第22話 旅立
トラックの修理を終えた翌日の早朝。俺たちはトラックへの荷物の積み込みを始めた。ピーテルに手伝ってもらい、オットーとクララが製作したV12エンジンをトラックの荷台へと積み込む。これでトラックの荷台の空きはほとんどない。
「待て、これじゃクララとフィオナの乗るスペースがないな……」
今更だが完全に失念していた。トラックに小型の牽引車両をつけるか、それとももう1台人員輸送のための車両を手に入れるべきか。
俺が考えに耽っていると、軽い音を発するエンジンの音が接近してくるのに気が付いた。俺が町へと続く道を見ると、1台の小型車両が丘を登る坂道を駆け上がって来るのが見えた。
そしてその車両のハンドルを握っているのはどうやらフィオナのようだ。
そのまま減速しつつ、農場へと入って来た車両からフィオナが降りて来た。
「どうしたんだ、その車は」
「私の親父の形見。ジャンクヤード以外に唯一残された、ね」
「そう、か。ジャンクヤードはどうするんだ?」
「ノイシュタインの町長に話をしてきた。鉄くずしかないけど、タダで引き取ってくれることになったわ」
「いいのか?」
「ええ。特別な思い入れがあるってほどじゃないし」
あっさりとした顔で言い切るフィオナ。どうやら本当にそう思ってるようだ。
「しかし、車があって良かった。トラックに色々積んであるから、人が乗れなくて困ってたところだったんだ」
「そう。案外あなたも抜けているところがあるのねぇ」
「考え事が多くてな」
フィオナと話していると、クララが母屋から出て来た。一緒にオットーとマルタ、そしてピーテルとグレタ、グレタに抱かれている眠そうな顔をしたレオもいる。
「Vater, Mutter, ich mache mich jetzt auf den Weg」
「Du hast dich selbst dazu entschieden, also mach keine halben Sachen. Komm nicht zurück, bis es fertig ist!」
「Gib dein Bestes. Hast du auch nichts vergessen?」
クララとオットー、そしてマルタが別れの言葉を交わしているようだ。ピーテルとグレタも少し心配そうな表情をしているが、口を出すこともなく佇んでいる。
俺はトラックの運転席に乗り込んで、エンジンを掛ける。今までにないくらい快調なエンジンスタート。プラグコイルの交換が効いているな。
クララとマルタが抱擁し、別れを告げてこちらへと駆け寄って来た。
俺は運転席から声を掛ける。
「クララ、もういいのか?」
「うん。大丈夫。早く行こう」
その声は少し震えているようだったが、精一杯気丈に振舞っているようだ。
「じゃあフィオナの車に乗ってくれ。フィオナ!トラックについて来てくれ!」
助手席に乗っているエドワードと、荷台のベッドの上にいるアンラクを確認して、俺はトラックを発進させた。
農場から出る時にトラックを停止させ、振り返る。ホフマン家の人々が手を振ったりしているのが見える。俺も手を振り返し、後ろについてきている車から身を乗り出して手を振っているクララを見る。
正直、クララを連れて行くかは最後まで迷った。それでも本人の決意は固そうだったし、何より同じ年頃のフィオナもいる。たぶん俺の決断は間違っていないだろう。
トラックをまた発進させて道に出て、ノイシュタインの町へと向かう。
石畳の町中をゆっくりと抜け、町外れにあるジャンクヤードの前を通る。
チラッとミラーを見る。ちょうどフィオナがジャンクヤードのほうを見ているところだった。思い入れはないと言っていたが、やはり少しは未練があるんだろう。
才能があるとはいえ、俺は2人の若い女性を連れて行くことになった。しかも航空機を作る為にだ。どんどん罪が重なっていくな。
ノイシュタインの町を離れ、俺たちはサスクエハナ川に沿って続く道を進む。
最初の経由地はフルフ・ウォーターだな。そこまで60海里ぐらいか、日が沈む前には到着できそうだな。
このサスクエハナ川沿いにある道路は、未舗装ではあるが比較的整備されており速度も出せる。荷台で揺られているアンラクも、ベッドの上でスヤスヤと眠っているようだ。ボストンからここまで来るまでずっと荷台のベッドの上だったせいか、完全に慣れてしまっているようだ。
