第16話 逃亡者
寄合馬車に乗り込んだのは俺を含めて6人。内訳は若い木こりが3人、農夫が2人、そして俺だ。
ジャケット姿の俺は明らかに浮いている存在で、先ほどから時々視線を感じている。
幌の隙間から覗く初夏のナラやカエデの広葉樹の葉が青々と茂り、地面には時折白い小さな花が咲いているのが見える。
少し湿り気を含んだ空気には、木々と土の香りが混じっている。
森を越えると景色は農地に変わり、道と農地を隔てる石垣が続く。
見えている農地は牧草地のようで、膝丈くらいの草がどこまでも続くように生えていて少し眩しい。
道を隔てた逆側の農地ではライ麦が栽培されている。あまり土地が肥沃ではないこの辺りでは最もよく見る作物だろう。こちらは俺の腰丈辺りまで伸びており、少しだけ穂の色が黄色味を帯び始めている。収穫まであと2カ月くらいだろうか。
風が吹くとライ麦畑からサラサラと乾いた音が聞こえてくる。
おっと、造船所のドックではあまり眠れなかったせいか、少しうたた寝してしまった。
馬車は再び農地を離れて森の中の道を進んでいる。
乗客の農夫が2人いなくなっている。
「すまない、今どの辺りかわかるか?」
俺は対面に座っている木こりに尋ねた。
「もうすぐウェイランドだ。あんた、この揺れる馬車で1時間近くも寝てたんだぜ?乗り慣れてる俺達でもそんなに長くは寝れない」
「まあ、少し寝不足でな」
ウェイランド、この寄合馬車の終点の1つ手前の村だな。随分寝てしまっていたらしい。
「ふーん、あんたこの辺じゃ見ない人だけど、何してるんだ?」
「あぁ、少し訳ありでな。このずっと先にあるウィンザーダムってとこに向かってる」
「ウィンザーダムだって?はっは、そりゃ偶然だな、俺たちもそこに向かっているところだ。ダムができて沈んじまう前に、そこにある木を伐採するのさ」
「そうか、そりゃ奇遇だな。ところで、実はあまり道に詳しくなくてな、できれば案内してほしいんだが」
「お安い御用さ。この先のサドベリーの町で馬車を乗り換えるんだ、どうせ目的地は一緒だし連れてってやるよ」
「それは助かる。挨拶がまだだったな、俺はジャック」
「コーディーだ。こっちの無口な2人はバートとサイだ」
コーディーと名乗ったのは明るい表情と勝気な瞳が特徴的な金髪の青年だ。まだ20歳前後に見える。
バートと呼ばれた男は40代後半のベテランの木こりといった風貌で、こげ茶の短髪で鋭い目つきをしている。今も黙ったまま加えたパイプを吹かしている。
サイと呼ばれたのはフードを深くかぶったままの人物だ。体格の良いバートの向こう側にいるため、容姿は確認できない。
馬車はウェイランドの村を通り過ぎた。
すると乗っていた馬車がゆっくりと停車した。
何事かと思って進行方向を見る。馬車が1台に何人かの通行人が橋の手前にいる憲兵と地元の保安官に止められて話をしている。
しまった。話していて気付くのが遅れた。こんなところで検問をしているとは……
「なんだなんだ、軍の検問か?」
「……」
クソ、今ここで馬車から降りるのは怪しまれる。かといって簡単に検問を抜けられるとも思えない。明らかに俺の風体は悪目立ちする。
「ジャック、もしかして、あんたが?」
コーディーが俺の表情を見て察したように尋ねてくる。
「おそらく、な」
「おいおいおい、面倒事は勘弁だぜ。そうだ、あんた金は持ってるか?」
コーディーは何かを閃いたようでぶっきらぼうに質問してくる。何か妙案でもあるのか?
「ああ。これくらいでいいか?」
俺は胸の内ポケットからソブリン金貨を取り出してコーディーに手渡す。
「き、金貨!?」
「おい、お前一体何者なんだ」
今まで沈黙を保っていたバートがついに口を開いた。
「まあ、お察しの通り俺はお尋ね者だ。何とかして検問を越えたい、協力してくれれば金を払う」
「金貨……金貨、本物のソブリン金貨だ……」
「おい、こっちに進んで来い!」
コーディーが掌の上に乗せられた金貨をじっと見ていると、憲兵と一緒にいた保安官が馬車の御者に指示を飛ばした。
馬車はゆっくりと動き出して、橋の手前で停車する。
俺は顔を少しだけ顔を伏せてそのまま座り続ける。
「お、なんだバートじゃねえか。仕事か?調子はどうだ」
馬車に乗り込んできた保安官は俺の隣に座っているバートを見て、笑みを浮かべながら挨拶をした。
「サミュエル保安官か、さっさと通してくれ。今日中にウィンザーダムまで行かにゃならんのだ」
「ああ、もちろんさ、すぐに……おい、そっちのお前は?こっちを見ろ」
俺のことか。ここは素直に従って、顔を上げて保安官のほうを見る。
「ん?お前…」
保安官は俺の顔を見て訝しげに目を細めた。
「サム、長い付き合いだろ、これで見逃してくれ」
バートはポケットから出した紙幣を、目の前にいる保安官の手に握らせた。
「バート……?こ、こんなにいいのか?」
「急いでるんだ。面倒事に巻き込まれたくない」
「そ、そうか、そうだな。ヨシ、異常なしだ、行っていいぞ!」
保安官は握った紙幣の額を見て驚きながら、すぐにポケットへ突っ込んで、何事もなかったかのように馬車を降りて行った。
憲兵はそれを怪しむ素振りもなく、面倒くさそうに橋の左右に突っ立ったままだ。
馬車が動き出し、橋を渡り始める。
ガッコガッコと木製の橋を渡る間、馬車の上は緊張に包まれる。
「ふぅ……乗り切ったか」
「ったく、面倒事に巻き込んでくれたな」
コーディーが安堵の溜息を吐き、バートは俺に向かって毒づいてきた。サイは相変わらず言葉を発する気配もない。
「すまない。さっきコーディーに渡したソブリン金貨と、追加であんたが保安官に渡した金と同額を払おう。それでいいか?」
「ああ。ただ次の検問は早めに気付いて、馬車を降りてくれ。そう何度も庇い切れんぞ」
「わかった。そうしよう」
そうこうしているうちに、馬車は無事にサドベリーの町に辿り着いた。
馬車を降り、コーディーたちと一緒に次の寄合馬車の乗り場へ向かった。




