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【第3章】ルーシーの嫌がらせ

今日もカノンは侍女としての仕事を順調にこなしていた。

竜人侍女たちとも、随分打ち解けてきた。

神殿で皆から虐げられていた頃に比べたら、大分心穏やかに過ごすことができている。


「カノン、後ろ向いて」


指示通りに後ろを向くと、ニアが背中から何かを摘んで見せてきた。


「ついてる」


近道をしようと狭いところを通ってきたせいだろうか、カノンの背中には

通称くっつき虫と呼ばれる植物がくっついていた。


「ここにも、ここにも、ここにもついてる。

一体どれだけつけてきたの」


とってもとってもくっついている様子を見て、ニアが少し呆れたように笑う。

“ごめん、ありがとう“

ジェスチャーで伝えながら、釣られるようにカノンも笑った。


「あら、随分楽しそうね?」


そんな穏やかな空気を壊すように、声が響く。


振り返ると、そこにはルーシーが立っていた。

ルーシーの両脇には、アリサとユウミの姿。


3人は並び立ち、カノンとニアのことを見下ろす。


「……何しに来たんですか?」


ニアが無愛想に尋ねた。

ルーシーが仕事場を訪ねて来るなんて初めてのことだったから、警戒しているのが分かる。


「あら、カノンのことが心配で、様子を見にきてあげたのよ。

私が連れてきたのだから、何か不自由があってはいけないでしょう?」


一見優しげなその言葉に、裏がないはずもない。


「でも、心配いらなかったかしら。

仲良いオトモダチもできたようだし……ねえ?」


ルーシーはそう言って、意味ありげな視線を向ける。

カノンと目が合うと、猫のようにその目を細めた。


(……一体、何が目的……?)


何かよからぬことでも考えているのではないだろうか。

そうでないと、わざわざルーシーがこんなところに来るはずがない。


「そうですか。それなら用はもう済みましたよね」


「ルーシー様に対して、何なのその態度!?」

「ただの侍女が何様のつもり?」


言外に「早く帰れ」と言い放つニアに対して、非難の声を上げるアリサとユウミ。

それをルーシーが制した。


「まあいいわ、ここに長居している理由もないしね。行くわよ」


そう言って、さっさと踵を返すルーシー。

その後をアリサとユウミが慌てて追いかけた。


「……何あれ」


その後ろ姿を見つめながら、ニアが不審げに呟く。


(何も、起こらないといいけど……)


カノンは、自分の嫌な予感が当たらないことを祈った。



しかしその嫌な予感は的中することになる。

突然、ルーシーがニアを自分の専属侍女として指名したのだ。

専属侍女は、常にルーシーのそばに控えて身の回りのお世話することになる。

今いる専属侍女は高位侍女の中から選ばれていたが、ルーシーたっての希望とあって

ニアはその日から専属侍女として働くようになった。


そして、ニアがルーシー付きとなってからしばらく経った頃。

久しぶりに顔を合わせたニアは、どこか顔色が悪いように見えた。


「……大丈夫だから」


ルーシーたちに、何かされているのではないか。

しかしニアは首を振るばかりで、何も言ってはくれなかった。


けれどやっぱり心配で、カノンは色々な人にニアのことを尋ねて回った。

そして、外見のことを侮辱されたり、熱い紅茶をかけられたり、無理難題を押し付けられたり。

ルーシーによって酷い目に合わされていることを知った。


あの日、仲の良いカノンたちの様子を意味ありげに見つめていたルーシー。

だからこそきっと、ルーシーはニアを標的に選んだ。


(……許せない)


自分だけでなく、大切に思う人まで傷つけられることに耐えられなかった。

カノンは、今夜にでもルーシーに抗議に行くことを決意する。

カノンの言うことをまともに聞き入れるとは思わないけれど、このまま何もしないよりはマシだ。



「そんな気持ち悪い肌してるくせに、よく平気な顔で歩けるものよね」


「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」


侍女長から頼まれた届け物のために中庭を横断していると、その先でアリサとユウミが2人でニアを取り囲んでいるのが見えた。カノンは慌てて駆け寄っていく。


「だから、その態度が気に食わないって言ってんのよ……!」


声を荒らげたユウミが片手を振り上げたのが見えて、カノンは咄嗟に両者の間に身体を滑り込ませた。


パン、と乾いた音が響いてから、頬に走る痛み。


「カノン……!」


珍しく焦ったようなニアの声が聞こえた。

カノンはニアを庇うように前に立ち、アリサとユウミをキッと睨みつける。


「な、何よ……その目。恥晒しのくせに生意気ね」


「そうよ。いつもみたいに、身の程を弁えて大人しくしてなさいよ」


大切に思う相手がこんな目にあっている。


(それなのに、引き下がるなんてあり得ない)


