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第9話 後席

「やあ、あんたがジャックかい!噂を聞いたよ、フライング・ダッチマンのスパッドコンビを撃墜したってね!しかもそれを目撃してた対空要員の話じゃ、瞬殺だったってね!しっかし、あのフライング・ダッチマン号に出くわすとは運が悪いねぇ!あの不気味な三発エンジンの音、俺も下で聞いてたんだけど、思い出すだけでもチビっちまいそうだぜ!乗ってた機体はやられちまったって聞いたが、良く生き残れたなぁ!」


 俺は乗せてもらう手筈になっている護衛機の目の前で40代のおっさんに絡まれている。俺が口を挟む間もなく、まるで弾切れを起こさない機関銃のように延々と喋り続けている。

 こいつが護衛機のパイロットだと知って、俺はこの空の旅が不安になった。


「いやぁ、俺もねぇ大戦じゃ、ちょっと名の知れたパイロットだったんだぜぇ?アルデンヌで落とされて、徒歩で帰ったりな!あの時はほんとに死ぬかと思ったぜ!……」


 はぁ。早く弾が切れてくれねえかな。

 さて、肝心の俺が乗る機体。Airco DH.9か。俺のMk.1よりも旧式のオンボロだな。てか、こいつで輸送機仕様のFokker F.VIIについて行けるのか?

 ん?これは……


「エンジン換装してるのか?」

「その通り!こいつはイタリアのFiat A.12bisを無理やりぶち込んである!」

「確か、22リットルの大排気量エンジンだったか」

「詳しいじゃねえのぉ!ほれ、そろそろ出発だし、エンジン掛けるぞ!」


 おっさんは急いで機体に駆け寄る、のではなく、近くに止めてあったトラックに乗り込んだ。なるほど、人力での始動じゃないのか。

 機体の前に停まったトラックとクソデカエンジンがシャフトで繋がり、トラックのエンジンが唸る。

 しばらくすると、DH.9の心臓部から火柱が上がり大気を震わせる。


 大排気量エンジンの始動は久しぶりに見たな。


「おう、ジャック、早く乗れ!」


 俺はお喋り機関銃パイロットのおっさんに急かされながら、後席の銃座に乗り込む。

 旋回銃座にはルイス機関銃が1門取り付けられている。

 後席に乗ったのは初めてだが、何となく懐かしい感じがするな。


 機体は滑走路へと出て、離陸の許可を待つ。

 少ししてから、高さ30フィートくらいの管制塔から発光信号が送られて来る。

 次の瞬間、エンジンが爆音を轟かせ機体を急速に加速させる。ずいぶん大胆なスロットル操作だな。

 舗装された滑走路の上を爆音で突き進む。横に見える景色がどんどん流れていく。普段は計器類と正面に集中している離陸中は、こんな風に周囲の景色を見ることはない。新鮮で、何となく懐かしい。

 ん?いつまで加速してんだ。そろそろ機首上げする速度じゃ……

 そう思った瞬間、機体はグォっと軋む音を立てながら上昇する。急激なGが俺の身体を座席へと押し付ける。

 このおっさん操縦が雑すぎやしないか?俺はそう思って前方を見る。

 いや、そうか。別にこのおっさんが下手なわけじゃない。積まれているエンジンが重量級に換装されたせいで、機首が重くなったこの機体は重量バランスが前部に偏っている。滑走路から離れるのに苦労するわけだ。


 さっきまで機関銃のように話を続けていたおっさんは、操縦席に乗り込んでからは静かだ。

 機体は上昇しながらも加速していく。エンジン換装のおかげで、カスみたいな出力がかなりマシになっているらしい。2分ちょっと先に離陸したFokker F.VIIにあっという間に追いついている。

 護衛対象の右後方に陣取り、速度を合わせて飛行する。位置取りも速度の調整も、スムーズに行われている。おっさん、大戦ではそこそこ名の知れたパイロットだったと言っていたが、大法螺吹きなわけでもないらしい。


 右に大西洋、左には広大な新大陸を眺めながら北上していく。

 前方にはデラウェア湾が見え、今から湾の入り口を横断する。

 湾内には複数の大型船舶が見える。欧州と新大陸を繋ぐのは未だに海路だ。いつかはその主役が航空機に取って代わられる時代が来る、とくに旅客輸送はな。鉱物やら石油やらの重量物の大量運搬はあの海に浮かぶ鉄の塊が永遠に主役だろうがね。


