第11話 東洋人
19時、ブルーアンカーパブ。港湾労働者や工場帰りの職人たちでかなり賑わっている。店内を見渡すが、まだエドワードは来ていないらしい。
俺は適当に店内を歩いて、ウェイトレスが片付けをしているテーブルを陣取らせてもらうことにした。
「この席は空いているか?」
「ええ、ちょっと散らかってますけど、どうぞ」
流石は人気店。ウェイトレスの対応が良い。
「友人と待ち合わせしている。片付けが終わったら先にエールを3杯頼む」
俺は代金とチップを合わせて、ギルダー銀貨をテーブルに置いた。一瞬、ウェイトレスは訝しげに銀貨を見るが、それがギルダー銀貨だと分かるとスっと手に取ってポケットへ流し入れた。
「最優先でお持ちしますので」
そう言ってカチャカチャとテーブルの上を片付け、キレイに拭き上げると、混み合う店内を華麗に人を避けながら厨房のほうへ消えて行った。やはり、人を動かすにはこれが一番だ。
注文したエールが来てから数分、ようやくエドワードが店内に入って来た。きょろきょろと店内を見渡してこちらを見つけると、まるで飼い主を見つけた子犬か、親を見つけた子どものような安堵する表情でこちらに向かってくる。
なんだ、その表情は。俺が約束をすっぽかして店にいない可能性を考慮でもしていたのか。
「良かった。先に来てたんだな」
「まあな。ところで、俺に会わせたい奴ってのは?」
エドワードの近くにはそれらしい人影が……
「ここにいますよ。すいませんね、チビなものですから」
俺は見上げていたエドワードから視線を降ろし、声のした場所を見る。
エドワードの胸の横辺りに人の顔があった。東洋人、少し訛っているが丁寧な英語、丸縁の眼鏡。
「日本人、か?」
「そうだ、ジャック。珍しいだろ?」
エドワードはそう言いながら俺の対面の席に陣取って、その横に日本人を座らせた。
「私は安楽健です。あなたがジャックさんですね、以後お見知りおきを」
教科書通りだが少し訛った英語。いかにも日本人らしい挨拶だ。
「よろしくケン・アンラク。それで、エドワード、この人が例の俺に会わせたい人なのか?」
「ああ。彼はスミトモの研究者で、ジュラルミンについて詳しいんだ」
「元、研究員ですけどね」
スミトモ。確か日本にあるデカい財閥のうちの1つだったな。ミツビシ、ミツイ、ヤスダ、スミトモ、だったか。スミトモと言えばアジア方面で鉱業を牛耳っている技術屋だな。
日本は長い間、ネーデルランドや清以外との関係を拒絶していた謎の国だったんだが、いざ世界の表舞台に登場したかと思えば、あっという間に東洋の工場と呼ばれる近代国家へと上り詰めた技術大国だ。
最近では自国だけで戦闘機を製造することすら可能になり、その性能は欧州で作られる機体と遜色ないものだという話だ。それに軍艦などの造船でも、大戦末期には欧州列強と肩を並べるほどの性能があったってのも聞いたな。
とにかく、この民族は技術の吸収力とそれを基にした開発力が異常だ。
「それで、そんなエリート研究員さんが、なんでこんな場末の酒場へ?」
「場末って……そこまでじゃないだろ、この店」
「元、研究員ですけどね……」
「確かに、場末ってほどじゃないか。ただ、エリートの来る店じゃないだろ」
この日本人をこんな店に連れてきてよかったのか、少々疑問だった。
しかし、俺の心配をよそにアンラクは話し始める。
「私は昨年、住友鉱業の傘下にある住友伸銅鋼管という会社で研究員になりました。主にジュラルミンについての研究です。ジャックさん、超ジュラルミンというのはご存じですか?」
「超……?いや、知らないな。ジュラルミンってのはアルミの合金だろ、ジュピターのピストンに使われている。今じゃ特別に珍しい物じゃないが」
「はい、そのジュラルミンを超えるものが、昨年ドイツで発明されたんです。私が研究員になった頃ですね。従来のジュラルミンとは違い、ケイ素を添加しているんです」
「はぁ、ケイ素……ケイ素ねぇ……?」
「その超ジュラルミンとは少しアプローチを変えて、私は亜鉛を添加することにしたんです。もちろんそれだけでは応力腐食割れを起こすので、マンガンの値を調整し、クロムを極僅かに添加し、適切な温度での熱処理を繰り返すことで、安定した超々ジュラルミンを完成させました」
「あぁ、うん、すごいことなのは何となくわかる。それで、その超々ジュラルミンは、最近発明された超ジュラルミンと比べてどれくらいすごいんだ」
「1.5倍、引っ張り強度は超ジュラルミンと比較して1.5倍になります」
俺はよくわからない、という顔をしながらアンラクから視線を外し、エドワードに助けを求めるように視線を向ける。
「通常のジュラルミンで作った機体と、このアンラクが創り出した超々ジュラルミンで作った機体、同じ強度でも重さを2割から3割減らせる。しかも翼の構造もより洗練されたものを設計できるから、速度も重さと同じくらい変わる、はずだ……」
「冗談、だろ……?全金属製の最新の航空機を、さらに2割軽量化、2割の速度向上が可能な素材がある、ってことだよな?」
「はい。その通りです。冗談でも、嘘でも、改ざんでもありませんよ。私の無能な上司は数値の改ざんだと言いやがったので、資料を全て燃やしてから会社を辞めてきました。あとお土産にサンプルも持って来てるので、実物を見てもらえれば信じてもらえると思います」
「え、いや、資料を燃やしたって……再現可能なのか?」
「もちろん。ここに全て入っていますから」
アンラクはそう言いながら、自分のコメカミを指でトントンと叩いた。
つまり、この世界で今のところ製法を知っているのは、このアンラクだけということらしい。
末恐ろしい話だ。
「ってわけだ。俺がどうして彼を連れて来たのか、分かってくれたか?」
「ああ。エド、とんでもない巡り合わせだ」
俺とエドワードの会話を聞いて、アンラクが口を挟む。
「そうでした、まだそちらの話を聞いていませんでしたね。あなたたちはこれから何をするつもりなんですか?」
俺とエドワードは同時に口を開く。
「「新型機の開発だ」」




