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声を失った理由

カノンはこの国の外れにある、小さな田舎町で生まれた。

農地ばかりが広がる、穏やかな環境。

家はあまり裕福ではなかったが、優しい両親の愛情を一身に受けてカノンは育った。


幼い頃のカノンは、歌うことが大好きだった。

カノンが歌うと、大人も子どもも、自然と周りに人が集まった。

光に透ける白銀の髪に、宝石のように煌めく青の瞳の愛らしい容姿。

そして、その小さな身体から出ているとは思えない程伸び伸びと、透き通ったその歌声は、人々を惹きつけてやまなかった。


「本当に天使のようだねえ」

「ぼく、カノンねーちゃんのうた、だいすき!」

「なあ、もっと歌ってくれよ」


街の人たちの、そんな言葉がくすぐったくて嬉しくて、カノンは何度も何度もメロディを紡いだ。


そんなカノンの背中を、後ろから押す人物がいた。

いきなり突き飛ばされて大勢を崩したカノンは、その場で尻餅をつく。


「何してんだよ、ルーシー!」

「カノンが可哀想だろ!」

「謝れよ!」


周りが口々に、カノンを突き飛ばした犯人であるルーシーを責め立てる。

ルーシーは、カノンと比べて少しくすんだ銀の髪を持つ少女だ。


非難を浴びると、俯いて震えながら黙り込んだままでいる。


「みんな、わたしは大丈夫だよ」


カノンは立ち上がると、ルーシーに向けて優しく声をかけた。


「こんにちはルーシー、あなたも歌いに来たんでしょ?」


ルーシーは頷く。


「……わたしだって、歌える……」


「じゃあ、今度はわたしがお客さんね!」


カノンはそう言って、空いているスペースに座り込んだ。

そしてルーシーが歌い出すのに耳を傾ける。


「ルーシーもまあ、悪くはないが……カノンの歌を聞いた後だとなあ……」


「ぼく、カノンねーちゃんのうたがもっとききたかったのにー」


「ねえあの髪型、またカノンのマネしてるよ。

いくら髪の色が似てるからって、どうやったってカノンにはなれないのに」


方々から漏れる不満。カノンはそんな人々に向けて「ねえ」と声をかけた。


「まだルーシーが歌ってるよ。ちゃんと聴こう?

それに私は、ルーシーのちょっとハスキーな歌声好きだなあ」


それは、カノンの素直な気持ちだった。歌声は、唯一無二のもの。

みんな違って、みんないい。それでいいじゃないかと。

だからこそルーシーが、そんなカノンの背中を憎々しげに睨んでいることに気づかなかった。


「どうして……? 

どうしていつも、あの子ばっかり……!」


ルーシーは、この街の人から遠巻きにされている子どもだった。

母親はすでに亡く、父親は酒好きで酔うと誰彼構わず暴力を振るうという嫌われ者だったから。

関わり合いになりたくはないと、誰も近づこうとはしなかった。


ルーシーも父親から暴力を振るわれていた。冬の寒い日に薄着で外に締め出されることもあった。


そんなルーシーに、唯一声をかけたのがカノンだった。


カノンは寒さに震えるルーシーを家に連れ帰った。

両親は驚きつつもルーシーを受け入れ、温かい衣服と食事を与えた。

そしてカノンは、ルーシーに歌を教えた。

2人は暖炉の前で毛布にくるまりながら、一緒に歌を口ずさんだ。


その時は確かに、2人の間に“友情“が存在したはずだった。


しかしルーシーは段々とおかしくなっていった。

カノンの髪型から仕草から全てをマネしようとするようになり、次第に何でもカノンと張り合おうとするようになった。

カノンの友だちには、カノンじゃなくて自分の友だちになれと詰め寄る。

カノンが歌えば、自分の方が上手く歌えると声を張り上げる。


恩人であるはずのカノンへの態度も、酷くなっていくばかりだった。


初めはルーシーを快く受け入れようとしていた街の人も、次第にルーシー自体を嫌厭するようになっていった。


それでもカノンはルーシーのことを嫌いにはなれなかった。


それは「髪の色が似ているね」と笑い合って、一緒に歌を歌って、「友だちになろう」と指切りをしたあの日のことを、カノンは忘れていなかったから。


「カノンならきっと、神殿にだって入れるんじゃないか?」

「しんでん?」


とある街の人の言葉に、カノンは首を傾げる。


「ああ、神殿っていうのは限られた人間の娘しか入れないところなんだ。

こんな辺鄙な街よりも、もっといい暮らしができるんだってよ。

そこで“竜王の歌姫“になんて選ばれた日には、なんと竜王のお妃様になるんだ!