 欧州では未だに大戦の残り火が各地で燻っているという。未確定の国境、戦乱で入り乱れた民族、鉛と毒ガスに汚染された大地。そんな祖国での暮らしを諦めて新大陸に入植してくる人たちは後を絶たない。

 今のところ、各植民地で土地が足りなくなったという話は聞かない。まだしばらくは住宅や農地のための土地は用意できるだろう。しかし、それも長くは続かないだろう。いくら広大な新大陸とはいえ、俺たち白人が支配しているのは沿岸部、そして北部にある五大湖のうちの2つの周辺だけだ。

 いずれは、白人たちは先住民の土地に手を出すだろう。前のインディアン戦争では、アパラチアの地形と先住民連合の予想外の強さに驚いた白人たちが和平をしたが、次の戦争がどうなるかは予想ができない。そもそも戦争が嫌で欧州から逃れてきた入植者を徴兵して戦いに向かわせることが可能なのかも疑問だ。

 だが、いつかはやる。それが10年先か50年先かはわからないがな。




 思考に更けながら、ずっと周囲の景色を眺めていると、いよいよニューヨークに近付いてきた。下にはサンディフックと呼ばれる半島があり、連合王国植民地海軍の沿岸要塞がある。

 そろそろ飛行制限空域に入るな。この先のニューヨーク都市圏は飛行制限空域に指定されており、特別な許可を受けた航空機以外は問答無用で撃墜される。

 護衛対象のFokker F.VIIと共に右に旋回して海上へ。このままロングアイランド島のロッカウェー岬を目指しながら飛ぶことになる。


 岬を越え海岸線をしばらく進み、ニューヨーク都市圏の外縁を行く。周囲にも同じように迂回している機体が複数見える。それとは対照的に都市圏上空には連合王国植民地軍の哨戒機が見える。こちらを監視するために徐々に接近してきている。

 複葉機に見えるが、見たことのない機体だ。おそらく新型機。エンジンの音は俺の元愛機と同じジュピターのようだ。

 俺が今乗っている機体と同じで、向こうも複座型。パイロットも機銃手も、こっちを見ている。

 そうか、このDH.9は向こうからしてみれば少し複雑な機体に見えているはずだ。

 機種転換する前に乗っていた機体に、異様なイタリア製エンジンが乗っていて、今は警戒する対象として飛んでいるんだからな。想像の域を出ないが、複雑な気分だろう。


 俺は両手を使い進路を示してから、尾翼にある商会のマークを指さす。

 哨戒機に乗った2人はそれを見て任務を思い出したのか、手を軽く振って応え、こちらから離れて行った。




 それからは特に何かがあるわけでもなく、ボストンの上空へと辿り着いた。

 ニューヨーク都市圏ほどではないが、ここもかなりの都市圏を築いており、歴史的にもここが連合王国新大陸植民地の首都になっている。

 ボストン港には数隻の戦艦と巡洋艦、大量の駆逐艦と駆潜艇が停泊している。新大陸でもっとも大きな軍港であり、この首都は海軍都市でもある。

 湾の中央に見たことのない艦影がある。艤装は載っておらず、甲板は真っ平になっている。まるで水上に作られた滑走路のようだ。いや、まさかな。海軍が用意した臨時の水上滑走路か大型機運搬用の貨物船だろう。

 湾沿いには灰色の工業地帯が広がり、何百とある煙突からとめどなく黒煙が噴き出している。製鉄所か造船所なのかは知らないが、重工業地帯であるというのがよくわかる。


 俺は時間を確認する。到着予定時刻の10分前。


「よぉし!ちっと早いが着陸許可を貰いに行くぞ!」


 前席にいるおっさんがそう叫びながら、護衛対象のFokker F.VIIの横に出てハンドサインを送る。

 そして機体を降下させ、都市の外れにある飛行場へと近付いていく。

 こちらが高度を落として滑走路付近に行くと、管制塔から発光信号が来た。

 Accept―09L―W180―5kn。

 着陸許可。降りる滑走路は09L。南風5ノット。

 必要最低限の発光信号だな。


 おっさんは滑走路の進入経路に向かいながら、機体を左右に振ってバンクを送る。

 上空にいた護衛対象はそれを確認して、降下を開始した。

 事前の手筈通り、先にFokker F.Ⅶを滑走路に向かわせた。

 こちらもそれに続いて滑走路へと降りる。

 とくにトラブルもなく、俺たちはフライトを終えた。




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