声を失った理由②
両親を失ったカノンは、神殿に引き取られることになった。
カノンの歌声の評判を知った神官長が、直々にカノンを招き入れたのだ。
国中から選りすぐった“聖なる乙女“たちが暮らす場所である、神殿。
心の傷も癒えぬまま、カノンもその一員となったのだった。
そしてカノンと同じくして、ルーシーも神殿に引き取られていた。
「自分はカノンの大親友だ」「傷ついたカノンのそばにいてあげたい」
「私にはすごい才能がある」「きっと竜王の歌姫になれるはずだ」
ルーシーは街に視察に来た神殿関係者にそう並べ立てて、自らも神殿に入りたいと懇願した。
結果として、ルーシーにも一応の素質は認められたために、カノンと同時期に神殿に入ることになったのだ。
そして2人が神殿に入って、初めて参加する“祈りの儀“
礼拝堂には両膝をついて手を組む、祈りのポーズをとった“聖なる乙女“たちが集まっている。
神殿に新しく入った者は、そこで1人ずつ歌を披露することが習わしとなっていた。
まず先に、ルーシーが歌う。
己の実力を誇示するように声を張り上げ喉を震わせ、歌い切った。
彼女たちが表情を変えることはない。あくまでもこれは通過儀礼だ。
それに選りすぐられた者たちが集まるこの神殿の中では、ルーシーの歌声は「よくいるレベル」程度であり、彼女たちは特に何かを思うこともなかった。
そして、次はカノンの番となった。
すうっと息を吸い込んで、カノンが歌い出す。その瞬間、空気が変わった。
皆が自然と俯いていた顔を上げる。ある者は目を見開き、ある者は息を呑む。
歌いながら、カノンが思い浮かべるのは両親のこと。
カノンのことを、たくさん愛してくれた両親。
大好きだった。何よりも大切だった。ずっと一緒にいると約束したはずだった。
もう一度だけでいいから、2人に会いたい。でもそれはもう叶わない。
それならどうかこの歌が、2人の元まで届きますように――。
目の端に浮かぶ涙を堪えながら歌う。
「あれ……?」
彼女のうちの1人が、頬を濡らす感触に気づいて小さく声を上げた。
カノンの悲しみに共鳴するかのように、1人、また1人と瞳から涙を溢す者が現れる。
全てを歌い終わると、一瞬の静寂の後、自然と拍手が湧き起こった。
「素晴らしい歌声だった。やはり私の目に狂いはなかったようだ」
「ありがとう、ございます」
そう満足げに声をかけてくる神官長に、カノンは頭を下げる。
「なんで……?
だって私の時は、拍手なんて……」
その光景を、ルーシーは後ろから呆然とした様子で眺めていた。
神官長らが立ち去ると、カノンの周りには先住の乙女たちが殺到した。
「ねえあなた、とっても素敵な歌声ね!
私、いつの間にか泣いてしまっていたわ」
「ええ本当にね!
それに、あの神官長が誉めることなんて滅多にないのよ!」
興奮したように捲し立てる彼女たちに、圧倒されるカノン。
「これからよろしくね、カノン!」
「……はい、よろしくお願いします」
両親を殺されて失った悲しみと痛みは、忘れることなどできないだろう。
それでもこの場所でなら、また前を向くことができるのかもしれないと、カノンは思った。
ルーシーは、そんなカノンの背中を殺意さえこもった瞳で見つめていた。
「……またなのね、また、ここでも……ああもう、絶対に許さない――死ねばいいのに」
カノンとルーシーには、2人で1つの部屋が分け与えられた。
部屋の中には必要最低限の家具が置かれ、こじんまりとした雰囲気だ。
カノンは、先ほどから黙り込んだままでいるルーシーの後ろ姿を見る。
ここでは唯一の同郷者なのだから、変な蟠りはなくしてしまいたい。
これからは同室になるのだから、尚更だ。
「……ルーシー、改めてこれからよろしくね」
カノンの声に、ルーシーが振り返った。
眉間に皺を寄せながら、吐き捨てるように言う。
「……あんたさぁ、あんなことがあったのに、よく平然と歌えたもんよね」
「あんなこと、って……お母さんとお父さんのこと……?
