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side:ラース

――こんなものか。

それが、歌姫(ルーシー)の歌声を初めて聴いた感想だった。


歌姫お披露目のために開かれたパーティ。

ルーシーの歌は確かに上手くて綺麗な声だった。


けれど、歌姫の歌には……聞けば胸にくる何かがあるような気がしていたから。


そして、ルーシーの隣に立つギルバートの表情を見て思う。

少なくとも、この歌姫様は……ギルバートの求める“運命”ではないのだと。



ラースは女性が好きだ。

柔らかくて温かくて、優しくする程に扱いやすいところも単純で可愛いと思う。

だから余程のことがない限り、無碍に扱うことはしない。


けれど、心の底から誰かを愛したことはなかった。

そしてそれは、ギルバートも同じように見えた。


ギルバートのことは、幼少期の頃から知っている。

初対面から今まで、もう長い付き合いだ。


そんなギルバートは、いつか現れるとされる歌姫の存在にも懐疑的だった。


「会いたい人ができた」


だからギルバートが、何かに焦がれるような目をしてそう言った時は驚いたものだ。


だから、現れた歌姫こそがその“会いたい人”なのだと、そう思っていた。

しかし現実は、そうではなかった。


「……あれが歌姫なんて、同情するよ」


ひとりでに呟くラースが思い出すのは、先日のこと。

謹慎中の身でありながら、ラースの部屋に押しかけて関係を迫り、拒否されれば脅しをかけてくる始末だった。


ラースは女性が好きだ。

けれど微笑みひとつでこの手に落ちるような簡単さを好む一方で、顔の美醜や地位の高さにで価値をはかって媚びる女たちの姿を愚かだとも思う。


特に、ルーシーのそれは醜悪だった。

ラースがこれほどに嫌悪感を高めるのは珍しいことであった。


ああ、俺は思ったよりも歌姫の存在に期待をしていたのかもしれない。

ギルバートが焦がれるその運命を、この目で見てみたいと思っていたんだ。


そしてどうやら、ルーシーのお付の2人も、やってきたツケが回ってきたようだ。


そこでふと浮かんだのが、もう1人の存在。

唯一まともに仕事をしていて、ミドルからも評価されていた。

彼女だけは侍女として働き続けているのだという。

名前は確か……カノンといったか。


彼女は他とは違う。

そう言われていたけれど、果たして本当にそうなのか。

彼女だって、蓋を開けてみれば大して変わらないのではないか。


例えば、俺が声をかけたら簡単に靡くような女だったりして?

試してみようか。



そしてラースは、カノンに会いに行った。

これまで遠目に姿を見かけることはあったけれど、こうしてまじまじと対面するのは初めてだった。


澄んだ青の瞳に、まず目を引かれた。

しばらく眺めてから、これまでは大して印象にも残らなかった理由が、髪型にあると気づく。


「可愛いね。よく似合ってる」


意識的に、甘い言葉と微笑みを向ける。

この後の女性の反応は大概同じだ。


――ねえ、キミもそうなんでしょ?


