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第14話 異食文化

 サイラスを仲間に引き入れてから、1週間が過ぎた。

 電気関連の技術者を探してジャンク屋を回ってみたりはしたが、航空機の電装を組めそうな人材は見つからなかった。流石にそこまでの専門技術を持った者は、既に企業の工場で働いているだろうし、そうそう見つかるものではない。


「そろそろ出発の準備をするべきだな」

「ああ。電気関連の技術は機体構造やエンジンが組み上がってからが本番だし、焦る必要もないさ」


 俺の提案にエドワードは肯定する。

 事務所の片付けも少しずつやっていたため、今ではほとんどの荷物はまとめられており、残していくテーブルや椅子だけが部屋の中に残されている。


「必要な物資を揃えよう。アンラク、あんたは何か必要な物はあるのか?」

「ふーむ、そうですね、絶対に必要な物というのはないですが、ここで調達しておくべきか悩むところです」

「何が必要なんだ?」

「まずは精密な比重計と天秤が欲しいです。合金の配合はこれがないとまず始められませんからね。次に実際の炉内の温度を正確に把握するため、光学高温計は必須でしょう。あとは硬度計もあれば品質の保証ができます。さらに可能であれば顕微鏡と酸性試薬も用意したいところですが、これは絶対に必要ではないですね。製造拠点に到着してから買う場合は新品を頼むことになるので、出費を抑えたいならボストンで中古品を揃えておきたいですね」


 聞いたことない機器ばかりだ。正直、値段がわからない。


「中古でも使えるものは買っておこう。新品のほうがいいものは拠点についてから購入するのがいいな。中古でも大丈夫そうなのはどれだ?」

「比重計と天秤、硬度計は中古品で問題ないでしょう。それ以外も状態が良い物が見つかれば中古でも構いません」

「わかった。それならアンラクと俺は道具を探しに行こう。エドワード、中古の安いトラックを買って来てくれ」


 そう言いながらエドワードにソブリン金貨を3枚ほど手渡す。これだけあれば、オンボロの中古トラックを買えるはずだ。

 拠点の場所が場所だけにトラックは必須だ。途中までなら鉄道でもいいんだが、やはりデカい都市で買っておく方が安心だろう。


 俺はアンラクを連れてボストンの街へと繰り出す。

 港の近くはかなり近代的な工場が立ち並ぶボストンだが、市街地へと向かっていくと石造りの建物が増えていく。どこか故郷を思い起こさせる景色だ。

 そのまま市街地を抜け、チャールズ川に架かる橋を渡る。

 この辺りはケンブリッジという地名が付けられている。本土と全く同じ地名が使われており、同じく学術都市となっている。俺はクソややこしい地名を付けるバカがいるもんだなと思った。

