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side:ルーシー

歌姫専用の離宮。


ルーシーのために誂えられた広い室内では、何かが壊れるような音が絶えず響いていた。


「……なんでっ、なんでなのよ……!」


その中でひとり声を荒げるルーシーは、テーブルの上のティーカップを振り上げる。

次の瞬間床へと叩きつけられたそれは、派手な音を立てて割れた。


肩で息をするルーシー。

その足元には様々な破片が飛び散り、室内は酷い有様だった。


「こんなはずじゃなかったのに……!」


ルーシーは荒れていた。


自分は歌姫として選ばれたはずなのに、ちっとも思う通りにならない。

そんな日々に対する不満はピークに達し、ひたすらに苛立つ心。


どうして?

私は誰よりも特別な存在のはずでしょう?


「どうしてよ、ギル様……」


最高級のソファに乱雑に腰掛けて、ルーシーは呟く。

どうしてあの人は、私のものにならないの?



竜王――この国で1番の男となることが決まっているギルバートが欲しい。


今度はあの人を手に入れる。


この城に来て、そう決めてから、暇さえあればギルバートに会いに行ってアピールを重ねる日々。


歌姫としての勉強がどうとか、そんなのは二の次だ。

まず大事なのは、ギルバートと想いが通じ合うこと。


ギルバートが自分を受け入れることを、疑いもしなかった。


当然だ。

だってルーシーは、竜王の……ギルバートの歌姫であるのだから。


それでもギルバートは、中々ルーシーに靡かなかった。

それにギルバートは、いつまで経ってもルーシーを正式な歌姫と認める儀式を進めようとしない。


焦れたルーシーは、ギルバートの元を訪れた。


「歌姫の儀式はいつになるのか」


そう尋ねたルーシーに対して、ギルバートは少しの間を置いてから尋ね返す。


「……君は、歌姫とはどんな存在だと思う?」


「え?

えっとぉ……歌姫は、瘴気を消せて、特別で。

竜王様に相応しい、唯一の存在だと思います」


そんな歌姫が、自分なのだ。


「そう。歌姫だけが、竜人の瘴気を浄化することができる。

そして竜王と共にこの国を支える、唯一無二の存在だ」


そうよ。だから、アナタにはこの私が必要でしょ?


ギルバートの言葉に、喜色を滲ませるルーシー。

しかし目の前のギルバートは無表情のまま。


「上に立つ者に必要なのは、この国をより良くし、民を守ろうと思う心だ。

俺たちは、そのために権力を与えられている。

それを無闇矢鱈に振りかざすことは許されない」


ルーシーを見つめる瞳は、どこか冷ややかなものだった。


ギルバートに、普段のルーシーの言動を吹き込んだ輩でもいたのだろうか。

それでも尚、ルーシーはピンと来なかった。


だって歌姫は、いうなればこの国の救世主。

何よりも大切にされるべきでしょう?

何もかも許されるべきでしょう?


「歌姫だって同じ。

国のため、民をためを思い力を使う……そんな歌姫だからこそ、共に在りたいと望むんだ」


気に入らないことがあれば声を荒らげ

気に食わないやつがいたら虐げて。


少しくらい我儘に振舞ったからって、それの何が悪いというの?