けれど。カノンは顔を赤らめるでも狼狽えるでもなく。

ただペコリと頭を下げただけだった。


意表をつかれたような気分になって、思わず笑みがもれる。


「……なるほどね」


少なくとも、ルーシーたちと違う人種ということは確かみたいだ。


うん、ちょっと面白いかも。


「またね」を告げてその場から立ち去るラースの口元は小さく笑っていた。



それはギルバートと向かい合って座り、休憩がてらのティータイムをとっていた時のことだ。


「そういえば、この間カノンに会ったよ」


ラースは軽い話題作りのつもりで、ギルバートに告げた。


ギルバートは自分の下で働く者の名前は全て覚えているようなタイプだ。

前に少しだけ名前が上がったカノンのことも覚えてはいるだろう、と。


「……カノンに?」


“カノン”その名前を聞いたギルバートは、ピクリと反応しカップをテーブルに置いた。


予想よりもいい反応を見せたギルバートに、俄然興味を引かれたラースは話を続ける。


「そう。歌姫様お付き最後のひとりのあの子。

初めてまともに会って話したけど……俺に全然靡かなくてさ。

あの子、面白いね」


「……そうか」


短く言葉を返すギルバートは、何を考えているのか分からない顔をしている。


しかし長年の付き合いで、これは何かあると察したラース。

半ばカマをかけるように、軽口を装って続けた。


「ああいう子ほど燃えるっていうかさ……オトしてみたくなるよね」


「――彼女に手を出すな」


それは、唸るような低い声だった。

凄みを感じさせる鋭い眼光がラースを居抜き、ゾッと背筋が寒くなる。


まさかギルバートがこんな顔をするなんて。

これはどう見ても、ただの侍女に対する態度ではない。


ラースは驚きを隠せないまま、ギルバートに問う。


「カノンは、ギルバートにとっての何なの?」


ギルバートが、グッと言葉に詰まる。

ラースを射抜いていた視線が、迷うように逸らされた。


「……今は、彼女との関係に名前をつけることはできない」


ギルバートは苦々しい顔でそう呟いた後、再びラースに真っ直ぐな視線を向ける。


「だが、いくらラースだろうと軽い気持ちでカノンに言い寄ることは許さない」


そうか、とラースは思う。


求めていた歌姫には出会えなかった。

けれどギルバートの“運命”は、すぐ近くにあるのかもしれないと。



あの後ギルバートにしつこく迫って聞き出したところ、カノンとは密やかに逢瀬を重ねる仲らしい。

ギルバートは忙しい合間を縫って、カノンと話すために裏庭へ赴いているようだ。


ギルバートはカノンに惹かれている。

それはラースの目から見たら明らかだった。


この国で1番の存在……竜王となるギルバートであれば、侍女の1人くらい簡単に手に入れられるはずだ。

しかしギルバートは、カノンとの関係を進展させるつもりはないように見えた。


その一番の原因は、やっぱり歌姫(ルーシー)だろう。


ルーシーは随分とギルバートに惚れ込んでいるようだが、ギルバートはそれを受け入れていない。

そんな中で、ギルバートがカノンを手元に置けば……ルーシーは間違いなく怒り狂うことだろう。


国の安定のためには、竜王と歌姫の関係が良好であるのにこしたことはない。


でも、とラースは思う。

親友(ギルバート)のあんな顔を見たら――応援したくなっちゃうよね。



そうしてラースは、自分のお世話係の侍女としてカノンを指名した。

それを知ったギルバートからはどういうつもりだと詰め寄られたが、結局はカノンの意思次第ということになった。


そして目論見通りお世話係としてやって来ることになったカノン。

慣れない仕事にも一生懸命で健気だと、侍女たちからの評判も上々だ。


自分の認めた相手しか決して懐に入れないラースだからこそ、相手の本質を見抜くことには長けているつもりだ。


そばに置いてみても、カノンからはルーシーたちのような欲を感じなかった。

むしろカノンの純粋無垢さを実感する結果となった。


なるほど、ギルバートはこれにやられたってわけね。


当のカノンも、少なからずギルバートに好意を持っているように見える。

その証拠にギルバートの幼少期の話なんかをしてやれば、目をキラキラさせながら聞き入っていて。

そんな素直さを微笑ましく思った。


つまるところ、ラースはカノンのことを気に入り始めていた。

だからこそ、ギルバートとカノンの仲を応援したいと言う思いが強くなる。



「カノンって飲み込みが早いんだよね。

あの子がいれてくれる紅茶も日に日に美味しくなってるしさ」


ギルバートの前で、あえてカノンの話題を出してみる。

すると自分で気づいているのかは知らないが、あからさまにギルバートの眉根が寄る。


俺だってまだ飲んだことがないのに……みたいな顔してる。


思わず笑いそうになるのをこらえて、ラースは笑顔でギルバートに告げた。


「ほんと、カノンがきてくれてよかったよ」


「……そうか。

随分とカノンを気に入ったようだな」


複雑そうな表情をしながら、ギルバートはじっとラースの真意を測るように見つめてくる。


「そうだね。

まあ軽い気持ちで言い寄るつもりはないから安心してよ」


ラースはへらりと笑ってそう言って、「でも」と付け加える。


「本気になったら分からないけど」


ラースの言葉に、ギルバートが目を見開いた。


「ラース、それは……」


ラースは挑発するような不適な笑みで、ギルバートに言い放つのだった。


「あんまりうかうかしてると、俺が貰っちゃうよ」



ギルバート、焦ってたなあ。

完全無敵な次代竜王様も、惚れた女のことになると可愛いものだ。


先ほどのギルバートの姿を思い出して、ラースはクスッと笑みをこぼす。


自室に戻れば、他の侍女たちと共にカノンがラースのことを出迎えた。


ラースは思う。

いっそ歌姫は本当は別にいて、それがカノンであったなら――最高のハッピーエンドになるのにね。


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