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side:ギルバート

夢を見ていた。


広大な草原の中で、ギルバートは竜となった身体を横たえている。

そんなギルバートの前には、いつも1人の少女がいた。


空から降り注ぐ日の光を浴びて、キラキラと輝く白銀の髪を持つその少女は、歌を歌う。

何にも縛られず自由に、歌うことが楽しくてしょうがないという風に。


その歌声は心地よく耳に馴染み、ギルバートの心を震わせる。

もっと聞きたい、もっとそばで感じたい。

そう思っても、ギルバートたちの間には見えない壁にようなものが存在していた。


その壁に隔たれて、決して触れ合うことはできない。

話すこともできない。


唯一届くのは、少女の歌声。

自然と鳴る喉。澄んだ瞳と見つめ合って、ギルバートは目を細めた。


この歌声を、いつまでも聞いていたいと思う。

きっと彼女こそが―――俺の歌姫。




しかし目が覚めると、少女がどんな顔をしていたのか思い出せなかった。

確かに美しいと思った瞳でさえも、何色をしていたのか答えられない。


唯一消えずに残るのは、眩い白銀の髪と、あの歌声。


彼女は、この世界に存在するのか。

するのならば、今どこにいるのか。


今すぐに国中を飛び回って確かめたい。

幻想ではないのだと証明したい。


しかしそれは叶わない。


“竜王と歌姫は、来るべく時に必ず巡り合う“

その言い伝えに則って、竜王となる者はその()()()()時を待つのがしきたりだった。


(ああ早く、彼女に会いたい)


夢の中の存在を、ギルバートはただ渇望していた。



そもそものギルバートは、歌姫の存在に懐疑的なところがあった。


現竜王である父にも、歌姫は存在する。

歌姫は現王妃でもあって、つまりはギルバートの母だ。


そんな2人は、誰もが見てわかるくらい互いを想い合っている。

特に父から母への溺愛っぷりは凄まじい。

それは息子であるギルバートが時に引くほどの熱量を持っていた。


竜王と歌姫が良好な関係を築くことは、国の安定に繋がる。

ギルバート個人としても両親仲が良いことは喜ばしいことで、不満はない。


しかし垣間見える両親の――互いのためなら命も惜しまず全てを捧げるような

依存的とも言える重い愛を、恐ろしいと感じることもあった。


次代竜王であるギルバートには、これまでたくさんの女が近寄ってきたが、その誰にも心を動かされることはなかった。

そんな自分に、こんな風に愛を捧ぐ相手が現れるのか? 


竜王は代々、歌姫となった人間を溺愛して、王妃に娶ってきた。

だからと言って、自分がそうであるとは限らない。

この国にとって、歌姫が欠かせない存在というのはよく理解している。


しかしきっと、歌姫――その存在に出会っても、それが愛だの恋だのに形を変えることはないだろう。


そんなギルバートに対して、両親は

「いつかきっと、お前にも分かる時がくるよ」

そう微笑んでいた。


その言葉が真実になるのは、そう遠くなかった。

父が体調を崩すことが増えるようになり、母の歌姫としての力に翳りが見え始めた頃、世代交代――つまり竜王の代替わりが見越されるようになった。

そして夢を見るようになったのも、その頃からだった。


夢の中で少女と出会い、歌声を聞いた時。ギルバートの世界は一変した。

夢でしか会えない少女との再会を、歌声を熱望した。

また夢を見ると、次の夢を待ち望んで。


夢の中の少女は、いつの間にかギルバートの心を占め尽くす存在となっていた。

夢の中で会うだけの存在を、こんなにも求める自分が末恐ろしくもなりつつ、

しかし何よりも、竜王となった自分が、“来るべき時“に少女と再会することを渇望していた。


歌姫の有力候補となる人間の娘が見つかり、登城することが決まった。

その知らせを受けた時、ついに()()()が来たのだと思った。

そしてその娘が白銀の髪を持つと聞いて――ギルバートは歓喜した。


ああようやく、待ち望んだ存在(夢の中の少女)に会えるのだと。


謁見の場に現れたのは、確かに銀の髪を持つ人間の娘だった。

しかし夢の中の少女と比べると、その輝きは見劣りするようで違和感を覚える。


その歌姫候補の名はルーシー。


ルーシーは自身が次の歌姫であることを証明するために、その場で歌を披露することになった。

そして彼女が歌い出した時、違和感は落胆へと変わる。


ルーシーの歌は実に洗練されたものだった。

謁見の場にいた者たちが感嘆の声を上げる。


(――違う。彼女は、夢の中の少女ではない)


