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第3話 愛機の整備

 町の飛行場に戻ってきて、まずは駐機係に燃料を持ってくるように依頼する。


「35ガロン、混ぜ物なしの75オクタンで頼む」

「へい旦那、いつものやつですね」

「いくらだ?」

「1リッターで22セントっす」


 そうか、こいつネーデルランド人だからガロンじゃわからないんだったな。

 ええっと、1ガロンはだいたい4.5リッターか、必要なのは35ガロンだから160リッター入れれば十分だな。


「160リッター、紙幣払いでいいか?」

「へい、できれば硬貨がありゃいいんですがね」

「35枚も銀貨を持ち歩くバカがいるかよ。ほら、受け取れ」

「へへっ、すいやせんね。今すぐ用意しますよ」


 俺から紙幣を受け取った駐機係は近くのボロ小屋に向かって走っていった。


「おう、ジャック。来てたのか」


 走っていった駐機係とは逆から声がして、俺は振り返った。


「ああ、ディルク。そっちこそいたのか」


 そこにいたのはこの飛行場、いや正確には滑走路とボロ小屋と駐機されてる機体を管理しているディルクだった。


「また仕事か?」

「ああ。今、あいつに燃料を頼んだところだ」

「そうか。何リッター入れる?」

「160。紙幣で払ったぞ」

「160ね、35ギルダーと20セントだぜ。きっちり払ったか?」

「おいおい、20セントくらいまけてくれ。常連だぜ?」

「ダメだ、と言いたいところだが……まあ、常連のよしみだ。今回だけだぞ」


 この細かい中年髭オヤジめ。ダッチ特有のケチなところが玉に瑕だ。


「整備はいいのか?」

「あとでするさ。近くに人がいると集中できないんでね」

「あーそうかい。俺は向こうにいるからもし何かあれば言ってくれ」


 俺はディルクに軽く手を挙げて応え、燃料を運んできている駐機係に視線を向けた。

 ちっ、まだここは手動ポンプかよ。いい加減、設備に金掛けろよな。俺は再度振り返って去り行くディルクの背中を睨みつけた。




「ぜぇ、ぜぇ、旦那ァ、入れ終わりましたぜぇ……」

「そうか。ほら、チップだ」


 俺はそう言って駐機係にギルダー銀貨を放ってやった。俺が放ったコインを受け取った男は大喜びしながら、手動の給油ポンプと燃料タンクを片付け始めた。

 さて、ようやく静かになったな。


 まずはエンジンカウルを開けるための工具を取り出し、ネジを一つずつ緩めていく。

 このパーツはMk.1の試作2号機から採用された当時の先進技術だ。今でもエンジンカウルを装着している機体は多くない。

 このクソみたいな整備性のカウルがこの機体を一段上の速度帯へ連れて行ってくれる。


 カウルを丁寧に取り外し、エンジンをむき出しにする。

 こいつのカウルに隠された心臓部は、ブリストル製空冷星形9気筒のジュピター。

 軽量なエンジンだが高出力化に成功した傑作だ。耐久性も信頼性も申し分ない。

 しかしパーツの8割以上は既にオリジナルではなく、共食い整備やワンオフで作らせた物。6年もの間ずっと一緒に飛び続けているのはエンジンブロックくらいなもんかもな。

 既に物理的なレブリミッターで最大回転数を低めにし、馬力で言えば最大出力は370程度まで落ち込んではいるが、新大陸ではまだまだパワフルな部類に入る。

 それでも、こいつはもう限界だ。この仕事が終わったらエンジンの換装か、新しい機体への乗り換えが必要になるだろう。

 試作7号機としてこの世に生まれたエンジンだが、兄弟機たちはとっくにスクラップになっているはずだ。まあ、こいつも8割以上は別のエンジンだから、同一個体として扱っていいのかは疑問だがな。


「頼むぜ、エンジンちゃん……」


 俺は独り言をこぼしながらプッシュロッドにグリスを塗り込んでやる。これをしてやらないとこいつはすぐに機嫌が悪くなるからな。




 エンジンカウルを元に戻し、少し離れてズレがないかを確認する。最初はこのカウルを元に戻すのが苦手だった。


 次は操縦席に入って、計器盤に取り付けた豆電球のスイッチを入れる。もともと夜間飛行なんて想定されている機体ではないから、この明かりは俺の自作だ。電源も俺が搭載した小さなバッテリーで、計器を光らせるためにしか使っていない。

 まだ夕方になる前の時間のため、光っている豆電球の明かりは微弱だが、夜の空の上では十二分な光量になる。

 スイッチを切ると、ゆっくりと豆電球の光が消えていく。




 次は操縦桿を握り、右に傾ける。左右を見ると翼の先でエルロンが動いているのが見える。左に傾け、右に傾けを繰り返し、作動に問題がないことを確認する。

 次に操縦桿を前に、後ろに傾けながら後方を確認する。エレベーターが下へ、上へと動いているのが見える。

 同時に足元にあるラダーバーに足を乗せて力をかけてやる。ラダーも小気味良く右へ左へパタパタと揺れているのが見えた。

 操作感覚はいつも通り、まあ操縦系統のワイヤーは先日調整したばかりだしな。




 次に操縦席の右斜め前の機外に搭載されているヴィッカース機銃に手を伸ばす。本来であれば左右対称に設置されているものだが、試作機であるがゆえに1挺だけになっている。

 プロペラ同調装置を確認するのはいつもは離陸直前だが、今回は接敵が高確率で予想されている。念入りにチェックしておく。


 次は弾帯の確認をする。布製のベルト給弾のスタイルはそろそろ卒業したいな。

 装弾数は本来であれば250発だが、軽量化のため150発まで減らしている。だから、なるべく戦闘は避けたい。


 コッキングレバーは操縦席から届くように引き延ばされている。弾帯を抜いた状態で、ガチャガチャとレバーを引いてはエジェクションポートを確認する。




「ジャック!待たせたな、積み荷を持ってきたぞ」


 俺が整備点検を終えてタバコを吹かしていると宝石商のヤン・デ・ルーフが荷馬車で到着した。

 正直目立つ馬車で来やがってと思ったが、宝石店から総重量が15キロ以上ある真珠入りの箱を自力で運ぶ手間を思えば文句は言えない。


「1時間後に飛び立つ。対空要員への伝達は終わってるのか?」

「もちろん。すべての対空陣地に直接俺の部下を送ったぞ。それで、機体の調子はどうなんだ?」

「まあ、6年目のオンボロだからな。あちこちでガタが来てるが……調子は良いな」

「おいおい、あまり心配させるような言い方はやめてくれ」


 俺は受け取ったナラ材の木箱を、座席後ろの荷室へ押し込み、頑丈なベルトで固定した。


 後は、日が落ちるのを待つだけだな。



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