第8話 貸し
「やあ、早いねぇ」
俺はホテルのベッドの上で目を覚ますと、すぐに上の階へと行き、ヘンドリクスと対面した。
「報酬を受け取りに来た」
「素っ気無い男だ……報酬は合計でソブリン金貨230枚。ここに用意してある」
キャンバス地の袋がテーブルに置かれている。俺はそれを片手で掴み上げた。
4ポンドちょっと。そうだな、確かに230枚くらいは入っていそうだ。そのまま無造作にパイロット用つなぎの中へと放り込む。
「確認しなくていいのかい?」
「あんたほどの人間が、報酬をちょろまかすような真似はしないだろ」
「ほぉ、随分と良い評価をしてくれるんだな」
「……それでは、またいつかな」
俺は踵を返して部屋の出口へと向かって歩き出す。
「これからどこへ?」
「……ボストンへ。必要な物を用意してくれる人がいる」
「へぇ、ボストン。無事に辿り着けるのかい?」
俺はその場で足を止めて振り返る。
「連合王国軍から試作機を盗み出した人間が、無事にボストンまで辿り着けるとは思えないんだよ、私は」
こいつ。どこまで知ってんだ……
「私の情報網を甘く見ないほうがいい。この新大陸にいる人間で、調べ上げられない者などいないさ。先住民は例外だがね」
「ちっ。何が望みだ」
「私の望み?いや、君の望みだ。君はボストンへ行きたい。私はそれを叶えられる。それだけの事」
「だから、対価は何だと聞いてる」
タダより高いものはない。どこの国の言葉だったか忘れたが、ダッチの商人相手にはぴったりの言葉だ。こいつらがタダでするのは呼吸くらいしかない。
「そうツンケンしないで欲しいね。対価は『貸し』だよ。君のような実直で優秀なパイロットなんて、新大陸にはいないからね。いざという時に助けて欲しい、仮に敵対した時には手を抜いて貰いたい、または寝返ってもらいたい。わかるだろう?」
これだから、この手の商人は嫌いなんだ。だからこそ、力を持ってるんだろうがな。
「貸しは作らない主義だが……今回ばかりは助けがいる。その『貸し』を絶対に返せるとは限らないが、それでも構わないか?」
「もちろん、私たちの業界には絶対なんて言葉はないからね、そこは弁えてるさ」
ヘンドリクスは温和な笑みを浮かべるが、その目は笑ってはいない。
「さて、明日の朝に我が商会の輸送機がボストンへ飛ぶ。その護衛機の銃座が空いているんだ、乗っていくと良い。出立までにこちらで偽の身分証を用意する。何か質問は?」
「いいや。何から何まで至れり尽くせりだな」
「正直、君には味方でいてもらいたいからね」
俺は肩を竦めて、部屋を後にした。
明日の朝まで暇になったな。せっかく懐が物理的に厚くなってるんだ、朝から1杯ひっかけに行くか……
その前に、銀行だな。報酬を預けに行くか。




