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第21話 我楽多

 翌朝。俺は起床してすぐに、ホフマン家から貸してもらっているゲストルームの窓に掛かっているカーテンを引いて朝の光を入れ、窓を押し開けて新鮮な空気を部屋の中へと招き入れる。

 あまり広くない部屋に男が3人寝ているせいで少し淀んでいた空気が、新鮮な空気と入れ替わっていくのがわかる。


「ぉおい、ジャック、もう起きたのか……」


 朝の少しひんやりとした風で目が覚めたエドワードが不満げにこちらを見ている。

 アンラクは意に介さず、といった感じで床に敷かれた毛布の上で寝息を立てている。

 ベッドが2つしかなかったため、昨夜は誰かが床で寝ることになるという状況だったが、アンラクは進んで自分から床で寝ると宣言していた。どうやら彼らの文化的には至って普通のことなんだとか。


「トラックを直さねえとならない。ピーテルに聞いたらノイシュタインの町まで行けばジャンク屋があるらしい。今日はそこに行って部品を調達してトラックを修理する。とっとと起きて準備してくれ。おい!アンラク、お前もだ!」


 エドワードに準備を促し、アンラクを叩き起こす。

 ここ数日の旅でわかったことだがこの男、繊細な風に見えてかなり豪胆だ。




 エドワードとアンラクの準備が終わるのを待って、2人を連れてさっそく母屋の外へと出る。

 外では既にマルタとグレタが農具を携えて、農家に隣接しているリンゴの林へと向かっていくところだった。初夏のこの時期、リンゴの実を選別する作業でもするんだろう。


「ジャック、おはよう。これからジャンク屋に行くんでしょ?私が案内してあげる!」


 俺がマルタとグレタに気を取られていると、後ろから意気揚々とした声が聞こえて来た。


「クララか……」

「何よ、その顔……」


 俺はてっきり、昨夜の返事を聞かれると思っていたが、クララにはそんな様子はない。

 俺としては好都合だ。まだ彼女を連れて行くと決めたわけじゃないからな。


「いいや、えっと、グッテンモーゲン?」

「Gut geschlafen?ほら、早く行こうよ」


 クララはそう言って俺の腕を掴んで、町へと続く道へと俺を引っ張ろうとする。

 俺は軽く抵抗して、近くにいるエドワードとアンラクを見る。2人はクララを微笑ましい表情で見ているだけで動こうともしない。こいつら……

 抵抗をやめ、俺はクララに引っ張られるようにして町へと続く道へと連れて行かれる。




 ノイシュタイン。ドイツ人入植者が40年前に作った小さな町だ。

 主要産業は農業で、かなり牧歌的な農業地帯なのだが、建物は中央ヨーロッパ風の石造りだったり重厚な木造だったりと特徴的だ。

 町の中心を歩いていると、クララが町の人たちに声を掛けられることが多い。老若男女問わず、人気があるようだ。

 よそ者の俺たちを見る目は少し警戒交じりだが、クララがいることでそんな視線もかなり緩和されているようだ。


「Klara! Wir haben frische Orangen reinbekommen. Hier, nimm welche mit!」


 青果店の老婦人がクララにオレンジを投げ渡す。4個ほど受け取って、俺とエドワード、アンラクにも1つずつ分けてくれた。

 代金は良いのかと思ったが、クララは老婦人に礼を言って歩き出した。ドイツ語はほとんどわからないが、たぶん厚意で貰ったんだろうと判断するしかない。


 そうしてノイシュタインの町を突っ切り、俺たちは町の外れにあるジャンクヤードへと辿り着いた。使われなくなったトラクターなどが大量に打ち捨てられており、そのほとんどが錆色になって朽ち果てている。