「……それでも君は、自分が歌姫に相応しいと思うか?」


だからその問いに、ルーシーは平然と答える。


「だって私は、あなたの歌姫ですよ?」


相応しいも何も、歌姫たり得るのは、この私だけなのだから。


その後も進展のない毎日に、苛立ちが募っていく。

こんな時、いつもならどうしていたっけ。


思い浮かんだのはカノンの姿。

そうだ、こういう時のためにアイツがいる。


最近のカノンは、侍女たちの輪に溶け込んで上手いことやっているらしい。

実際に様子を見に行けば、ニアという侍女と親しげで、笑顔を見せていた。


それが、酷く癪に触った。

この私が不快な思いをしているというのに、カノンだけが楽しそうにしている。そんなの許せない。


カノンに味方なんていらない。

孤立させて、また不幸に落としてやる。


だからニアを強引に専属侍女にして、自分側につくよう命令した。

けれどそれも上手くいかなくて、それどころかアリサとユウミがヘマをしたせいで、これまでのことが明るみになってしまった。


馬舎送りになりたくないと泣きついてきたアリサとユウミのことは、早々に切り捨てた。

何でも言う事を聞く駒として便利だったからそばに置いていただけで、思い入れがある訳でもない。

約立たずと罵って追い出した後の、あの呆然とした顔は笑えた。



ルーシーへの罰は、ギルバート直々に伝えられた。


内容は与えられた部屋での数日間の謹慎。

たかが侍女の訴えで、自分にも罰が与えられたことには納得がいかなかった。


「ごめんなさい、ギル様……」


しかしギルバートからの心証を悪くする訳にはいかないから、しおらしく振舞って見せる。


「私、不安だったんです。

ギル様は、私のことなんかどうでもいいんじゃないかって……。

毎日不安で仕方なくて、それで周りの人につい冷たく当たってしまってぇ……」


庇護欲を掻き立てるために瞳を潤ませる。

しかしギルバートは無表情でルーシーを見ている。


「でも、反省してるんです。

私、あなたの歌姫として、そして……妻として。

もっとちゃんとしなきゃって」


「……妻?」


その言葉に、ギルバートが眉根を寄せた。

ルーシーは焦ったように言い募る。


「え、だって、竜王様は歌姫を妻にするのでしょう?」


「……確かに代々竜王は、歌姫を生涯の伴侶とした。

しかしそれは、竜王自身がそう望んだからだ。

歌姫を妻にしなければならない決まりがあるわけではない」


そしてギルバートは、ルーシーを見つめはっきりと言い放った。


「今後、俺が君を妻にと望むことはないだろう」


「……え……?」



――()()()()を手に入れてから、思い通りにならないことなんてなかった。

全てが順風満帆で、これからもそうであると疑わなかった。


それなのに、一番欲しいものが手に入らない。



「……どうして?

私の何がダメなんですか!?

あなたに一番相応しいのはこの私であるはずよ……!」


だって私は、あなたの歌姫。

私たちは運命で結ばれているはずだから。


「正直、今の君のことを

女性としてだけでなく、人としても好ましく思うことはできない」


ギルバートの言葉に、ルーシーは目を見開いて、それから必死に縋りついた。


「それなら私、あなたの好きなようになる……なってみせる……!

好き……ギル様が好きなんです……!」


しかしギルバートは依然として表情を変えない。


「……表面だけをいくら取り繕ったところで意味はない。

この機会に、今後の身の振り方をよく考えておくように」


そう言い残して去っていくだけだった。





自室での謹慎は、ひたすらにストレスが募るばかりの日々だった。

高価な花瓶やティーカップを何個割ったところで、このイライラは治らない。


何か、誰か。この気持ちをどうにかするには――。


「……そうだ」


手取り早く、誰かと寝てしまえばいい。

でもこの大きな心の傷を癒すには、いつもみたいにそれなりに顔が良いだけじゃダメ。

ちゃーんと、とびっきり顔のいい男じゃないと。


――それならちょうどいいのがいるじゃない。



そうして辿り着いた、フォーゲルの王子・ラースの部屋の前。


「だーかーら、早くここを開けなさいよ!」


しかしルーシーは今、部屋の前にいる見張りに行く手を阻まれていた。

中に入れろと訴えるが、先ほどから見張りは許可がないと通すことはできないの一点張りだ。


ただでさえイライラしているっていうのに。

ルーシーの苛立ちはピークに達する。


「私を一体誰だと思ってんの?

