第23話 山の恵み
ノイシュタインを出発してから1週間が経った。
現在はアパラチアの奥地、泥濘した山道を進んでいた。
「近道だって聞いたんだがな。これは騙されたな……」
エドワードが助手席で愚痴を零す。
「ここまで泥濘が深いとな……かなり雨が降ったんだろう。ここまで路面が悪くなければ確かに近道だったはずだ。しょうがない、道が乾くまでこの辺りで休息しよう」
俺は道を外れて少し広くなっている砂利の川辺にトラックを寄せて停止させた。
飛び跳ねた泥がトラックのグリルに詰まり始めている。これはいずれオーバーヒートするな。
「ああ、泥が詰まったのね。さっさと取っ払うかい?」
トラックの後ろから現れたフィオナがグリルを見て提案してきた。
「いいや。今日はこの川辺で休息にしよう」
「休息ね。ここまで夜以外はずっと運転してたし、ちょうどいい息抜きになるわ」
フィオナはそう言いながら大きく伸びをして、自分の車へと戻っていった。
エドワードとアンラクもトラックから降りて、周辺を見渡している。
「エドワード、確か護身用のショットガンを持って来てたな?」
「ああ。それがどうした?」
「貸してくれ、ライチョウでも獲ってくるから」
エドワードは少し考えてから、トラックの荷台の奥に積まれたショットガンを取り出して、俺に手渡してくれた。
「俺とアンラクは釣りでもするよ。この辺りならブルックトラウトが釣れるかもしれない」
エドワードはもう片方の手に釣り竿を持っている。こいつ、用意周到だな。
俺は受け取ったショットガンと弾薬を持って、周囲を見渡した。
「ジャック、そのショットガンどこから取り出したんだ?獲物を獲りに行くなら私も連れてってくれよ。親父とよく狩りに出てたから慣れてるしね」
フィオナがそう言って近づいてきた。腕に自信でもあるのか。
「そうなのか、じゃあ一緒に行こう。クララはどうする?」
「私は鉄砲とかあんまり好きじゃないし、そこらへんで食べれる野草でも探すね」
クララは野草探しか。それならこの近くでできるな。
「わかった。エド、アンラク、俺とフィオナは肉を獲ってくる。そっちは頼んだぜ」
2人は釣り竿を準備しながらこちらに手を振って応えた。
アパラチアの山奥は完全に未開の地だ。深い森の中には樹齢数百年はありそうな木々が立ち並び、昼前の時間だが少し暗くなっている。
森の中を歩き、獲物を探す。
弾薬はバックショットだから、獲物がシカでもいいな。もし鳥なら距離を保って撃たないと粉々になる。
後ろをついてきているフィオナも周囲を観察して、獲物を探してくれている。
ド、ド、ドという木を叩くような音が聞こえてくる。これは、何かいるな。
俺はショットガンを構えてゆっくりと音のする方向へと向かう。
大木を迂回し、その先にいるであろう獲物を探す。
次の瞬間、木陰で何かが飛び立つのが見え、銃口を向けて引き金を引く。
アパラチアの深い森の中に鈍重な発砲音が響き渡り、空中で羽が舞った。
「マジ?今の当てれるの?ライチョウじゃん!」
撃ち落とした獲物はエリマキライチョウ、確かこの辺りの固有種だったか。体長16インチくらい。まあまあの大きさだな。
「次、私が撃つから貸してくれよ」
俺がライチョウを拾って獲物を確認していると、フィオナがショットガンを貸すようにせがんできた。まあ、経験者らしいしやらせてみるか。
ショットガンを手渡すと、さっそくフォアエンドを引いて薬莢を排出させ、次弾を装填した。
俺がライチョウ、フィオナが野ウサギを獲って川辺に戻って来たのは、2時間後だった。
銃声で近くにいた野生動物が逃げてしまったため、獲物を探すのに時間が掛かった。
太陽は天辺にあり、昼になってしまった。
川辺ではブルックトラウトを串に刺して塩焼きにしているクララの姿があった。石を積んで囲んだ焚火で焼かれ、脂が零れてパチパチと音を立てている。腹が減ったな。
「戻ったぞ。エドとアンラクはどうした?」
「2人なら向こうの木陰で寝てるよ。そろそろ人数分の魚が焼けるので、起こしてきて」
俺はライチョウをその場に置き、木陰で寝ているエドとアンラクのいる場所へと向かう。
2人は仲良く木陰の柔らかそうな草の上で仰向けになりぐっすりと眠っていた。既に人数分の魚を釣り上げている手前、文句も言えない。
俺は膝をついて2人の肩を揺らし、優しく起こしてやることにした。
ブルックトラウトの塩焼きを昼食として食べた後、ライチョウとウサギを解体する。