……私だって、まだ2人が死んだなんて受け入れたくない。平然となんて、できなかったよ。
でも2人はいつも、私の歌を一番に好きでいてくれたから……きっと、私が歌うことを望んでくれるはずだって思ったの」
カノンの答えを、ルーシーは馬鹿にするように鼻で笑った。
「歌うことを望んでくれる……?
何それ、本気で言ってんの?
だってあんたの親は、あんたの歌のせいで殺されたのに」
その言葉に、カノンの心臓がドクンと嫌な音を立てる。
「……え……?
それ、どういうこと……?」
呆然と聞き返すカノンに向けて、ルーシーが告げた。
「なんだ、知らなかったの?
あんたたちを襲ったヤツらの目的は、カノン――あんただったんだって」
男たちの目的は、カノンだった。
正確には、カノンの歌声だ。
神殿入りはおろか、“竜王の歌姫“だって夢じゃない娘だと、そんな噂話を聞きつけた男たちはカノンを拐い、身寄りのない孤児として神殿に売りつけることを目論んだ。
そうなれば、本来親族たちが貰うはずの大金が自分たちの元に入ってくる。
「――だからそのために、あんたの両親は殺されたんだって。
やだ、もしかして知らなかったの?
街ではその話で持ちきりだったわよ!」
知らなかった。そんなこと、誰も教えてくれなかったから。
「う、そ……」
嘘だと思いたかった。
「嘘じゃないわよ。だってそうじゃないなら、普通もっと金のありそうな家を狙うはずじゃない」
けれどルーシーの言葉を否定することができない。
きっと、あまりにも酷な話だと、大人たちはあえてその事実をカノンに伏せていたのだろう。
「ていうことはさ、あんたの両親が殺されたのって――あんたのせいだよね」
「……私の……」
呆然とするカノンの顔を覗き込むようにして、どこか楽しげな様子のルーシーが言う。
「そう!あんたのその歌!その歌声のせいよ!」
心臓が壊れそうなほどに早鐘を打って、全身から血の気が引いていく。
わたしの、うた。
「あんたが歌ったせいで、あんたの両親は死んだの。
チヤホヤされて随分いい気になってたみたいだけどさぁ、笑っちゃうよねぇ。
だって大切な人を殺すなんて、とんだ呪いの歌じゃない!!」
嘲りに満ちた、ルーシーの笑い声が響き渡る。
私のせいで、お父さんとお母さんが死んだ。
カノンの脳裏に、あの時の両親の無惨な姿が蘇る。
呼吸ができない。喘ぐように喉から細い空気が漏れて、喉を抑えた。
そんなカノンの耳元で、ルーシーは囁く。
「ねえ、それでもまだ“両親は自分が歌うことを望んでくれる“なんて言える?」
私が歌わなければ、お父さんとお母さんは死なずにすんだのに。
「今度はその声で、誰を殺すの?」
悲鳴はもう、声にならなかった。
――そうして、カノンは声を失った。
その日以降、カノンは歌うことはおろか一切声を出すことができなくなった。
「両親を失ったことによる精神的なショック」医者からはそう診断された。
その頃のカノンは、文字を読むことはできても書くことはまだできなかったから、
声を失うきっかけがルーシーの言動であることを誰かに伝えることはできなかったし、そんな気力もなかった。
ルーシーは、表ではそんなカノンを心配し労る素振りを見せながら
「あんたのせいで両親が死んだ」「呪われた歌声」「人殺し」
部屋では毎夜のように、カノンにそう囁き続けた。
そのせいで、カノンは毎日自分を責め続けた。
血だらけの両親が、自分を睨みながら「あなたのせいで」そう責め立ててくる――そんな悪夢を見ることも一度や二度じゃなかった。
「あくまで一時的なもの」そう医者に言われたはずのカノンの声が、戻ることはなかった。
当初の頃はカノンを見守る姿勢をとっていた神官長も「とんだ見込み違いだったな」
そう失望をあらわにして、カノンに見切りをつけた。
