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第18話 農家

 ウィンザーダムを出てから2日。ようやく最初の目的地であるドイツ系入植者の町ノイ・シュタインに辿り着いた。

 この町は連合王国の勢力圏外であり、現在はネーデルラント勢力圏内にある。とりあえずここまで来れば追手の心配はない。


 このノイ・シュタインの町外れにある農家に知り合いのエンジン技術者がいる。


「ドイツ人の町か。何というか、町並みが少し厳ついように感じるな。こう、建物の重厚感というか」


 町中の石畳が敷かれた通りを進んでいると、エドワードが景色の感想をつぶやく。

 確かに、この2日間走って来たのは連合王国の植民地領で似たような景色が続いていたからな。飽き始めた景色がガラリと雰囲気を変えればそういった感想が出て来るのも不思議ではない。


 目的地まであと300ヤードほど。

 この丘を登れば到着といったところで、エンジンがピタリと停止してしまった。


 キーを回してみるが、エンジンはうんともすんとも言わずに沈黙する。


「電気系統か……?しょうがないな。エド、アンラク、ここからは歩いていこう」


 ギアをニュートラルにして、トラックを後退させながら道端に寄せ、サイドブレーキを引く。

 高価な荷物が乗っているが、この田舎町にいる人たちには無価値の物ばかり。一晩くらい放置しても大丈夫だろう。

 それにこのドイツ系入植者の町の人たちは気質の穏やかな住人が多くて治安も良い。あまり心配しなくてもいいだろう。


 荷台から降りて来たアンラクがふらふらと緩い坂道を歩く速度に合わせて、俺とエドワードは丘の上に見えてきた農家を目指す。

 振り返ると西の空には赤く染まり始めた夕日があり、平地に広がっている農地を黄昏色に変えている。


 丘の上にある石垣に囲まれた農家は、比較的大きな木造の住宅と巨大な石造りの納屋があり、周囲には麦畑と果樹園がある。

 農家の入口に差し掛かったところで、1人の青年が俺たちの前に現れた。俺よりいくらか高い身長、粟色の短髪、スチールグレーの瞳が特徴的な好青年だ。


「丘の途中で立ち往生したのはあんたたちか?」


 いかにもよそ者風な俺たちに対して、少し警戒したように訛った英語を使っている。


「……ピーテルか、久しぶりだな。2年、いや3年ぶりになるか」


 俺は警戒する青年の顔を見て、名前を思い出すのに少し苦労した。オランダ系ではポピュラーすぎる名前だからな。


「……ジャック?Mein Gott……こんな田舎町にまた厄介ごとを持ち込みに来たのか?」

「ピーテル、俺が厄介ごとを持ち込んだことなんてないだろう。エンジンのオーバーホールを頼んだだけじゃないか」

「オーバーホールを頼んだだけだと?ブリテン製の航空機エンジンなんて俺たちからすれば厄介過ぎる代物だったさ」


 ピーテルは割と本気で怒ったような声で吐き捨てる。確かに、エンジン関連の技術を持っているとはいえ、彼らはドイツ系。ブリストル製のジュピターのオーバーホールがいかに大仕事だったかは想像に難くないだろう。


「それについては申し訳ないと思ったさ。だから多めに代金は支払っただろう?それより、オットーのおやっさんはいるか?」

「ああ。義父さんなら今日も納屋でトラクターを直してるよ。ついて来な、お連れさんたちも。ようこそホフマン農園へ」


 ピーテルは俺の隣にいるエドワードと、俺の後ろでへたばってしまっているアンラクに声を掛けてから、納屋に向かって歩き始めた。




 納屋の重たい木製扉をピーテルと俺で押し開ける。

 この石造りの巨大な納屋は明らかに農場のスペックを上回っており異質な存在だが、その中身もまた同じくらい異質だった。

 並べられた3台のトラクター、そして大量の工具キャビネット、エンジンスタンドにはトラクター用のエンジンが載せられている。天井の梁には鉄骨が入っており、そこに吊るされたチェーンブロックからは長い鎖が伸びている。

 ここは明らかに「納屋」と呼べる場所ではない。

 俺の後ろから入って来たエドワードとアンラクも、まさかの光景に驚いているようで納屋の中を見回している。


「ピーテル、どうしたんだ、また町長から修理の依頼か?」


 そう言いながら納屋の奥から現れたのは、武骨な肉体を曝け出した鋭い目つきと刈り上げられた濃灰の髪色が特徴的な初老の男、オットー・ホフマン。


「おやっさん、久しぶりだな」


 ピーテルのほうを見ていたオットーに俺は声を掛ける。ギロリと音が聞こえてきそうな目つきが俺を射抜く。


「……ジャック、か?Zum Teufel……また厄介ごとか」

「ああ、少しな。話を聞いてくれるか?」

「……もうブリテンのエンジンは触らんぞ」


 俺はその返答を肯定の意味に捉えて、さっそく本題を切り出す。


「実は、新しいエンジンが必要になった。高馬力で頑丈な奴だ。おやっさんなら何か当てがあるんじゃないかと思ってやって来たんだ」

「……」


 帰って来たのは沈黙。そしてさらに鋭い眼光だった。

 しばしの沈黙のあとゆっくりと口を開く。


「……なぜ、俺のところへ来た。ただのしがない修理屋だぞ」

「前にジュピターをオーバーホールしてもらった時、見たこともないエンジンだと言ったのにかなり短い期間で完璧な整備をしてくれたから、だな。詳しくは聞かなかったが、おやっさん只者じゃないだろう?」


 このドイツ系エンジン技師オットー・ホフマン。俺の見立てでは並の技術者ではない。以前に俺がエンジンのオーバーホールを頼んだ時、通常なら3から4週間掛かる作業を僅か2週間で終わらせてくれた。手抜きではないのは確実で、オーバーホールの後エンジンは今までにないくらい快調だったのを覚えている。


「……もう夕刻だろう。続きはまた後で話そう。まずはAbendessen……夕食だ。お前らも腹が減っているなら一緒にどうだ」


 何か迷いのある表情で俺の話を聞いていたオットーは、そう言って手に持っていた工具を置いて、納屋の出口へと歩いて行ってしまった。

 俺がピーテルに視線を送ると、肯定の頷きが返ってくる。


「ご馳走してくれるらしいが、どうする?」


 話を見守っていたエドワードとアンラクは、少し困惑したような表情だったが、空腹を思い出したように腹に手をやる。


「あまり酸っぱいキャベツは好きじゃないが、ご馳走してもらうのに文句は言えないな」

「食べられるならなんでもいいですよ、私は」


 エドワードは少し警戒した顔で、アンラクは今までのげっそりした表情から一転して少し嬉しそうに答えた。

 しかし、ここでピーテルが割って入る。


「ただ、夕食の前に一仕事してもらうよ。あんたらが放置したトラックをうちの農園まで持ってくるんだ。あの道は町まで続く一本道だからね、トラックが放置されていると困るんだよ。牽引用のトラクターを用意するから、先に行って準備を済ませておいてくれ」


 エドワードとアンラクは一瞬だけ緩んでいた表情が逆戻りして、疲労困憊といった感じの顔で俺を見る。


「わかった。牽引ロープを貸してくれ。ほら、お前ら2人も行くぞ。ご馳走になるってのに家の人たちを困らせるわけにはいかないだろ?」








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