彼女の歌は、ギルバートが求めていたものではなかった。

高くてよく伸びる声。声質は似ていても、少女とは似て非なるもの。


(彼女は、俺の歌姫ではない)


直感のような何かが訴える。


しかしルーシーは、その歌声でその場にいた全員の瘴気を浄化していた。

それは彼女が次の歌姫であることの、何よりの証明。


竜王である父が、ルーシーを正式な歌姫候補として迎えることを宣伝する。


違う。俺の歌姫は――心が叫ぶのを感じながらも、ギルバートはそれを受け入れざるおえなかった。



ルーシーは、ギルバートの外見が大層お気に召したようだった。

城に滞在することになってからというもの、頻繁にギルバートの元を訪れるようになった。

時には執務中でもお構いなしに押しかけて、熱心に自己アピールをするルーシー。


ギルバートはそんなルーシーに辟易していた。


ルーシーはギルバートの行く先どこへでもついて回ろうとする勢いだ。

そもそも静かな環境を好むギルバートからすれば、ルーシーやその取り巻きのピイピイ甲高い声が

常に付き纏うこと自体勘弁して欲しいものだった。


それに、ルーシーのことはすでに色々と耳に入っている。

ギルバートに近しい者以外への態度は、目に余るものがあると。


ルーシーには、この国の歌姫となるために必要な知識や教養を会得するための教師をつけている。

しかしルーシーは授業に対する態度も不真面目で、ギルバートに会いに行くためにすっぽかすこともしばしばあった。

それに苦言を呈した教師をクビにしろと騒いだり。

竜人侍女たちへの態度も非常に高圧的で、ギルバートの前とはまるで違う態度のようだ。


そんな人間を、好ましく思えるわけもなかった。

けれどルーシーはただの人間ではなく、歌姫候補だ。

ギルバートと共に次代の国を支えることになる存在を、無下にすることはできない。



それから数日後、ルーシーのお披露目パーティーが開かれることになった。


よりパフォーマンスとしての演出が強くなるように、パーティー会場にはしばらく浄化を受けず、

若干の瘴気を身体に溜め込んだ状態になっている竜騎士団が数人待機している。


ルーシーは大勢の招待客の前で歌い、その竜騎士団たちの瘴気を浄化してみせたのだった。


次代の歌姫が現れた安堵と喜びに会場は沸き上がった。

ルーシーの周りにはあっという間に人が集まり、口々にルーシーを褒め称える。

その中に、ルーシーが次代歌姫であることを疑う者は誰1人としていなかった。


ギルバートはそのタイミングを見計らい、外の空気を吸いにパーティー会場を抜け出した。

喧騒から離れて息を吐き、1人ゆっくりと中庭を歩く。


(あれは……?)


その先に、座り込むような人影が見えた。


竜人はいくらか夜目がきく。背格好からすると侍女だろうか。

今日のパーティーは、侍女であっても参加が可能なはずだ。

それが何故、こんなところに?


訝しく思いながらその侍女らしき女へ近づいた。

ギルバートの足音に気づいたのだろう、侍女らしき女が振り返る。

ほのかな灯りに照らされたその姿を目にした瞬間、心臓が大きくざわめいた。


「なあ、君は――歌うのか?」


頭で考えるよりも早く、気づけば言葉が溢れ出していた。

騒ぎ出した鼓動の理由を確かめるように、ギルバートはただ目の前の女を見つめる。


そして女は――首を横に振った。


それを見て、ギルバートはハッと我にかえる。


(俺は急に何を言って……)