意外にもクララは解体が得意なようで、ライチョウの羽をバシバシとむしり取って、翼を関節の部分からもぎ取り、首をナイフでぶった切り、足先を引き千切り、内臓を丁寧に取り出し、あっという間に食肉に変えてしまった。流石は変わり者とはいえ農家の娘だな。
俺も野ウサギの皮をガバっと力尽くで引きはがし、腸を傷つけないように引きずり出し、頭をぶった切り、川の水に晒して血抜きをする。
それを見ていたフィオナは、若干だが顔をしかめる。狩猟経験がある割に、こういった解体は苦手なようだな。
彼女が父親としていたというハンティングは、どちらかというと趣味の範疇だったのだろう。
「もう終わった?クララ、せっかくだしあっちで泳がない?」
フィオナがそう言って指さすのは、少し上流にある岩の影。流れが少し緩やかで深さがある場所だ。あそこなら仮に下流に流されてきても助けられるな。
「いいね!川で泳ぐなんて何年ぶりかしら」
クララは快諾してフィオナと一緒に上流のほうへと歩いて行った。
まあ、どちらも都会っ子ではないし、はしゃぎすぎて溺れることもないだろう。
一方、エドワードとアンラクは下流のほうにおり、少し幅が広がっている川面に向けて石を投げていた。水切りだな。
エドワードもアンラクもある程度の経験者らしく、2人が投げた平たい石が7,8回前後、水面を切るようにして跳ねている。案外うまいもんだな。
ウサギの肉の血抜きはもう少し掛かるか。
振り返って上流にいるフィオナとクララの様子を見る。
2人は下着姿になって川に飛び込んでいるところだった。俺は慌てて視線を逸らす。
ポケットから煙草を取り出し1本引き抜いて咥え、マッチで火を付ける。
湿気てんな。まずい。このところ忙しくて煙草を吸うことも忘れていた。案外、吸いたい欲求もあまりないし、この機にやめるか。
咥えていた煙草と、残りの煙草を、まだ燻っている焚火に放り込む。
元々愛煙家ってほどでもなかったし、ちょうどいい機会だ。
「ジャック、タオル持って来て!」
上流から聞こえてきたフィオナの声に目が覚める。川のせせらぎを聴いてうたた寝をしてしまっていた。
俺はフィオナの乗って来た車に積まれている荷物からタオルを取り出して、声のする川の上流へと向かった。
水から上がって岩の上で座っている2人に持ってきたタオルを手渡す。
2人はまだビショビショに濡れており、髪も下着も肌にピッチリと貼り付いている。
俺はタオルを手渡してすぐに下流のほうへと逃げることにした。
下流では未だにエドワードとアンラクが水切りをしている。よく飽きねえな、あいつら。
2人は1回ずつ丁寧に投げ、その度に何か議論するような仕草をしている。航空力学に精通した設計技師と構造物理に精通した冶金技師、川辺で水切りについて真剣に話しているのだとしたら、何という才能の無駄遣いなのだろうか。
俺が完全に消えてしまった焚火に、再度火を点していると、服を着て戻って来たフィオナとクララが水切りをしているエドワードたちの横に向かって行った。
そしてエドワードたちが集めていた平たい石を拾い上げたフィオナとクララは鋭い投擲フォームで川面へと石を射出する。
フィオナの投げた石は16回、クララが投げた石は13回川面を跳ねて対岸の岩にぶつかって弾けた。
エドワードたちが苦労して辿り着いた10回前後を1発で易々と越えてしまった。結局、この手の遊びは論理的な解決よりも、経験がものを言う。
エドワードとアンラクがとぼとぼとこちらへ戻って来て、俺が点けた焚火の火に当たる。
「なんか、納得いかないんだよなぁ」
「頭脳の敗北ですね」
と愚痴を零す。
俺はそんな2人を無視して、夕食の準備を始める。ライチョウとウサギの肉はシンプルにローストするとして、クララが集めた野草はどうしようか。
恐らくクレソンと思われる葉物、野生のニンニク、シダ植物の柔らかそうな新芽。
クレソンはそのまま付け合わせにするとして、ニンニクとシダの新芽はスキレットを使って肉の脂と炒めるのがいいかもしれない。
「え、ジャックが料理してるわ」
「シンプルにローストと付け合わせの野草炒めね。クレソンはそのまま食べれそうだし、合格点じゃない?」
水切りの遊びを男性陣から取り上げて、ひとしきり遊び終わった女性陣が、俺の料理を見て感想を言う。クララはそもそも俺が料理していることに驚き、フィオナは相変わらずの辛口評価だ。




