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第5話 不可視

 エレンデールフォージから16海里。そろそろ谷を出てもいいころだ。

 スロットル開度を上げながら、操縦桿を引いて機首を上げる。

 エンジンから轟く轟音が、谷の中を反響している。


 谷底から尾根までおよそ400フィート上昇し、セカンドマウンテンを越える。

 尾根を越える瞬間、気流の壁があり機体が大きく揺さぶられる。操縦桿を強く握り、機体がさらに上昇しようとするのを機首下げで対応する。


 次に見えるブルーマウンテン。この辺りはインディアンタウンギャップがあり、100年前のインディアン戦争のときに築かれた砦が残されている。暗闇に包まれていて見えはしないが。


 ブルーマウンテンを越えると、平野部に出る。

 方位計を確認しながら機首を方位135へと向ける。ここから105海里、巡航速度でちょうど1時間か。

 少しだけ肩の力を抜いて、周囲警戒をしつつ行こう。




 静かな空だ。いや、実際にはジュピターが発する爆音が俺の聴覚を圧迫しているのだが、6年聴き続けたこの音は俺にとってノイズにはならない。

 左手の遠方には、ぼやけた光の滲みが見える。新大陸でも最大規模の都市、フィラデルフィアの灯だろう。煌々とした光の群れが、漆黒の地平線を曖昧に染め上げている。

 オーセアン・スタッドまであと60海里くらいまで来たか。

 追手が来る様子はない。




 15分ほど経ったか。真っ暗なのは相変わらずだが、少し雲が出てきたな。海に近付いてきた証拠か。

 雲を突き抜け視界が開けると、下方に動く光が見えた。

 灯台……ヘンローペン灯台だな。ネーデルランド人が最近建設した灯台だ。高台の上にあるため海面から300フィートも突き出している。

 そこから発せられる光は空の上からでもよく見える。

 しっかし、あれが下に見えるってことはかなり左に流されてるな。あまり風が強いとは感じなかったが……


 機首を方位160へ向ける。ここからあと40海里、真っすぐ飛ぶことを意識しないとな。




 また雲を抜ける。

 前方に煌々と輝く都市が見えてきた。オーセアン・スタッド。ネーデルランドが新大陸に建設した最初の都市、そして最大の都市だ。

 お得意の干拓と水路で、広大な海沿いの湿地帯を巨大都市へと変貌させた。俺が新大陸に来て6年、この都市は見るたびに拡大しているのがよくわかる。

 海沿いの独特の地形、バリアアイランド。あそこに目的地の飛行場がある。この都市の飛行場は整備された舗装路になっているから気が楽だ。

 スロットル開度を絞り操縦桿を押して機体を降下させる。


「ん?」


 エンジンの回転数が下がる瞬間、いつもとは違う音が混じった。

 不調……?いや、違う、これは敵機のっ!?


 操縦桿を傾け全力でラダーを蹴飛ばし、機首を真下へと向ける。

 次の瞬間、さっきまで俺の機体がいた場所に緑白色の線が複数走った。同時にバラバラという発砲音が聞こえた。

 ……曳光弾だよな?

 見たことない色だが、攻撃を受けたという事実をはっきりと認識した。


 直後、真横を敵機がすり抜けていく。

 都市の光に照らされるシルエット、機種はSPAD S.XIIIか。黒い塗料でべた塗にされた機体、尾翼には髑髏が描かれている。


「クソ、誤算だったな……」


 俺はてっきり、フライング・ダッチマンの奴らがフルフ・ウォーターの付近で待ち伏せしてくると踏んでいた。

 いや、実際にそうしていたんだろう。だが、俺を見失った時点で作戦を変更し、目的地の周辺での待ち伏せに切り替えていたんだ。


「ちっ」


 通り過ぎていくSPAD S.XIIIを見ていて反応が遅れた。もう1機いるっ……

 2機目の音を聞き、距離を算出する。後方、距離300ヤード。

 俺は機体をそのまま降下させながらスロットルを全開にする。

 緑色の曳光弾が俺の真横を突き抜ける。ラダーを少し踏み込み、真っすぐの降下をやめてわずかに機動をズラす。曳光弾は相変わらず俺の横を飛んで地面へと向かっていく。


 速度計を見る。190ノット。速度が乗って来たな。

 振り返ると敵機が近付いてくるのが見えた。俺のA&H.Mk.1よりSPAD S.XIIIのほうが降下速度は秀でている。


 スロットルを絞って、操縦桿を引きながら右に倒す。同時にラダーを右に蹴飛ばす。

 降下しながらのバレルロール。ついてこれるか?


 敵機は俺に追いすがるように機動するが、数秒も経たずに俺の機体を追い越していった。


「終わりだ」


 操縦桿にあるトリガーを引く。




 ――――――




 闇夜に紛れ、俺たち2機は獲物に完璧な奇襲を仕掛けた。いつも通り、数秒時間差をおいて。

 今まで初撃を避けられたことは何度かある。ただ、そのあとに続く攻撃を避けた奴はいなかった。

 奇襲に気付かれていた?いいや、それはない。気づいていたならもっと回避行動は早く行われていたはず。なぜこちらの波状攻撃に気付いた?


 いや、それを考えるのは後でいい。俺もあいつに続いて獲物を追いかけなければ。

 俺のバディは降下していく獲物を追いかけて行った。

 獲物は判断ミスをしたな。スパッドは速度耐性の優れた機体だ。逃げられるわけない。

 バディが機銃を撃ち、緑の曳光弾が獲物へと降り注いでいる。獲物は避ける素振りを見せずにそのまま降下しているだけだ。

 仕留めたか。パイロットが即死したなら、なんとも呆気ない幕切れだ。初撃をかわしたのは、ただの偶然に過ぎなかったらしい

 そのまま地面まで一直線だな。


 ん?

 いや、パイロットは生きてる。死に体に見えた獲物が、突如として猛烈な勢いで機体を振り回した。降下しながらの強引なバレルロール。

 ちっ、俺も追うしかねえな。操縦桿を押して機体を降下させる。


 バディは降下しながらバレルロールに入った獲物を追いかけ、右往左往しながら降下していく。


「おい、バカ!追うな!!!」


 気付いた時には声が出ていた。だが、その声は数百メートル下にいるバディに届くはずもない。

 あっという間に獲物を追い越したバディは、次の瞬間に唐突に火を噴いた。


「なんだ!?」


 獲物を追い越した直後、バディの機体のエンジン部分が爆発するように火を噴いた。しかし、曳光弾の軌跡は全く見えていない。機体の不調か?

 不調ならそのままオーセアン・スタッドの近郊の沼地にでも不時着できそうだな。

 だが、バディの機体はそのまま火に包まれながら今も真っすぐ地面に向かっている。

 数秒後、地面に衝突した機体は一瞬で粉々に砕け散って爆発した。


 撃たれてたのか、あの一瞬で?しかし、曳光弾の軌跡なんて一瞬たりとも……

 というか、獲物は!?見失っ―――――





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