それでも一歩も引かないカノンに対し、苛ついたように顔を歪める2人。

馬鹿にしたように吐き捨てる。


「……っは、何?

そいつのこと庇って、やっすい友だちごっこでもしてるつもり?」


次にニアを見て、嘲笑うように言った。


「アンタもさぁ、ルーシー様の方につけばいい思いができたのに、それを断るなんて馬鹿みたい」


ルーシーは、専属侍女としたニアに自分の一派になるように持ちかけていたのだった。

歌姫の自分につけば、色々な優遇を受けられる。

その代わり、カノンと完全に縁を切ること。それが条件だった。


「アンタさぁ、目障りなのよ。他のヤツらと楽しそうにしちゃってさ」


「恥晒しのアンタは、一生辛気臭い顔したまま過ごしているのがお似合いなの。

ルーシー様もそう言ってたわ」


つまりルーシーは、カノンが竜人侍女たちと上手くやっている様子なことが気に食わず、嫌がらせのために

カノンと一番親しいニアを自分側に引き入れようと目論んだ。


しかしニアはそれを断った。

それで怒りを買い、様々な嫌がらせをされていたのだ。


ニアがポンとカノンの肩を叩く。

そしてカノンの前に歩み出ると、キッパリ言い放った。


「お前らのような性根の腐ったヤツらのために、カノンを裏切るなんてあり得ない」


「な……っ」


更にニアは続けて宣言する。


「ワタシは今日で、歌姫様の専属侍女を辞める」


「はあ!? 

そんな勝手が許されるわけないでしょ!」


それを受けてアリサが盛大に顔を歪めた。

しかし構わずニアは続ける。


「アナタたちにこれまで壊された物は全て記録済み。だから、それもきっちり弁償してもらう」


「アンタねぇ、いい加減にしないと……」


「――いい加減にするのは、アナタたちよ」


凛とした声が響く。侍女長が、数人の侍女を引き連れて現れた。


「は……? 何……」


呆気に取られる2人に対して、侍女長は毅然と言い放つ。


「歌姫様とアナタたち2人が、ニアや他の侍女たちにやってきたことは、全て私から上に報告しました」


「……そんなの、いつもみたいにルーシー様の力でどうとでも……」


ユウミの言葉を遮るように、侍女長は続ける。


「これだけの被害が重なれば、歌姫様といえど言い逃れはできないはずよ。

アナタたちにも、何かしらの処罰が降ることは間違いないでしょうね」


「で、出鱈目言わないでよ!

ただの侍女なんかより、私たちの方が優先されるに決まってるじゃない!」


「そ、そうよ!

それなのに粋がっちゃって、馬鹿みたい」


動揺を隠せず、言葉を詰まらせる2人。

それでも強気の姿勢を崩さず、そう鼻で笑って見せるけれど。


「な、何よ……っ」


自分たちに向けられる冷たい目線にたじろいだ。


「アンタたちのことは、こっちだってルーシー様に言い付けてやるから……!」


捨て台詞を残すと、バタバタと足音荒くその場を去っていった。


「……カノン!

叩かれたとこ、見せて」


2人の姿が見えなくなってすぐに、カノンはニアに肩を掴まれた。

“大したことないから、大丈夫“

そう伝えるよりも早く、ニアの手が頬に触れる。


「……赤くなってる。

ごめん、ワタシのせいだ」


赤みの残る頬を見て、ニアが眉を顰める。

カノンは首を横に振った。


叩かれた頬はまだ少し痛んだけれど、これくらい神殿では珍しくなかった。

それにカノンが勝手に飛び出したのだ。


(ニアがこれ以上傷つかなくて、よかった)


