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第六話 模擬戦当日

 おれと優花さんは、あれから何度も打ち合わせや練習をし、二人きりでも以前ほど緊張せずに話せるようになっていたのだが……。



「コウ君……私たちは痛覚マックスで訓練するわよ」


 仮想空間内で、優花さんは手のひらの上にタッチディスプレイを表示させ、設定をいじりはじめる。彼女は物静かな印象とは裏腹に、かなり熱血でスパルタだった。

 春日先生が説明していたことを思い出す。


(模擬戦は皆さんの力量を確認するだけでなく、魔法の危険性を再度理解することも目的であるため、痛覚設定は普段より高めの六十パーセントで行います。それから——)


「たしか、痛覚を高く設定した状態でVRでダメージを受け続けると、心身に良くないって先生が言ってたと思うんだけど」


「……そのくらいしなきゃ修行にならないでしょ? あなたは転校したてで遅れを取っているんだから、このくらいやらないと」



 またある時は……


「……風よ、我が敵を切り裂け……! 『エアリアルスラッシャー』!!」


「……今のはなに?」


「詠唱と必殺技の名前よ」


 ……詠唱? 必殺技?


「えと……何のために?」


「え……名前、つけてないの?」


 相手に使用魔法やタイミングがバレてしまうのでは、とおれは思ったが、結局黙っていることにした。


「名前といえば……チーム名は私に任せてもらうわね」


 チーム『月とスッポン』……。そんな言葉が頭に浮かんだのだった。


 

 おれはそんな調子で優花さんと訓練を重ね、しごかれ続けた。

 トーナメントまで残り五日。一旦仮想空間を抜け、VRルームで休憩していた時のこと。


「はぁ……はぁ……き、キツイ」


 仮想空間内とはいえ、彼女の魔法を喰らい続けておれはグロッキーだった。それでも、かなり手加減してくれているようだったが。


「はい、麦茶」


「あ、ありがとう……」


 ゴクゴクゴク……。


「あんなにかわされるとは思わなかった。探知魔法が得意なだけあるわね」


 優花さんは隣に腰かけながら言った。


「いや……結局何回やっても近づく前にやられてしまうし、もっと被弾率を下げないと……」


 この調子では当日も足を引っ張るばかりで、密かに考えている作戦を遂行できない。本番が近づくにつれ、おれは焦っていた。


「ところで、コウ君は意図的に攻撃魔法の範囲を絞って密度を上げてるのよね?」


 手のひらを見つめ、少し考えながら話す。


「うん。ふつうに使ってもダメなんだ。魔力が分散してしまって、威力も射程も出ない。だから相手に触れるほどの距離まで近づかないとダメなんだけど、それができたとしてもたかが知れてる。やっぱり、攻撃は優花さんに任せるしかなさそうだよ……」


「私も効果範囲を絞ろうとしてみたんだけど……」


「……それで?」


 なぜそんなことをするのかおれにはわからなかった。彼女の魔法の威力ならば、わざわざ効果範囲を絞る必要などないからだ。


「あなたみたいに魔力を一点に集中するには時間がかかりすぎて、実戦では使えなさそうだった。けっこう高等技術だと思う」


「仕方なくそうしてるうちに慣れちゃったからよくわからないけど……」


「もっと収束させて、鋭く放つように訓練してみたら?」


 もともと期待していなかった攻撃魔法……。これ以上はやってみようとしたこともないのだが……


「……わかった。優花さんがそう言うならやってみるよ」


「うん。やってみる価値はあると思う」


 言い終わると、彼女は何かを思いついたような表情でおれを見る。


「どうしたの?」


「探知魔法も、同じ要領で範囲を絞ったりすることはできない?」




 ——模擬戦の前日、また夢を見た。

 例の少年は訓練場の丸太を雷魔法で焼き尽くし、おれを振り返ってはじめて顔を見せた。

 彼はおれにこう言ってはしゃいでいた。

 先生、この魔法に名前つけてよ! と。

 そしておれは、右手で少年の頭をなでる。


 目が覚めたとき、おれの左目からは涙が流れていた。少年の顔は、もう思い出せなかった。




 模擬戦当日を迎え、各々VRマシンの筺体に入ってヘッドギアを装着し、仮想空間へダイブする。

 仮想空間内に再現された演習場は、古代ローマのコロッセオを彷彿とさせる円形闘技場だ。しかし、空中に表示されている巨大スクリーンだけが近未来的で、ちぐはぐな印象を与える。


