竜王の歌姫
バルコニーの目下に集まる大勢の民衆。一心に注がれる視線。
背後には、王室関係者がずらりと立ち並んでいる。
(こんなに注目を浴びることは、生まれて初めて)
緊張で震えるカノンの手を、ギルバートがそっと握る。
「大丈夫。
いつものように、カノンの思うままに歌えばいい」
その言葉に頷いて、カノンは大きく息を吸う。
―――この歌が、届きますように
そして、歌い始めた。
今日は歌姫認定の儀式の決行日。
カノンはその一環として、王城の前に集まった国民に向けて歌を披露することになっていた。
カノンの歌が響き渡る。
その歌声を聞いた人々がざわめき囁き合う。
「……この歌声は……」
「間違いない、あの日の歌声……俺たちを助けてくれた歌だ……!」
そして気づく。
この歌声こそ、あの日苦しんでいた自分たちを救ってくれた歌だということに。
ざわめきはやがて歓声に変わっていく。
「この時を以て、カノンが歌姫となることをここに宣言する」
歌が終わると共にギルバートがそう宣言したことによって、大歓声が沸き起こった。
「歌姫様ー!」「カノン様ー!」
あちらこちらで呼ばれる名前と、鳴り止まない祝福の声。
カノンが歌姫となることを、皆が歓迎していた。
ギルバートがカノンの腰に手を回し、2人は寄り添い合う。
国民に向かって2人で手を振ると、ますます歓声は大きくなった。
「ギルバート様万歳! カノン様万歳!」
祝福の声に包まれながら、カノンは心に誓う。
――私は竜王となるこの人と共に、この国を守っていく。
その夜、ギルバートは人知れずカノンの部屋を訪れた。
「今夜は星がよく見える。今度は夜の散歩でもしないか?」
カノンは、差し出された手にそっと手を重ねる。
「……はい。喜んで」
その答えを聞いたギルバートが、ひょいっとカノンの体を抱き抱える。
「え……っ」
「しっかり掴まっていてくれ」
ギルバートの言葉に頷くと共に、抱えられた体がふわりと浮き上がる。
ギルバートの背中からは、立派な黒龍の翼が生えていて。
空に向かって急上昇していく感覚に慣れず、思わず目をつぶる。
「カノン」
ギルバートの声に、そっと目を開ける。
「……綺麗……」
目前には、煌めく星空が広がっていた。
「気に入ったか?」
「はい。
こんなに星を間近で見たのは初めてで……」
ギルバートは「それなら良かった」とふっと笑う。
そうしてギルバートは、カノンをその腕に抱いたままゆっくりと王都を飛んで回った。
空から見下ろすこの国は、きらきらと煌めいていた。
見つめながら、胸に浮かんだ感情が声に溢れる。
「この美しい景色を……ずっと守っていきたい。
改めてそう思いました」
「ああ……俺たちの手で、守っていこう」
2人の視線が重なって、見つめ合う。
「改めて、君に伝えたいことがある」
「……はい」
もう、2人を隔てる障壁は何もない。
「カノン。――君のことが好きだ」
何よりも聞きたかったこの言葉。
そして、何よりも言いたかったこの言葉。
「私も……ギルバート様のことが好きです」
決して叶うことのないと思っていた想い。
届くことはないと思ったこの相手が、目の前にいる。
奇跡のような光景に、涙が滲む。
ギルバートの片手が、カノンの頬を撫でる。
そしてギルバートの顔が近づいてきて、そっと唇が重なった。
ああ。こんなにも、誰かを愛おしく思ったのは初めてだ。
愛しい人が担うこの国を共に守ることができる。
こんなに嬉しいことはない。
「愛しているよ。――俺の歌姫」
どんなに辛くても、悲しくても。
竜の存在が、私を照らす光となった。
焦がれた末に、巡り会えた唯一の存在。
これからも――愛しいあなたとこの国のために、私は歌い続ける。
〈Fin〉