だから本当に、気にしないで欲しい。

そう伝えようとするカノンの顔を、周りの侍女たちも覗き込んでくる。


「ああ、確かに赤いね。

まずはよく冷やした方がいいよ」


「ニア、医務室に連れて行ってあげて」


“そんな、放っておけば治ります“

慌てて伝えるカノンに、ニアがずいっと顔を近づけて言う。


「ダメ。

人間は私たちよりも脆い。万が一傷が残ったらどうする」


そうしてカノンは、ニアによって医務室へ連行されることになったのだった。



アリサとユウミには、侍女の地位剥奪という処罰が下った。

その代わりに、王室馬舎の馬丁の下働きをすることが命じられた。

馬丁頭は厳しいと評判で、これまでと比べたら遥かに過酷な仕事であることは間違いなかった。


しかし、アリサとユウミが頼みの綱であったルーシーに助けられることはなかった。


ルーシーにもまた、現在の住まいである離宮内で一定期間の謹慎という処罰が下っていたからだ。

曲がりなりにも歌姫候補であるルーシーへの処罰は、これが限度だった。

そしてこれは、ギルバート直々に下されたものだった。


その際に身の振り方について釘を刺されたルーシーは、真っ先に使えないどころか足を引っ張る存在になると

判断したアリサとユウミを切り捨てた。


切り捨てられた2人は馬丁の下働きに強い拒絶を示したが、それならば神殿に戻るしかない。

しかしこんな不名誉な形で出戻ったら、どんな酷い扱いを受けるのか。

他に行き場のない2人は、大人しく処罰を受け入れるしかなかった。



今回の件を経て、カノンの身の回りは随分と平和になった。

そして、より一層ニアや竜人侍女たちとの仲を深めることができた。


「ニア、カノンこっちこっち〜。

席とっておいたから」


「早くおいでよ」


カノンに向けられる温かい視線。親しみのある態度。


(知らなかった。世界はこんなに優しかったってこと)



神殿にいたあの頃は、まるで全てが敵になったような気さえしていたのに。

ここに侍女としてやって来てから、カノンは心から笑うことができていた。



ある日、何やら騎士団の方が騒がしいことに気づいたカノンは、人垣に紛れるようにして様子を伺う。


「髪型、似合ってる……カッコいいよ」


「ありがとう。マーガレットの髪も可愛い。

……また惚れ直した」


聞こえてきた甘い会話に視線を向ける。

そこでは侍女のマーガレットと、若手の騎士が見つめ合っていた。

2人は最近想いが通じ合ったばかりの恋人同士だった。


「あ……」


カノンの視線に気づいた2人は、気恥ずかしそうにお互いから少し距離をとる。

ミサはニアを通じて親しくなった侍女の1人だった。


空気を変えるように、マーガレットが声をかけてくる。


「カノンも髪を切りにきたの?」


(髪……?)


顔にはてなを浮かべるカノンを見て、「ああ」とミサが声を上げる。


「そういえば、カノンは初めてだったっけ。

城勤めをしていると、髪を整えてもらう機会も少なくなるでしょ。

特に騎士団なんかは無頓着だから、こうして定期的に専属の人が来てくれるの」


マーガレットにつられて周囲を見ると、確かに髪型がこざっぱりした人が多いようだった。

その中には見覚えのない風貌の人も数名いて、彼らがその理容師なのだろう。


「私たちも、事前に申請しておけば切って貰えるのよ。

今回は私も彼と一緒にお願いしたんだ。ね」


そう言って顔を見合わせるマーガレットと若手騎士。

微笑ましい様子に、カノンも頬を緩ませる。


「ただ先着順だから、人気の人はすぐに埋まっちゃうんだけど。

あそこにいるケインさんなんかがそうね」


マーガレットの視線を追いかけて顔を向ける。

ケインは大柄だがどこか中性的な雰囲気の男だった。

近くの人と談笑する姿をぼんやりと眺めていたカノン。

しかし急に振り向いたケインとばっちり目があった。


(え、あ……こっちに来る……!?)


すると少し離れた場所にいたはずのケインが、ずんずんとこちらへ向かってくるものだから、

カノンは慌てる。

そしてカノンの前で立ち止まったケインは、開口一番に言い放った。


「アナタ、その髪美しくないわね」


ケインが指し示したのは、カノンの長く伸ばした前髪だった。


「まだ時間はあるし、1人くらいなら……そうね」


ケインはカノンのことをじっと見つめながらぶつぶつと呟いた後、ひとりでに頷いた。


「ねえ、アタシに委ねてみない?