 早苗とカオルの姿を見つけ、声をかける。カオルがいつものように手を挙げ、早苗が「今日はがんばろうね!」と元気なあいさつを返してくれる。


「かっこいいね、早苗」


 仮装空間内では、自分の衣装を好きなように設定できる。


 早苗は帽子ににゴーグル、ジャケットとショートパンツという、スチームパンク風のスタイルだ。肩にはショルダーバッグをかけている。

 全体的にブラウン系の配色でまとめており、統一感がある。


「でしょー? こことか、細部までこだわってみました!」


 カオルはいつもの青い運動着である。


「動きやすいのが一番だ」


 かくいうおれも運動着を少しアレンジしたに過ぎないのだが。色のベースをグリーンとブラックに変更し、ラインを適当に入れて質感を変えてみた程度だ。


 ほどなくして、優花さんもそこへ合流する。


「おはよう。……いよいよね」


 優花さんの衣装は主に黒で統一されていた。

 ボタンシャツにケープ、膝丈のスカートにニーハイソックス。所々に施された刺繍やフリル、そして首元と腰のリボンは白色だ。決して派手な配色ではないのだが……


「優花ちゃん、かわいい! 魔法少女みたい!」


 早苗の言葉に、優花さんは顔を赤らめる。

 おれは、優花さんがこんな衣装を設定してくるとは思わなかった。

 ……反応を見るところ、彼女の中でよほどのせめぎ合いがあったのは想像に難くない。

 腰には先に星のついたステッキがささっていることに気づいたが、おれは何も言わないでおくことにした。


 それにしても、こうして四人並ぶと世界観がぐちゃぐちゃだ……。他の生徒も思い思いの衣装で目がチカチカしてくる。まるで仮想大会だ。

 

 男子が何人か寄って来て、優花さんに「かわいいね」と声をかけると、彼女は「深瀬君がどうしてもって言うから……」などと答えるのだった。



「優花ちゃんが名付けてくれた必殺技を使うのが楽しみだよ!」


 そして、優花さんはどうやら必殺技に名前をつける文化を流行らせようとしているらしかった。


 ピンポンパンポン……


『みなさん、おはようございます』


 春日先生の声だ。


『本日はいよいよ模擬戦です。各チーム、日頃の成果を遺憾なく発揮してがんばってください。それでは、トーナメント表を発表します』


 巨大スクリーンとそれぞれのタッチディスプレイに、トーナメント表が表示される。どのチームも名称を変更しているから、パッと見はどれがどれやらわからないが……


『Cチーム:アーベント•シュテルン』


 あれか……。響きからしてドイツ語のような気がするが……。


「……なんかかっこいいね。どういう意味なの?」


「それは……あとで自分で調べて」




 チーム数が十なので、トーナメント方式では逆シードといえばいいのか、どうしても四チームは一試合分多くなる。おれたちは、その逆シード権を引き当ててしまっていた。


「次の対戦チームが私たちの一試合目を観戦している……。できるだけ手の内を見せずに戦いましょう」


 早苗とカオルのチーム『モンキー&ゴリラ』とは、順調に勝ち進めば三試合目の準決勝で対戦することとなる。


「ひどいでしょ〜、このチーム名! カオルが勝手に登録しちゃったんだよ〜! もっとかっこいいのがよかったのにぃ!」


「……ぷッ」


 早苗とカオルを見比べた後、優花さんが軽く吹き出す。


「あ! 優花ちゃんまでひどいよぉ……!」


「ご、ごめんなさ……ふふ」


「……もぉ〜」


 早苗は頬を膨らませるが、優花さんの意外な一面を見てうれしそうでもある。


「……コウくんたちは逆シードですぐ試合かぁ。私たちは上から応援してるね。それでは、チーム……えっと、ア、アベ……なんとかの諸君! 準決勝で会おうぜ!」


 そう言って早苗たちは観客席へ上がっていく。


「……私たちは試合会場へ行きましょう」

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