この国で2番目に偉い人になるんだから、きっとどんな贅沢だって叶うんだろう」


竜人は、人間の美しい歌声を好むとされる。特に若い娘の祈りを込めた歌声は、竜人たちにとっての力になると言われている。


そのためこの国に住む、12歳から成人を迎えるまでの人間の娘のことを“乙女“と呼び、乙女たちは毎晩竜人へ向けて、祈りの歌を捧げることが義務となっていた。


そして乙女の中でも、限られたものだけが神殿に入ることができる。

神殿に入ったものには“聖なる乙女“の称号が与えられ、人間の中での特別な存在として敬われることになる。


そして何より特別な存在―――竜王の歌姫。

これは、竜王が代替わりする時に、たった1人だけ現れる乙女のこと。


この世界には、瘴気というものが存在する。

空気中に黒く漂うそれは、普通の人間にとっては何の害もない。

しかし竜人には、この瘴気は毒となるのだという。

一度に大量の瘴気に侵されたり、身体に蓄積された瘴気が許容量をオーバーすると

竜人は自我を失って“狂化“する。


けれど竜人は、その瘴気を取り払う術がない。


それを解決できるただ1人が、竜王の歌姫と呼ばれる存在なのだ。


竜王の歌姫は、その歌声で空気中や竜人の身体に蓄積された瘴気を浄化する力がある。


そして、竜王は歌姫と共に生きることで、その力を増すのだとされている。

そのために、竜王の歌姫はその妃の座に収まることが慣習と考えられていた。


元はと言えば神殿も、そんな竜王の花嫁を発掘するために作られた場所だ。

神殿に入れた娘が竜王の歌姫に選ばれれば、その親族たちまでも莫大な恩恵を受けられる。

そうでなくとも、候補となる娘を神殿に捧げた時点で多額の金を手にすることができた。

そのため、積極的に娘を神殿に入れようとするものは多かった。


神殿に入れるのは12歳から。そしてカノンももうすぐ12歳になる。


「お父さんとお母さんは、わたしが神殿にいったほうがうれしい?」


だからカノンは、そう両親に問いかけたことがある。

一度神殿に入ったら、両親の元には戻れない。それが神殿の常識だ。


大好きなお父さんとお母さんと、離れなきゃいけないなんて、いやだ。

でも……そうすれば2人は喜ぶの?


不安げに瞳を揺らすカノンに、両親は優しく微笑みかける。


「神殿に入ることは、もちろん名誉なことだ。

けれどお父さんたちは、どんな名誉よりも、カノンと一緒に暮らせる今の生活が大切だ」


「お母さんの一番の幸せは、カノンのそばにいられることよ」


カノンは両親のもとに飛び込んだ。


「うん……! わたしもお父さんとお母さんと、ずっと一緒にいたい!」


幸せだった。こんな幸せが、いつまでも続くと思っていた。

――あの事件が起こるまでは。


あの日の空模様は、何だかどんよりと曇っていたことを覚えている。


けれど家に帰るカノンの足取りは軽かった。

今日はカノンが12歳になったお祝いに、母がアップルパイを焼いてくれる予定になっていた。

アップルパイは特別な日に食べることができる、カノンの大好物だ。


腕に抱える小袋には、リンゴの他にも抱えきれないくらいたくさんの果物や野菜が詰め込まれている。

カノンが誕生日だと知った街の人たちの好意によるものだ。


家はもうすぐ目の前。待ちきれずに小走りに近づいていったカノンは、家の中から怒号のようなものが漏れ聞こえることに気づいた。


何故だか嫌な予感がして、扉にかける手が震える。


「お母さん、お父さん……?」


そして扉を開けた先に、カノンが見たものは。


「カノン、来ては駄目……逃げなさい……!」


母を取り囲む、数人の男たち。


男はその手に持った刀を振り上げて―――必死な形相でそう叫んだ母が、目の前で血飛沫をあげながら倒れていく姿だった。


「……え……?」


何が起こったのか、理解できなかった。

倒れた母のそばには、ぴくりとも動かない父の身体が転がっている。

その瞳からは光が失われていて、既に絶命していることは明らかだった。


「カノ、ン……にげ……」


母の口からは血が吹き出して、カノンに伸ばしたその手が力を失った。


「こいつが噂のガキか?」

「ああ、特徴からして間違いないだろ」

「ひひ、こいつを連れていきゃ金になるんだな?」


男たちは皆薄汚い身なりをしていた。


その顔に覚えはない。街の者ではないのは確かだった。

手に持った刀から滴り落ちる、両親の血。

血溜まりに浮かぶ、亡骸。


「こいつらも大人しく娘を渡しておけばよかったのになあ」

「渡したところで、どうせぶっ殺してただろうよ」

「ま、そりゃそうか」


悲鳴は声にならない。

足はその場に縫い止められたように動かなくて、カノンはただ首を振る。


どうして、どうして? 

こんなの嘘。嘘だって言ってよ。


「おし、さっさと売り物持ってずらかるぞ」

「じゃ、ちょっと眠っててくれよ……っと」


腹に強い衝撃を感じて、カノンは気を失った。



次に目を覚ました時には、全てが終わっていた。

とある療養所のベッドの上で、カノンはことの顛末を聞かされた。


カノンたち家族を襲った男たちは、他国から流れてきたならず者の一味であったということ。


金に困っていた男たちは、カノンの家に押し入って、抵抗した両親を惨殺した。

そしてカノンのことは売り飛ばして金にしようとした。

けれど異変に気づいた街の人たちの通報もあって、竜人が指揮を務める警備部隊が出動し、男たちを捕えた。

そうしてカノンは救出され、保護を受けることができた。


幸せは、こんな簡単に壊れてしまうものなのだと、初めて知った。


お父さんもお母さんも、もういない。もう会えない。

殺された。あの人たちに殺されたんだ。


目の前で繰り広げられた光景が何度も何度もフラッシュバックして、カノンは嘔吐する。


私、ひとりぼっちになったんだ。


胃が空っぽになっても吐いて、吐いて、そして声が枯れ果てるまで泣き叫び続けた。

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