きっとアナタを生まれ変わらせてみせるわ」


突然の提案に、カノンは目を瞬かせる。


「いいじゃない、カノン!

せっかくだから切ってもらいなよ!」


横からマーガレットが勧めてくる。

カノンは自分の長い前髪に触れた。


カノンが目を覆い隠す程前髪を長く垂らしているのは、ルーシーの命令によるものだ。

味方もいない環境で長年虐げられ続けることで、いつしか抵抗することを諦めて、

感情さえも麻痺しているようにされるがままだった。


けれど、他者から与えられる優しさと自分の存在を認めて貰える喜びを思い出した、今は。

そんな自分を変えたいと思う。


ルーシーの言いなりになる自分は、もう嫌だった。


「嫌なら無理強いはしないけど……どうする?」


“是非、お願いします“


まずは、第一歩。




今日もカノンは裏庭へとやって来ていた。


そんなカノンの前髪は、バッサリと切られて目元がはっきりと見えている。

随分と視界は良くなったけれど、長年を共にした前髪がないのは何だかスースーして落ち着かない。


ケインは前髪だけでなく、全体的に髪型を整えてくれた。

仕上がりを見て、「やっぱり、アタシの目に狂いはなかったわ」

そう満足げに頷いていたけれど、本当に似合っているだろうか。変じゃないだろうか。


今回の散髪で、これまで半分以上隠れていたカノンの素顔を初めてまともに見ることになった侍女たちは

皆驚いたような顔をした後、「勿体無い」「もっと早く切ればよかったのに」と口々に言っていた。


(まだ少し慣れないけど、でも……)

これを機に、変わっていこう。


「ああ、もう来てたのか……」


足音が近づいてくと共に、聞こえるのはギルバートの声。

カノンが振り返る。

その姿を目にしたギルバートは、驚きに目を見開いた。


カノンの前にしゃがみこみ、その露わになった素顔を見つめる。


「君は……」


熱に浮かされたかのように呟いて、カノンへそっと手を伸ばすギルバート。

しかしその手が頬に触れようとする寸前のところで、ハッと気づいて手を下ろした。


(ギルバート様、何だか様子が……)


いつもと様子の違って見えるギルバートに、緊張するカノン。


しばし無言の中、2人は見つめ合っていた。


「……髪、切ったんだな」


その均衡を破ったのはギルバートだった。

カノンは頷く。

そんなカノンを、ギルバートが再びじっと見つめる。


「可愛い」


それはごく自然に溢れた言葉のようだった。

言われた言葉の意味を理解すると、カノンの顔がボンッと赤く染まる。


「いやその、ちが……わないんだが……」


自身から飛び出た発言に気づいたギルバートの顔もわずかに赤くなった。

気を取りなおすように一度咳払いをして、改めてギルバートが言う。


「よく似合っている」


他ならぬギルバートにそう言ってもらえることが嬉しくて、カノンははにかむように笑った。


2人の間に流れる、柔らかい空気。

いつものように隣り合って座り、共に過ごすこの時間は何よりも大切なものだった。


カノンはギルバートの精巧な横顔を盗み見る。


「……どうした?」


その視線に気づいたギルバートが、優しく問いかける。

慌てて首を横に振るカノンを見て、フッと微笑んだ。


(……ああ、)


カノンははっきりと自覚する。


(私はこの人に惹かれている)


高鳴る鼓動が、胸に感じる愛しさがそれを証明する。


(……でも)


相手は、この国の王となる人。

想うことさえ烏滸がましいような、カノンとは到底釣り合わない相手だ。


それにギルバートには、もう決まった相手がいる。

ルーシー。この国の歌姫となる存在。


代々、竜王は歌姫を己の妻としてきた。

竜王を公私共に支え、生涯を共にする。

それが歌姫だ。


決して叶うことのない想い。

それを痛感して、胸が痛む。


この場所で、いつまでこうして会えるのかさえ分からない。

その時を考えると締め付けられるように苦しくなるけれど。


目があって、2人は小さく笑い合う。


――今はただ、奇跡のようなこの幸福を、噛み締めていよう。


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