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第6話 忍び寄る漆黒の影

トリガーから指を離す。

真下からコックピットを狙い撃つ「死角」からの狙撃だ。撃墜された相棒に目を奪われ、回避の機動すら忘れた敵機は、絶好の的に過ぎなかった。

被弾したSPAD S.XIIIは、魂を抜かれたように左右へふらつき、そのまま漆黒の地表へと加速していく。


悪くない連携だった。確かに良い腕をしてたが、想定外の事態に対処ができないタイプだったな。

墜落地点は町から離れた湿地帯。既に墜落して燃え盛っている敵機の横に、もう1機も仲良く墜落し、爆発、炎上した。


全開にしていたスロットルを巡行開度に戻し、機体を水平に戻す。

その瞬間、キンッ、という硬質な金属音が聞こえ、機体が振動する。

振動と共にエンジンオイルがカウルから漏れ出し始める。この量はただの液漏れじゃない……

プッシュロッドか―――


スロットルを絞ってエンジンを止めようと手を伸ばした瞬間、それまでの振動とは比べ物にならない揺れが機体を襲う。異質な金属音が前方から聞こえ、エンジンは黒煙を吐き、沈黙した。


数秒間、頭が真っ白になる。マスターロッドが破断した。

回転運動をしたまま部品たちがエンジン内を暴れまわった振動は尋常ではない。


「ちっ」


眼下を見る。滑走路まであと1海里。高度はまだ1000フィートある。ギリギリ、だな。


「ふぅ。大丈夫、エンジンが死んでも、飛べるさ」


そう呟いた後、不気味な音がすることに気が付いた。

聴いたことがない、エンジンの音……なのか?

音の定位がわからない。一体どこから?

後方を確認するが、何もいない。前方に視線を戻すが、正面の滑走路以外は全くの暗闇。左右、そして下方を見るがやはり何もいない。


俺は、天を仰いだ。


何か、いる。


真っ暗な夜空に浮かんでいる。

不気味な重低音を響かせて。

都市の明かりに照らされる、真っ黒な巨大な翼。


Fokker F.VIIa/3m


翼下と機首にあるエンジンには巨大なパイプが取り付けられており、それがこの不気味な重低音を鳴らしている正体だった。

本来乾いた爆音を鳴らすエンジンが、湿った重低音を響かせる楽器のような音を奏でている。


ドン。と音がして俺の機体が大きく揺れた。そして、機体が少し右に傾く。

何が起こったのかわからず、慌てて操縦桿を左に傾けて、機体の水平を維持する。

機体の水平を戻し、俺は右に視界を動かす。

翼の上に、何かがいる。


「冗談じゃねえぞ……」


翼に、人間がしがみついている。口にはナイフを咥えて、両手で翼に掴まっている。2つの目とナイフだけが漆黒の闇に浮かび上がっている。

ソレは翼をがっちりと掴んで、少しずつ、少しずつだが確実に俺のほうへと這い寄ってくる。


突如、 視界の端で、何かが目の前を落下していった。

人間だ。

俺の上にいる不気味なFokker F.VIIa/3mが生身の人間を投下している。


俺はとっさに、右に操縦桿を倒す。

だがその瞬間に、今度は左側に衝撃を感じた。右にロールし始めていた機体が、左に大きく傾く。

咄嗟に左を見る。登山用ピッケルを持った人間が、俺の愛機の翼にピッケルを突き刺し、それを支えにしながらこちらを見ている。


限界だった。

俺は操縦桿を思いっきり右に叩き込みながら、ラダーを目一杯右へと蹴飛ばす。

機体は俊敏に右へとロールし、大きな遠心力が掛かる。そのまま背面飛行へと移行し、俺は機体を降下させる。


もう滑走路へは届かない。このまま砂浜に不時着させる。


次の瞬間、俺の機体の近くで爆発が起きる。

対空砲火。フライング・ダッチマンのFokker F.VIIa/3mに気が付いた都市の対空要員が射撃を開始したらしい。

だが夜間ゆえか、高射砲の時限信管付き砲弾が一度炸裂しただけで、次弾が続く気配はなかった。


しかし、その1発でもまともに当たれば、いくら三発機のFokker F.VIIa/3mといえども大破は確実だ。

不気味な重低音が遠ざかっていくのが聞こえる。


機体を降下させながら、俺はとにかく翼にしがみついている奴らを振り落とすために、不規則に機体を動かす。

それでも、しがみついている人間を振り落とすことはできない。

もう高度がない。

俺は機体を立て直し、不時着態勢に入った。真っ直ぐに、波打ち際の砂浜へと機体を滑り込ませる。


猛烈な衝撃が全身を襲い、意識が暗転した。




ただそれも一瞬のこと。シートベルトを外し、すぐに機外へと脱出する。

砂浜に半身浴している俺の愛機の前方に、黒ずくめの人間が2人転がっている。


俺は操縦席に隠してあったウェブリー・リボルバーを取り出し、砂浜に転がって呻いている頭に銃口を向け、トリガーを引く。

2発の銃声が鳴りやむ。

大西洋の荒い波の音だけが聞こえる。




「こんな形でお別れとはな」


俺は操縦席の後ろの荷室から真珠の入った木箱を取り出し、愛機に語り掛ける。

エンジンから漏れ出すオイルの匂い。冷えていく部品が「カチ、カチ」と刻む、最期の鼓動。返事は弱々しい。


「すまんな、もう少し、手をかけてやるべきだった」


こいつは何も悪くない。俺がもう少し手間をかけて整備してやっていれば、あそこでエンジンブローすることはなかっただろう。

そうすればあの不気味なFokker F.VIIa/3mからの人間投下も容易に躱せたはずだ。


「じゃあな」


この波打ち際なら、数日もすれば潮に洗われ、砂に埋もれていくだろう。これが永遠の別れになる。

エンジンカウルを軽く撫で、真珠の入った木箱を持って砂浜を歩きだす。

6年前、試作機として生まれた俺の愛機、A&H.Mk.1は大西洋の荒波が打ち寄せる砂浜で、静かにその息を引き取った。



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