第13話 剛槌
翌朝。俺は安宿を出てエドワードの事務所に向かった。
既に日が昇ってしばらく経っていたこともあり、事務所にはアンラクの姿もあった。昨日初めて会った時よりも、幾分か顔色が良くなっている。
「エドワードさん、ジャックさんが来ましたよ」
「お、やっと来たか。少し遅かったな、昨夜はお楽しみでもしてたのか?」
「黙れエド、昨日ボストンに着いたばかりだったんだ、疲れてたんだよ」
俺はため息を吐いた。
「なんだよ、ちょっと揶揄っただけだろ、そんな怒るなよ」
「無駄話はもういい。お前の知り合いに会いに行くぞ、どこにいるんだ」
「はぁ、やっぱり行かないとダメかな?ほんとに苦手なんだよ、あの人」
「お前が来ないと意味ないだろ。早く行くぞ」
俺はエドワードの腕を掴んで無理やり引っ張った。
大の男とはいえ、パイロットとオフィスワーカーでは力の差は歴然で、エドワードを強引に外へと連れ出す。
「あ、待ってください。先日言っていたジュラルミンのサンプルです、持って行ってください」
「アンラク、お前も暇なら来い。どうせ行く場所もやることもないだろ?」
「え、私も行くんですか……」
「早くしろ」
抵抗するエドワードを引っ張りながら、アンラクも丸め込む。
事務所の外に出ると、ようやく抵抗をやめた柔な男と渋々付いて来る東洋人。傍から見たら奇異な集団だろう。
観念したエドワードに連れられてやって来たのは、とある造船所だった。ボストン高速艇造船所2番ドック、と書かれた錆びた看板がある。
入り口に人はおらず、俺たち3人は造船所へと入っていく。
カン、カン、と鉄を打つ音が聞こえる。その音がする建屋に入ると、そこには魚雷艇と見られる船体に、巨大な槌を打ち付ける男の姿があった。
俺たち3人に気が付くと、槌を振るのをやめて口を開いた。
「お前は……エドワードかぁ?ボストンにいると知ってはいたがよぉ、何の用だ、えぇ?」
ぶっきらぼうに叫ぶのは筋肉モリモリマッチョマンの大男で、身長は6フィートと7インチ前後はある。焼けた褐色の肌に赤みを帯びた茶色い髪、おそらくイングランド北部にルーツがあるな。
「さ、サイラス、そんなに邪険にするなよ。今日はあんたを引き抜きに来たんだ」
エドワードが恐る恐るといった感じで話し出す。サイラスと呼ばれた男はそれを聞いて眉をひそめた。
「引き抜きだあ?お前のとこのちっせえ設計屋が俺を引き抜くってのはどういうことだ」
今まで握っていた槌を優しく作業台に置いたサイラスは、こちらに近付いてくる。
怒気や殺気を放っているわけではないが、威圧感は相当だな。
「しょ、紹介するよ、パイロットのジャックと、ジュラルミンに詳しいアンラクだ」
「ジャックだ。連合王国軍でテストパイロットをしていたこともある。今はしがない運び屋だが」
「アンラクです。以後お見知りおきを」
サイラスは俺とアンラクを見て、少し考えこむ素振りをして口を開く。
「ふーん、俺はサイラスだ。今は見ての通りこの造船所で錆び船を造ってる。大戦の時はA&Hで機体の製造をしていた。ジャック、あんたはMk.1のテストパイロットだったんだろぉ?その筋じゃ有名だぜ、試作機をパクって逃げた反逆者だってよぉ」
「まあ、な。正直言ってその話に関しては弁明の余地もない。俺は祖国を裏切った大罪人さ」
「ふん、潔いなぁ?俺がお前のことを憲兵にチクるとは考えてなかったのか?」
「もう大戦が終わって6年経った。その件についてはそろそろ時効ってことにして欲しいな」
「ふ、ふっはっはっはっは!!」
サイラスは俺の言葉を聞いて堪え切れないといったように笑い出した。なんとも豪快な笑い声だな。他に人のいない造船所内にその笑い声が響き渡る。
「おもしれえ!気に入った。ジャック、試して悪かった、憲兵にチクったりはしねえよ。俺も軍にはあまり良い印象はなかったからなぁ。あのクソみたいな戦争には俺もとっくに飽き飽きしてたのさ」