アンタ如きが逆らっていいわけないでしょ!?」


どいつもこいつも、私より格下の分際で逆らいやがって。


「アンタなんか、私の一存でどうとでもできるんだからね?」


脅しをかけるようにそう言えば、見張りがグッと怯んだような顔をする。


「ほら、さっさと中に入れなさいよ……」


ルーシーが畳み掛けようとしたところで、中から扉が開かれた。


「騒がしいけど、どうしたの?」


部屋の外での騒ぎに気づいたラースが、自ら部屋を出てきたのだ。


ラッキー。ルーシーは心の中でほくそ笑む。


「あ、あの……突然ごめんなさい。

ラース様にお話したいことがあって……お部屋に入れてもらえませんか?」


そう上目遣いに尋ねれば。

僅かな逡巡の後、ラースが頷いた。


「どうぞ」


こうしてルーシーは、ラースの部屋に足を踏み入れた。


「それで、話というのは――」


先を歩くラースが言い終える前に、ルーシーはその胸の中へ飛び込むようにしがみついた。


「……ルーシー様?」


「……ごめんなさい。話があるって言うのは嘘なんです。

実は今日、すごく悲しいことがあって……それで、1人でいるのが辛かったんです」


「……でも、今あなたは謹慎中のはずでは?」


ルーシーを見下ろすその顔は、やはり抜群に整っていて美しい。

いい代用品になってくれそうだ。


「はい……だから、こっそり抜け出してきました……」


「じゃあ、発覚するとマズいって訳ですね」


上目遣いにラースを見つめながら、強請るようにルーシーが続ける。


「そうなの……だから、これは2人だけのヒミツ。

ねえ、今は2人きりだから堅苦しい喋り方もなしでいいよ?」


ルーシーのことを、ラースもじっと見つめ返してくる。


「……キミは、(ギルバート)にお熱だったように見えたけど?」


ふふ、結構乗り気じゃない。

ルーシーは内心の笑みを隠すように瞳を潤ませる。


「……ギル様は、ちっとも私の思いに応えてくれないの。だから私、悲しくて……寂しくて……」


そっと手を伸ばしてラースの頬に触れた。


「どうか今夜だけでも、この寂しさを忘れさせて……?」


ほら早く、代用品になってよ。



「うん、無理」


「……え?」



だから、ラースのその言葉が信じられなかった。


断った? (歌姫)の誘いを?

格下国の王子ごときが?


「ラシエルの歌姫様に手を出すなんて恐れ多い」


なんだ、そんな理由?


「その歌姫がいいって言ってるのよ?

……ほら」


ラースの態度にしびれを切らしたルーシーは、掴んでいたラースの手を自らの胸に触れさせる。


「無理なものは無理なんだよね」


しかしラースは、するりとルーシーの拘束から抜け出した。


ここまでお膳立てしてやったっていうのに……!

自分の誘いが断られた。

その事実がルーシーのプライドを傷つける。


「……っ、アンタ一体何様のつもり?

所詮アンタの国なんて、ラシエルに逆らえる程の力もないくせに」


取り繕っていた上辺を脱ぎ捨てて、ルーシーは本性をあらわにする。


「歌姫には、アンタのとこみたいな歌姫がいない国へ歌いに行ってあげるっていう仕事があるの、知ってるでしょ?

私が歌いに行かなかったら……アンタの国はさぞ困るんじゃない?」


これまで飄々としていたラースの表情が変わったことに、ニッと口角を釣り上げるルーシー。


「……さすが、“そう”じゃない歌姫だな」


ラースの呟きに、ルーシーは「は?」と眉根を寄せる。


「その発言は、軽口では到底済まされない。

国同士の問題として扱うことになるけど、その覚悟は当然あるんだよね」


微笑を携えていたはずのラースの顔から表情が消える。


「そんなの……」


当然よ。そう返そうとするも、自身が謹慎中の身であったことを思い出して言葉に詰まるルーシー。

同時にルーシーのことを拒絶し、“今後の身の振り方を考えろ”と警告してきたギルバートの姿も蘇る。


ラースは底冷えするような瞳で、ルーシーのことを見ていた。


「もしくは今すぐにここから去るなら、今夜のことは全てなかったことにしてあげる。……さあ、どうする?」


この男に舐められたまま言いなりになるのは癪だった。

けれど今、これ以上の問題を起こすのはまずいということも分かる。


「……言われなくても、さっさと出ていくわよこんなとこ……っ」


「そう? じゃあさようなら」


また飄々とした態度に戻り、ひらりと手を振って見せるラース。


そんなラースのことを、ルーシーが睨みつける。



「アンタ、いつか後悔するからね」


捨て台詞を吐いてから、ルーシーは荒々しくラースの部屋から去っていくのだった。



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