改めて目の前の女を見る。

侍女は侍女でも、彼女は人間だった。


ルーシーの付き人としてやって来たのは3人。

うち2人は、ルーシーにいつも付き従うアリサとユウミだ。


そしてもう1人――彼女の姿を見るのは、これが初めてだった。



「そうか、君が……」


側近のミドルが言っていた、“声を出すことができない少女“だと理解する。


声を出せない人間が、歌を歌えるわけもない。

そもそも歌えたところで、ギルバートにはすでに歌姫(ルーシー)がいるというのに。

それなのに妙に残念に思う。


自身と同じ色をした黒髪。目元を覆い隠す程長く垂らされた前髪。

そして、出ない声。

目の前の彼女と、夢の中の少女が結びつくはずもないのに。


――彼女の歌を、聴いてみたい。


何故だか無性にそう思った。 


彼女の捜し物が見つかった頃、護衛騎士の1人がギルバートを迎えにやって来た。

上手いことやってくれと押し付けて抜け出してきたが、そろそろ限界なのだという側近に従って、ギルバートは会場に戻ることにする。


別れ際、彼女と視線が重なった。


「離れたくない」


胸に湧き上がった感情が、そのまま口から溢れそうになるのを押し留める。


「ギルバート様……」


「……ああ、分かってる」


騎士の催促に頷いて、どこか後髪引かれるような思いを抱えながらもギルバートはその場を後にした。




「ギル様ぁ。お会いしたかったですぅ」


今日もギルバートの元に、ルーシーとその取り巻きが押しかけて来た。

許可した覚えのない略称でギルバートを呼ぶようになったルーシーは、上目遣いで媚びた笑みを見せる。


「申し訳ありませんが、ギルバート様はこれから公務がありますので」


側近のミドルが、そんなルーシーを遮るように間に入った。


ミドルは現宰相の息子であり、ギルバートの即位と同じくして代替わりする予定だ。

昔も今も、よき相棒としてギルバートを支えている。

そんなミドルは、ギルバートとはまた違うタイプの、線の細い美形だ。


「ええー? せっかくなんだから、ちょっとくらいいいでしょう?