「まあ、あの時あの国にいた人間は皆そう思ってるだろうな。いや、欧州にいた人間は皆、そうだっただろうよ」
「ちげえねえ」
サイラスは腕を組んで頷く。いちいち動作がデカいな、図体と一緒だ。
「それで、設計屋とテストパイロット、それにジュラルミンの研究者がいるってこたぁ、そういうことだな?」
「ああ、サイラス、一緒に新型機の開発をする気はないか?今度は俺が設計主任だし、みんなの意見も取り入れて開発ができる。それに、このジュラルミンもあるし……」
エドワードはそう言いながらアンラクの持っていた超々ジュラルミンのサンプルをサイラスに手渡す。
「これは……今話題の超ジュラルミン、か。俺も最近になって使い始めたが、これがどうかしたのか?」
サイラスは渡された金属片を瞬時にジュラルミンだと見抜いた。流石は職人だな。
「それは超々ジュラルミンのサンプルですよ。私が作った超ジュラルミンを超えた物です」
「あ?何言ってんだ、このちっこいのは。超ジュラルミンを超えているだと?」
「はい。ぜひ、あなたの槌で叩いて確かめてください。あなたの腕が本物ならば違いが判るはずですから」
アンラクの言葉に、サイラスは眉をピクっと動かして、自分の槌を取りに行った。
そして躊躇なく、金属片に槌を振り下ろす。俺はてっきり振り被ってぶっ叩くのかと思っていたが、サイラスは案外慎重に軽く叩いた。
キーン、という硬質な音が響く。
「この軽さで、この硬度……確かに、超ジュラルミンよりもこれは強度がある。どうなってるんだ……?それに、これを作った……だと?お前、今すぐこれを軍に売りに行ったほうがいいんじゃあねえのか?」
サイラスはアンラクを見下ろして、何とも言えない顔をする。
「私はもう、巨大な柵に囚われるのが嫌になってしまったんですよ。それにジャックさんには既に大きな恩もありますし、エドワードさんもこのボストンで数少ない友人ですから、2人を裏切るつもりはありません」
アンラク、あんた……マジでいい奴だな。
エドワードも友人という言葉を聞いて目が輝いている。
そんなに嬉しいのか。友人が増えてよかったな、エドワード。
「乗った。俺もその話、乗ったぜ。こんな錆びと磯臭いドックとはおさらばしてえところだったんだ。ただ、今の仕事を投げ出すわけにはいかねえ、2週間くらい待ってくりゃあいい。それまでには仕事を片付けるからよぉ」
「サイラス……助かるよ、あんたがいれば百人力だ」
「百人力ぃ?おい、まさか俺1人に機体を造らせるつもりじゃねえよなぁ?」
「も、もちろん。ただ製造拠点がかなり田舎だから、腕のいい工員はあまり雇えなさそうなんだ……」
「んっだよそりゃ。わかった、俺の伝手でいくらか若いのを集めてやる。それなりの金は払ってくれるんだろうな?」
「もちろんだとも、なあジャック」
俺が金を払うのは良いんだが、エドワードの言い方が気になるな。
「正直言ってどれくらいの期間で完成するのかもわからない、準備のための資金を先に渡しておこう。若い工員を集めるのに使うのも、工具を揃えるのも好きに使ってくれ」
俺はジャケットの内ポケットからソブリン金貨を3枚取り出してサイラスに手渡す。
「お、おい、ソブリン金貨じゃねえか……ジャック、あんたかなり羽振りがいいな?初対面の男にそれを渡せるのかよ……」
「A&Hにいた職人だってのは知ってるし、腕は確かなんだろう?金は惜しまないさ。これからの資金については心配しなくていい。俺がどうにかしてやる」
「わかった。信用するぜ、ジャック。ところで、製造拠点はどこなんだ?」
「まだ確定しているわけじゃないが、アパラチアの奥地にある水力ダムの近くだ。飛行場と電力、製鉄所があるから最低限の設備はあるはずだ」
「おい、本当のド辺境じゃねえか……」