「フィオナー!どこにいるのー!」


 そんなジャンク屋の敷地内に入ると、クララがよく通る声で誰かの名前を呼んだ。

 少しすると、ガラクタが大量に置かれている場所からガラガラと音を立てて、人が出てくるのが見えた。

 鮮烈な赤髪、そばかす多めな頬、透き通ったグリーンの瞳。そんな顔をした少女が、ガラクタの隙間を縫って俺たちの前に出て来た。


「また女の子か……」

「しかも、アイリッシュだ」

「お人形さんみたいです」


 俺に続いて言葉を発したエドワードは、その少女がアイルランド系の見た目だとすぐに見抜いた。そしてアンラクはそのボキャブラリーの少なさを露呈させている。


「やっぱクララか。今日はどうしたの、そんなむさ苦しい野郎どもを連れて来て」


 クララの高く透明度の高い声とは違い、少女は少し低いハスキーな声でクララの名を呼び、その声をより一層低くして俺たちにやや乱暴な言葉を吐いた。


「フィオナ、そんな警戒しなくて大丈夫だよ。この人たち、トラック用のプラグコイルを探してるの」

「ああ、クララのところのお客さんなのね。それなら私の客も同然ね。私はフィオナ、この錆び鉄にまみれたジャンク屋の主よ」


 フィオナと名乗った少女は、クララと同じくらいの年齢のようだが、ジャンク屋の主だという。

 整った顔立ちとは裏腹に、油で黒ずんだツナギを着て、その手には何かの部品を持っている。あながち主だというのも嘘ではないようだ。


「ジャックだ。パイロットだが、今はトラック運転手みたいなもんだな」

「エドワード。設計士」

「アンラクです。どうぞよろしく」


 俺の自己紹介に続き、エドワードはかなり短く言葉を発し、アンラクもそれに続いて名前だけ名乗った。

 エドワードが相変わらず人見知りを発揮している。とくにアイリッシュ系だと態度が固くなるんだよな、こいつは。


「それで、トラックの型番は?」


 フィオナはあっけらかんとした顔で、すぐにビジネスの話に移った。


「ホワイトモーターのM1921だ。プラグコイルの在庫はありそうか?」

「ない」


 フィオナは食い気味に答えた。隣にいるエドワードが少しムッとした表情になるが、俺は続ける。


「ほんとか?全く?」

「ここにあるのはほとんどがトラクター用なの。それに最近はあまり入荷がなくて、ここにあるジャンクはほとんど部品が抜かれたゴミ同然の鉄くずなのよ」

「そうか、それはしょうがないな。他を当たるか」


 在庫がないと言うならしょうがない。おそらく代用できる物もなさそうだし、他を当たるしかない。


「待ちなよ。在庫がないとは言ったけど、用意できないとは言ってないわ」

「どういう意味だ?」


 俺とエドワードは何を言ってるんだこの小娘はといった視線をフィオナに向け、アンラクは自分の頭の上に浮かんだハテナマークを見ているような顔をしている。


「M1921のプラグコイルの代用品ならすぐに作れるわ。数はいくつ必要なの?」


 なるほど、この少女はただジャンク屋で部品を集めているだけじゃないのか。


「V6エンジンだからな、全交換するために6個用意してもらおう。代金はいくらだ?」

「そうね、ギルダー銀貨2枚を用意してもらうわ」


 ポケットをまさぐり銀貨を2枚差し出す。


「物分かりがいいわね。値段交渉でグダグダ言わない男は好きよ」


 そう言ってフィオナは銀貨をツナギのポケットに突っ込むと、ジャンクヤード内にある小さな小屋へと向かって歩き出した。

 クララがそれに続いて歩き出したため、俺もそれに続く。

 エドワードとアンラクはその小さな小屋を見て窮屈になると考えたのか、その場で俺たちを見送ることにしたようだ。


 フィオナとクララに続けて小屋に入る。小屋は作業台と工具、各種部品類が雑多に置かれている。

 フィオナは既に作業台の上にコイルの残骸や銅線を用意しており、さっそく作業に取り掛かっていた。

 クララはその作業を真剣な眼差しで見つめている。俺も少し遠目で観察することにした。


 結論から言って、彼女の腕はかなりの物だ。プラグコイルの分解、再構築を完璧にこなし、電圧調整までしっかりとやってのけた。6個のプラグコイルの作成に要した時間は1時間弱。逸材かもしれない。


「はい、完成よ。確認して」

「いや、作業は全部見てたからな。確認するまでもない。その若さでいい腕だな」

「あら、お世辞を言っても安くならないのよ?」

「単刀直入に言おう。フィオナ、君の技術が欲しい」

「……何を言っているの?」


 困惑した表情のフィオナにクララが説明をし始める。


「私たち、これからゼロから航空機を造るのよ。フィオナも一緒にやってみない?」

「航空機……?ふーん、なるほど。パイロットと設計士、エンジンをいじれるクララ。すべてが繋がったわ」

「製造拠点はアパラチアの奥地で、誰にも邪魔されないような場所でやる。興味はあるか?」

「そうねー、興味はあるわ。父親から受け継いだこのジャンクヤードも、そろそろ限界だからね。でも、条件があるわ」

「言ってくれ」

「純粋に、お金の話。それと福利厚生についてね。まずは頭金でギルダー銀貨を10枚、そして週給でギルダー銀貨5枚。それに加えて作る物の代金は別よ」

「もちろん、給金に関してはそれでいい。福利厚生ってのは?」

「アパラチアの奥地って言ってたけれど、私が住む場所は用意してもらえるのよね?」

「それについても問題ない。最初の数日間は我慢してもらうことになるかもしれないが」

「ふーん、わかった。その仕事、受けるわ。出発はいつなの?」

「トラックの修理が終わればすぐに。明日か明後日になるな」

「オッケイ。了解、すぐに準備するわ」


 そう言ってフィオナは俺にプラグコイルを押し付けて、小屋の外へと出て行ってしまった。




「もうできたのか。ちゃんとできてるんだろうな」


 俺とクララが小屋の外に出ると、エドワードが訝しげにこちらへとやって来た。俺は持っているプラグコイルをエドワードに手渡す。


「……1時間で6個。そしてこの精度。本当に彼女が……?」

「ああ。作業をずっと見てたが、1人で全部やってたぞ。かなりの腕だからな、スカウトした」

「うぇ?!」


 エドワードの素っ頓狂な声がジャンクヤードに響く。


「ところで、ジャック。私、昨夜の返事を聞いていなかったんだけど……フィオナを連れて行くってことは、私も連れて行ってくれるのよね?」

「あ」


 クララの満面の笑みを見て、俺は頭が真っ白になった。





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