私、ギル様ともっと仲良くなりたいんですっ」


ルーシーはそう言って、ギルバートの手を両手でぎゅっと握った。


「ルーシー様もこう言ってるし、いいじゃないですかぁ。

ミドル様も私たちとお話しましょうよ〜」


取り巻きの2人は、媚びた声でミドルに言う。


そんな時、執務室の扉がコンコンとノックされる。



入室を許可すれば、入ってきたのはラースだった。


ラースはフォーゲル国の王子であり、国交のためこの国に滞在中だ。

すらりと伸びた長身。

ギルバートから見ても、綺麗な顔をした男だと改めて思う。


「ラース様……!」


ラースが入ってきたのを確認した、取り巻き2人の目の色が変わる。


「ラース様、あの……私たち、もっとラース様とお話してみたいと思っていて……!」


ラースは基本的に女好きで、女性に優しい。

自国でもどこでも女性が寄りつくのが絶えないような男だ。


「そうなの? 光栄だな」


だから急に擦り寄ってきた取り巻き2人に対しても、嫌な顔を向けることはなかった。

ラースの微笑みに、取り巻き2人がポーッと顔を赤くする。


「ね、ギル様……」


「手を離してくれ」


ギルバートは握られた手を解きながら、ルーシーに向けて言う。


「悪いが、今日は早めに片付けたいものが多いんだ。

それに、君はそろそろ授業が始まる頃だろう」


渋々といった様子で戻って行ったルーシーらを見送って、ギルバートは抑えていたため息を漏らす。


「……今度の歌姫様は、扱いに困るな……」


隣でミドルがそう苦笑いをする。

主従以前に気心の知れた仲であるミドルは、プライベートな場においては、こうして少し砕けた口調になる。


「そうだな」

そんなミドルに同意するギルバート。


「ラシエルの歌姫様といえば、心優しく周囲から愛される存在だとばかりだと思っていたけどね」

意外だとばかりにラースが呟く。


ラースとギルバートは、幼い頃から交流を持っていた。

そんな2人は、国同士の関係を飛び越えて、親友のように互いを慕う関係でもあった。


「……少なくとも、歴代歌姫たちは“そう”だったんだ」


歴代歌姫たちは、ラースの言う“心優しく周囲から愛される存在”であったと断言できる。

だからこそ自然と、歌姫は“そういうもの”だと考えていた節があった。


「でもここにきて、“そう”じゃないのが出てきちゃったってわけだ」


眉根を寄せるギルバートのことを、面白そうにラースが覗き込む。


「……笑い事じゃないぞ」


「それは分かってるけど、ラブコールに押されてるギルバートを見るのって何だか新鮮で」


尚も忍び笑いをするラースのことを、じろりとギルバートが見つめる。



2人の話を聞いていたミドルが「それに加えて」と口を開く。


「付き人として連れてきたあの2人も中々のものだよ。

聞くところによると、歌姫様に付き従うばかりで、侍女の仕事はまるでしていないとか」


それどころか先ほどのように、ラースやミドルなどの美形で地位のある者に色目を使う始末。


「ああ、やっぱりそういう子たちなんだ。

嫌ぁな目してたもんね」


ラースが納得したように頷く。


人当たりの良い笑顔の下で、ラースは相手の本質を推し量っている。

そして自分が認めた相手にしか、決して心を開こうとはしないのだ。


「でも残る1人だけは、唯一まともに仕事をこなしているみたいだ。

ほら、前に話した……」


「“声の出ない少女“?」


そう尋ね返せば、ミドルがああと頷く。


「そう。確かに彼女だけは、歌姫様のそばについていない」


「そうだな……」


ギルバートが思い浮かべるのは、中庭で相対した少女の姿。

あの時に感じた胸のざわめきを、まだ覚えている。



「……なあ、彼女の名前は何と言うんだ?」


「名前? 確か“カノン”といったはずだよ」



――カノン。

その3文字を、ギルバートは心の中で反芻した。



ルーシーから離れて1人になるために、ギルバートは普段人の寄りつかない裏庭へと足を運んだ。


そこで思わぬ先客――カノンと遭遇する。


カノンが慌てて立ち去ろうとするのを引き止めて、隣に腰掛ける。


「カノン」


初めて呼んだ名は、不思議なほど口に馴染んだ。

声が出ないカノンと過ごす時間は、静かなものだった。

しかしその静寂を苦には感じない。


むしろカノンのそばにいると、とても心地が良かった。

そして、時間が過ぎていくのもあっという間だった。

もっと、彼女のそばにいたい。


「俺もまたここに来ていいだろうか」


その思いが、自然と口を動かしていた。


そしてギルバートは、カノンに会うために時間を捻出して裏庭に通うようになった。


5属性の力でカノンと筆談ができるようになってからは、2人の間の会話も増えた。


何気ない話をするのがとても楽しくて、ギルバートは自然と笑顔になった。


カノンのことを、もっと知りたいと思う。

ずっと話していたいと思う。

別れても、また次に会うことを待ち望む。


こんな感覚は初めてだった。


カノンと会うたびに、自身の心が癒やされるのを感じる。

いや、それだけではない。


(俺は、彼女のことを……)


ギルバートは、自身がカノンに心惹かれ始めていることに気づいていた。


「ギルバート様、そろそろ歌姫認定の儀の日取りを考えませんと……」


執務室の中。仕事モードの顔をしたミドルが、そうギルバートに告げる。


「……ああ……」


それは周囲からもせっつかれていることだった。


歌姫の認定とは、次代竜王となる者が歌姫候補を正式に“竜王の歌姫“と認め、宣言すること。

それから国民に向けて、歌姫誕生を公表することを以て認定の儀とする。


つまりギルバートがルーシーを「自分の歌姫である」と認め、宣言するということだ。

ギルバートは眉根を寄せる。


「躊躇うお気持ちは分かりますが、貴方が王となるためには必要なことなのです」


認定した歌姫と共に戴冠式を迎えることで、正式に代替わりが認められ、ギルバートは新たな竜王となることができる。

それは歌姫がいなければ、竜王にはなれないということと同義。

竜王の歌姫という存在は、それ程までにこの国と竜人たちにとって欠かせない存在だった。


それを十分に分かっていながらも、ギルバートは未だルーシーのことを歌姫だと思うことができなかった。


「なあミドル。本当に、歌姫が別にいる……ということはないのか?」


それは、夢の中の存在を未だ諦めきれないでいるということ。

ギルバートの問いに、ミドルは複雑な顔で首を横に振る。


「国中をくまなく捜索しましたが、条件に合う娘は他に現れませんでした。

それに歌姫……ルーシー様は竜王の即位前にも関わらず、強い浄化の力を持っています。

能力だけ見れば、歴代歌姫と比べても群を抜いている……彼女が歌姫であることは紛れもない事実かと……」


(分かっている。分かっているんだ……)


先代の力はどんどんと弱まっていく。

国の安定のためにも、一刻も早く新たな歌姫を迎え入れなければならないと。


けれど。本能が、痛いほどに叫んでいる。


(歌姫は、彼女ルーシーではない)


ギルバートの耳に流れるのは、夢の中の少女の歌声。

それと同時に、カノンのことが頭に浮かぶ。



もし、もしも……カノンが歌姫であったなら。


そんな夢物語に、思いを馳せた。

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