ていた。それは事実なのに何故彼女は発見することができなかったのだろうか?
「うーん、おかしいなぁ」
「何?本当にいたの?」
「いたよ」
「……まさかベッドの下とかで寝てたとか言うんじゃないでしょうね?」
「いやいやいや」
確かに床にぶっ倒れたが不思議君がベッドに運んでくれたし…………あ。
そうだ、あの人が、不思議君がいたのだ。
「……サカキ、保健室にとんでもなく美形な悪魔いなかった?」
美形に目がないサカキさんである。もしも万が一私を見逃すようなことがあれども、あれほどの美形を彼女が見逃すはずがない。
「とんでもなく美形な悪魔?中まで入ってベッド全部調べたけど保健室には誰もいなかったわよ?……というか悪魔は皆美形じゃない」
彼らの姿を思い出したのかウットリとどこか違う世界へ意識を飛ばしているサカキは放っておくとして。
いなかったとはどういう事だろうか?
彼は確かにいたというのに……。
……え?まさか幽霊とかそういうオチじゃないですよね?
「……」
このよく解らない事態に混乱する私。
そこへ昼休み終了のチャイムが鳴り響き、講師が教室へ入ってきた。
…………何かとても重要な事を忘れている気がする。
「……ハッ!」
____弁当ーー……っ!!
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