トラックを走らせ、1時間弱。ノイシュタインを出てから最初の町、サンベリーに到着した。一度町の入口付近で停車し、後ろをついてきているフィオナとクララに給油が必要か尋ねるが、ノイシュタインで給油は済ませているとのことで必要ないようだった。しかも、フィオナは予備の燃料まで積んでいるらしく、準備万端のようだった。
サンベリーの町を抜け、南下を続ける。
助手席にいるエドワードは窓の外を見ながら物思いに耽っている。これから造る航空機の設計図を頭の中に描いているのか、それとも他愛もないことを考えているのかはわからないが、話しかけるのは何となく憚られた。
無言で揺れる車内にはエンジンの音だけが響く。
それから数十分。給油所とダイナーが道端に見えた。ダイナーとは、東海岸の道路沿いに良くある食事を提供する店だ。この頃は特に増えてきている。
木造の質素な見た目だが、昼飯を買うにはうってつけの場所だ。
俺はトラックの窓から手を横に出して、後ろに続いているフィオナに合図を送り、減速してダイナーの駐車場へと入る。
「エド、アンラク。昼飯にしよう」
俺はそう言ってトラックを降りる。エドワードも頷いてトラックを降り、アンラクも飯という言葉に反応して荷台で飛び起きたようだ。
後ろについて来ていたフィオナも車を停めて、エンジンを切った。
「昼飯かしら?」
「ああ。なんでも奢ってやるから、好きな物を頼め」
「やった」
フィオナの問いに答えると、クララが元気に車から降りて来た。
男3人と少女2人の組み合わせで、俺たちはダイナーへと入っていく。
少し昼時を過ぎていたこともあって、店内に人は少ない。農夫や木こりが数人、コーヒーを飲みながらだらけている。
カウンターに近いボックス席に座って、店主を呼ぶ。
「とりあえず、マスのムニエルを3人前、付け合わせはヒュッツポット。飲み物はコーヒーで。あとミルクもつけてくれ」
俺はカウンターの上にあるメニューを見ながら注文をした。エドワードもアンラクも、基本的になんでも文句なく食べるので同じメニューを頼んだ。続いて俺は女子2人に視線を向ける。
「じゃあ私たちは~、ルバーブとイチゴのクランブルタルトを2人前。飲み物は水出しコーヒーにしようかな。もちろんミルクもつけてね」
意気揚々と注文するフィオナ。クララも楽しみといった顔だ。
「マスのムニエルとヒュッツポットを3人前とタルト2人前、コーヒー3と水出し2、ミルク付きだな。ムニエルは今から焼くから少し時間が掛かるぞ」
店主はメモに書いた注文を確認して、すぐにカウンターの向こう側にある調理場に向かった。
それからすぐに、店の奥から女性の店員が出て来て、コーヒーを持って来てくれた。
たぶん年が近いし店主の奥さんだろう。夫婦で経営しているダイナーらしい。
目の前で注がれる熱々のコーヒー。そしてテーブルの反対側にはグラスに注がれた冷たいコーヒーが置かれている。なるほど、この時期なら水出しコーヒーでもよかったな。
俺は熱々のコーヒーが注がれたマグカップにミルクを注ぎながら、対面で水出しコーヒーをぐびぐびと飲み始める若い2人を見る。
2人はひそひそとガールズトークに花を咲かせている。一方、俺たちは黙ってコーヒーにミルクを注ぎ、恐る恐る口を付けて温度を確認する。ミルクを注いだおかげで飲みやすい温度になっている。
すぐに運ばれてきたタルトが2人の少女の前に置かれる。キャピキャピと小声で喜びながら、さっそくフォークを入れて口へと運ぶ。
「うん、程よく甘酸っぱい。イチゴもいっぱい乗ってていいわね」
「普段はリンゴを食べてるから、たまにはこういうのもいいものね~」
普段は辛口な言葉使いのフィオナもタルトに乗せられたイチゴにご満悦のご様子だ。
クララも感想を口にしながら、次の一口をフォークで運ぶ。
俺たち3人は、それを見てマグカップを傾けてコーヒーを飲む。
恐らく周囲の客や店主が見ていれば、その姿は奇異に映っていることだろう。
マスのムニエルが運ばれてきたのはそれから5分後。タルトの乗っていた皿が下げられるのと同時だった。
ムニエルは柔らかく、味付けはシンプル。十分合格点に届く料理だ。ヒュッツポットというマッシュされた野菜も、素朴な甘みがだが味わい深い。
旅はまだ始まったばかりだったが、なかなか旅情を感じられる昼食だな。