それを皮切りに、カノンは周囲からどんどん孤立していった。
遠巻きにされながら、まるでいない者のように扱われる日々。
「いい気味。私ね、ずっとあんたのそういう姿が見たかったの。
ねえ、もっともっと不幸になって?」
そんなカノンを見て、ルーシーは満足そうに笑っていた。
そしてある時を境に、ルーシーの歌声は変化した。
その歌声は、どこまでも高く伸びて澄んでいた。
それはまるで、カノンの歌い方とよく似ていた。
カノンの再来を思わせるような歌声は、多くの心を惹きつけた。
しかし劇的とも言えるその変化を、訝しむ人だっていた。
けれど竜人ならいざしれず、ただの人間である自分たちが、歌声に細工なんてしようもないことだって分かっていた。
そのうち、みんながルーシーに一目置くようになっていった。
神官長は、かつてカノンに寄せていた期待を、ルーシーに寄せ始めた。
こうしてルーシーの神殿内での地位は、着々と積み上げられていく。
それに比例するように、カノンの待遇は悪くなっていった。
そもそも、聖なる乙女の認定を受けた者が歌声を失うなんて前代未聞。
美しい歌声を持つことがステータスであり、祈りを歌で捧げることがお役目である聖なる乙女たちの中には、
カノンの存在を内心よく思わない者も多かった。
そんな感情を煽動したのがルーシーだ。言葉や態度で巧みに周囲を煽り、カノンへの悪意を何倍にも膨らませた。
初めは、八つ当たりじみた小さなことから。段々と、直接悪意を吐き捨て、嘲笑うことを厭わなくなっていった。
それは神殿という閉鎖的な空間の中での、程のいいストレス解消の一つでもあったのだ。
それでもカノンの声が戻ることはなかった。
「呪われた歌声」耳元では、いつだってその言葉が繰り返されていた。
カノンが声を失ったまま年月が経ったある時、神殿内で“竜王の歌姫“の適性を確かめる検査が行われた。
この検査が行われるというのは、王妃でもある今代の“竜王の歌姫“の力が、弱まってきているという証拠。
つまり、竜王の代替わりが近づいているということだ。
検査の内容は、比較的軽度の瘴気に侵された竜人たちの前で歌うこと。
その瘴気を歌声によって、僅かでも浄化することができる乙女がいれば、その者が次代の“竜王の歌姫“候補となる。
その乙女を見つけ出すための検査だった。
結果として、神殿内でルーシーただひとりだけが、その歌声で瘴気を浄化してみせた。
まるで魔法のように、さっぱりと消え失せてしまった瘴気。
こうしてルーシーは歌姫候補に選ばれた。
歌姫候補となったルーシーは、神殿内での確固たる権力と地位を得た。
竜人貴族の養女となり、人間ながら貴族の一員となったことで、神殿内の誰も逆らえない存在に。
神官長でさえ、ルーシーの顔色を伺い、特別扱いするようになった。
未だにルーシーの歌声が変わったことを訝しむものや影口を叩く者たちもいたが、それらは全員罰せられた。
仕置きを受け、ルーシーが満足するまで土下座で謝罪を唱え続けなければならなかった。
そうして1人また1人と、ルーシーの取り巻きが増えていく。
ルーシーはその権力と取り巻きたちを使って、ますますカノンを虐げるようになった。
住む場所を汚い物置へと追いやられ、交代でやるはずの掃除や洗濯の仕事を押し付けられる。そして嘲笑を受ける日々。
更に「自分と同じ色なのが気に入らない」と言い出したルーシーの命によって、
カノンは自らの銀髪を黒く染めて、前髪を長く伸ばして顔を隠すことを強要されることとなった。
染めることを忘れてルーシーの前に出た日には、取り巻きたちに囲まれて折檻を受けた。
味方もおらず、ただ毎日が辛く苦しかった。
それでも、他に行き場もないカノンは、ルーシーからの虐めに耐えるしかなかった。