 レンガ造りの大学を遠めに見ながら、俺とアンラクは路地裏を抜けて古物商店を練り歩いた。

 流石に学術都市というだけあって、すぐに天秤や比重計、硬度計は見つかった。それぞれの店で見つけた物をメモしながら、他にも使えそうな機器を探す。


 大学付近は若者が多いな。幸いにも大戦が終結し、徴兵を免れた若き芽。

 そんな彼らからは俺とアンラクのアンバランスなコンビは奇異なものだったようで、先ほどから視線を浴び続けている。

 しかし、アンラクは気にも留めずに機器探しに夢中だ。あっちこっちの古物商店で値段を聞いて回って、値段を比べたり、機器の状態を確認したりと忙しい。

 あまり値段は気にせずに状態の良い物を選んでくれと言っているのだが、節約がどうのこうのと言って、俺の話は上の空だ。


 結局、比重計と天秤、硬度計、金属顕微鏡、光学高温計を購入することになった。しかし、金貨が2枚も飛ぶことになるとは……


 それぞれの機器を全て別の店で購入したこともあって、時刻は既に夕方。

 荷物はそのまま店に預け、後日エドワードの事務所に届けてもらうことにした。とくに硬度計は持って歩ける重さではない。


「アンラク、腹は減ってるか?」

「腹、ですか……はい、かなり」


 一瞬何のことだと言いだけな顔をするが、自分の腹をさすってから空腹を思い出したようだ。


「オイスターバーで牡蠣でも食って帰ろう。生牡蠣はイケる口か?」

「ええ、もちろんです。私の国では生魚を食べる文化があるんですよ、ご存じありませんでしたか?」

「ああ、そうだったな。サシミ、とか言ったか。なら生牡蠣は余裕か」


 俺は表通りを離れ、少し入り組んだ裏通りを進む。

 しばらく歩くと、活気のある半露店の店が見えて来た。通りにまではみ出したテーブルとイス、地面に放られたままの牡蠣殻。牡蠣を食うならこういう店のほうがいい。

 俺とアンラクは空いている席に座って、店の奥にいるオヤジに向かって叫ぶ。


「とりあえずスタウトを2杯、牡蠣を2ダースくれ!」


 注文してから1分ほどでどちらも運ばれて来る。とにかく早いのがオイスターバーの良いところだ。

 店のオヤジがその場で殻をバキバキ手際よく剥いてくれる。


「殻は地面に、それがここのルールだ」

「見ればわかるさ」

「お行儀が良いとは言えませんね」


 俺はその場で店のオヤジにシリング硬貨で代金を支払って、牡蠣に手を付ける。

 アンラクも同じく牡蠣を手に取った。


「私の食べていた牡蠣より、少し小ぶりですね。真牡蠣ってやつでしょうか、私は岩ガキしか食べたことありません」


 俺はアンラクが牡蠣を観察しているのを横目に、さっと牡蠣を口へと流し込む。まずは海水のようなしょっぱさが口に広がるが、本当の海水よりは辛さはない。身を噛むとあふれ出るクリーミーな甘みとコク、これが牡蠣の醍醐味だ。飲み込むと鼻から抜ける磯の香りを感じながら、スタウトで押し流す。


「っああ~、うめぇ」


 アンラクもマイペースに牡蠣を観察し終え、じゅるっと牡蠣を口へと流し込む。さっきは行儀がどうこう言ってた割には、音を立てて食うんだな……


「ほぉ、これは美味ですね。私の故郷で食べた牡蠣より濃厚さは劣りますが、十分な旨味があります」

「ちなみにエドワードは生牡蠣は苦手らしい。よく蒸したやつか焼いたやつが好みらしい」

「あー、生もいいですけど、私もどちらかと言えば火を通すほうが好きかもしれません。湯通しした牡蠣に醤油をつけて食べるのが私の故郷の食べ方でした」


 じゅるっと次の牡蠣を口に流し込むアンラクは、スタウトの入ったジョッキを持って恐る恐る口を付ける。


「これが、黒ビール、ですか。悪くないですね。香りが強くて苦みも強い、とても牡蠣と相性がいいですね」

「ああ、俺の本国でもこの2つはセットで出て来る定番だ。ジャポニアでは何と牡蠣を合わせてる?」

「私の国ではもっぱら日本酒ですね。お米のお酒です」

「ライスの酒……想像がつかん」


 日本の工業製品ならば、稀に見ることはあるが、日本の食品というのは目にしたことがない。たぶん世界的に見てもかなり珍しいだろう。

 ライスを使った酒。甘いのだろうか。それとも辛い蒸留酒なのか、気になる。


「さて、これを使う時が来ましたね」


 アンラクはそう言いながらズボンのポケットから何かの瓶を取り出した。

 それは黒い液体が入っており、ジョッキに注がれているスタウトと似た色をしている。

 アンラクは瓶の蓋を開けると、おもむろに牡蠣へと液体を垂らした。


「これは、醬油です。あなたの言葉ではソイソース、とでも言うべき物ですね」


 大豆のソース、だと?粘度からしてとてもソースと呼べる物には見えないが。


「これだけは故郷から持って来たんですよ。これを掛ければたいていの物は故郷の味になります」

「俺にも少しくれ」


 アンラクはソイソースを掛けた牡蠣を口に運びながら、瓶を俺の手元へと移動させた。

 遠慮することなく、俺は瓶の蓋を開けて鼻を近付ける。


「廃油……」


 臭いは廃油のように感じるが、塩気のようなものも感じる。しょっぱいのか。

 俺は慎重に瓶を傾けて、1滴だけ牡蠣の身に廃油、ではなくソイソースを垂らした。

 それを口へ運ぶ。


 牡蠣の濃厚な味に、肉から抽出したブイヨンのような何かが加わった。初めて体感する味覚情報だ。複雑で、味わい深く、後味も残る。


「これは……割とイケるな」

「お口に合って良かったです。我々日本人はその醤油が基本の調味料の1つで、先ほどジャックさんが言っていた刺身につけて食べたり、魚を煮込むのにも使います」

「そうなのか、いつか食べてみたいな」





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