第2話 パール・ブリーフィング
「やはり、砂糖とミルクは欠かせねえな。この泥水には」
「黙れ紅茶野郎。ミルクティーにもそうやって大量の砂糖を入れてんのか?まあいい、ここからは甘い話はしなくていいんだ。まず、先にお前が持ってきた商品を見せてくれ」
俺はコーヒーカップを置いて、木箱をパール・ダッチへと手渡す。
彼は受け取った箱を開けて、少しにやけたツラをした後、いつものルーペを取り出して真珠を確認する。
宝石について疎い俺でもわかるくらい箱の中の真珠はサイズが大きく揃っている。これを欧州まで運べば爆発的に価値は上がっていくのだろう。
「ふむ、完璧だ。いつも通りの完璧な仕事に感謝している」
パール・ダッチはそう言いながら立ち上がり、真珠の詰まった木箱を大事そうに持ちあげて棚の上へと移し替えた。
「まあ、真珠を運ぶときにバレルロールするようなバカはいねえさ」
俺は鼻で笑いながらそう言うが、実際この界隈には荒くれ者も多く、操縦が荒っぽいこともある。おそらくそんな馬鹿に最近仕事を頼んでしまったんだろうな。
「さて、追加の仕事について話そうか」
「ああ、詳しく頼む」
パール・ダッチが椅子に座るのを待ち、詳しい話を聞く。
「今、真珠の在庫が20ポンドほどある。これをオーセアン・スタッドまで運んでほしいんだ」
なるほど、話が見えてきた。おそらくパール・ダッチが真珠の在庫を抱えていることを知った悪党が、輸送中に襲撃を企ててる。だからいつもは比較的安全なオーセアン・スタッドまでの航路での輸送を俺に任せたいってことなんだろう。いつもならFokker F.VIIで運んでるが、あの機体は出せてもせいぜい100knだし、鈍重で敵の戦闘機を撒くことはできないだろうな。
「オーセアン・スタッドまでか。敵機は2機いると言っていたが、どの勢力の奴らかわかるか?」
「おそらく……フライング・ダッチマン」
俺は仕事を受けたことを後悔した。
敵はフライング・ダッチマンと自称する空のギャングだ。旅客機だろうが輸送機だろうが容赦なく撃ち落としては、墜落した機体から金目の物を奪っていくというイカれた連中だ。たいていは町の近辺には姿を現さず、空を飛んでいるとどこからともなく現れる。まさに伝説の幽霊船を模したようなギャングだ。
「一筋縄ではいかないかもな……奴らの機体が2機だとどうしてわかった?」
「うちの商会のFokkerで空に上がった時に、近付いてくる機影が見えたんだ。確かに2機、黒くて薄気味悪い点が空の上に2つ、こちらに向かってきてるのが見えたんだ」
じゃあ、十中八九奴らが来るってことか。報酬を引き上げてほしいところだが、一度決めたことだ。今さら覆すつもりはない。
「町に戻って来た時、奴らは突入してこなかったのか?」
「空賊除けの高射砲の援護のおかげさ。距離が離れていたから威嚇にしかなってないがな」
確かこの町には数門だが、クルップ社製の7.5㎝高射砲とヴィッカース社製の1ポンドポムポム砲が配備されていたはずだ。しかも、これらは町の周囲だけでなく町中にも 隠蔽設置されているものまであり、ちょっとした対空陣地のような武装を持っている。空賊対策は万全だ。
「わかった。仕事を受ける前に準備してほしいことがある」
「なんだ、なんでも言ってくれ。報酬の上乗せ以外ならな」
「真珠の梱包には緩衝材を多く入れてもらおう。敵機が来た場合、機体を振り回すこともあるだろうしな」
「無論だ。既に準備は整ってる。見てくれ」
パール・ダッチは俺がさっき渡した箱とは別の物を持ってきて、中身を見せてくれた。箱はナラ材の頑丈な木箱、中にはベルベット製と思われる布袋が並んでおり、その間には木毛が満遍なく敷き詰められているのがわかる。
「上出来だな。インメルマンでもバレルロールでも、好きに踊れそうだ」
「ダンスは仕事が終わってからにしてくれ……」
「それともう1つ頼みがある。町の対空要員に、もしも奴らが現れたとしても、必中距離までは撃つな。そう伝えてくれ」
「ああ、それならすぐに伝えておこう。しかし、追っ払う方が安全じゃないのか?」
「いいや、奴らはこの町の対空兵器の能力を知っている。ギリギリ射程圏外で空中待機する可能性もあるし、そうなると増援が来る可能性も高まる」
「……お前、フライング・ダッチマンについて詳しいんだな」
「まあ、な」
「そうか。……出発はいつにする?」
「今日の夕方、日が沈んだら飛び立つよ」
「正気か?新大陸で夜間飛行だと?」
「俺の腕が信用できねえってんなら、この話はなしだ」
「いや、まあ、そうだな。夜間飛行なら敵がそもそも来ない可能性も高まるか」
「到着は真夜中になる。オーセアン・スタッドに電信を入れておいてくれるか?」
「わかった。暗号文で送っておこう」
暗号文、ね。
さて、先に俺は愛機のところに戻って準備を整えておくか。




