第五話 スライディング•テーエン
「はぁ……」
「どうした、コウ。疲れてんのか?」
「いや、模擬戦どうしたものかと……」
「霞との打ち合わせ、うまくいってないのか?」
「初日にいらぬことを言ってしまったみたいで、なんだか気まずい雰囲気に……」
それに……
「大体、なんで模擬戦なんかやるんだろう。将来的に実戦の機会がそんなにあるとも思えないし……トーナメント方式なんてまるで大会みたいだし」
「ガス抜きの意味もあるのかもしれないな。あとは、単なる恒例行事か昔の名残、てところか」
ガス抜きか……。
『力を試したくてついやってしまった』という理由で魔法犯罪を犯す者がいたりする時代だ。カオルの言うとおりかもしれなかった。
それに、『魔法を使える子どもを検査して管理すべき』といった意見を聞いたこともある。学園としても、生徒の力量は把握しておかねばならないのかもしれない。
廊下でそんな話をしていると、パタパタと早苗がやってきた。
「なになに、コウくんなんか落ち込んでる?」
「霞との打ち合わせがうまくいってないんだと」
「そっかー。まぁ、霞さんとペアになったら、あたしでも緊張するかも」
顔を見合わせる早苗とカオル。
「ね、放課後、久しぶりに三人で『パンダ珈琲』か『スライディング•テーエン』行こうよ! 近況報告しよッ?」
「……そうだな」
「でも、二人も模擬戦の練習とかあるんじゃ……」
「あ〜いいのいいの! VR使えるようになったら身体動かしながらやるから。まだ予約も取りずらいし」
カオルが黙って頷く。
打開策も思いつかないし、気分転換したいところだった。正直、ありがたかった。
そして放課後。
「いこッ! 二人とも!」
「うん」
席を立つ時、チラリと霞さんのほうを見ると、目が合ってしまった。
彼女は一瞬何かを言いかけたように見えたが、すぐにどちらからともなく目を逸らし、おれたちは教室から出て廊下を歩き始める。
「…………」
「急に立ち止まってどうした?」
「あのさ……ファミレス、霞さんも誘っていいかな?」
「あたしはいいけど……霞さんファミレスなんて来るかな?」
「とりあえず声かけてみたらどうだ?」
「……。ありがとう、先に店行ってて」
走って教室に引き返す。どうして霞さんを誘おうと思ったのか、自分でもはっきりとはよくわからなかった。
理由もわからず、彼女のことが気になっているせいかもしれないし、模擬戦のために、少しでも仲良くなるきっかけがほしかったのかもしれない。
でも、たぶんそんなことよりも……
(まだ帰っていませんように!)
祈るような気持ちで教室の入り口から中を除くと、窓から差し込む夕日に照らされ、一人自席に残っている霞さんがいた。その姿に一瞬心を奪われていると、彼女がこちらに気づき、視線が交差する。
「霞さん」
「深瀬君、どうして……」
「……一緒に『スライディング•テーエン』行かない?」
教室を出る時に見せた彼女の目が、なんとなく寂しそうに見えたからかも知れなかった。
「二人ともお待たせ」
カオルと早苗は、『スライディング•テーエン』の入り口で待っていてくれた。
カオルは黙って手をあげ、早苗はうれしそうに言う。
「霞さん、来てくれたんだ!」
心なしか、霞さんは少しもじもじしているように見える。
「私……邪魔じゃない?」
「全然そんなことないよ! コウくん、霞さんと仲良くなりたいんだって! ね?」
「こいつ、霞とうまく話せないつって、悩んでんだよ。だから仲良くしてやってくれ」
そうなの? といった表情で、霞さんがおれの顔を見る。そのうえ、二人がそんな風にはっきりと言葉にするものだから、先ほどの彼女の姿を思い出し、おれの顔は少し熱くなる。
「……とにかく中に入ろうよ」
四人で店内の席に座り、メニューを眺めながら話す。
「……こういうところに来るの、はじめて」
「あ、やっぱり? 霞さん、ファミレスってイメージないもんね」
「……変かしら?」
「全然そんなことないよ! あたしも来るようになったのは学園入ってからだし。えっと、あたしのおすすめはねぇ……」
さすが早苗……転校初日におれに話しかけてくれたときと同じだ。
本人はそんなつもりはないのだろうが、彼女が会話をリードし、少し警戒しているようだった霞さんの表情がだんだんほぐれていく。
「うそ……この値段で飲み放題なの!? ファミレスって一体……!?」
メニューにかじりつくようにして叫んだあと、我に返ったようにハッとして辺りを見回す。
「あ……」
「霞さん……そんな話し方もするんだね」
意外に思い、おれはそう言う。学園での彼女は、務めて他人と距離を取ろうとしているような感じがしていたからだ。
「ほんと……教室と全然違うから少し驚いたけど、あたしは好きだよ!」
「そ……そう?」
少し恥ずかしそうに言って、耳に手をやり乱れた髪を直す。
「霞さん、よかったらあたしたちとまた一緒に来ようよ!」
カオルが頷く。
「気を使う必要は微塵もない」
「……うん」
「霞さん、今日は急に誘ってごめん。でも、模擬戦の日も迫ってるし、こないだのこと謝りたくて……」
話が落ち着いてきた頃合いを見計らって、彼女に話しかけた。
「こないだのこと……? あぁ、図書館でのこと?」
「そう。あの時は余計なことを言ってしまって。それにおれ、なんだか緊張してて話しづらかったよね。……ごめん」
早苗とカオルはおれたちを気遣ってか、二人だけで何か話している。
「……私のほうこそ、ごめんなさい。でも、あの時大きな声を出したのはそれだけじゃなくて……」
「え?」
「先生にも絶対バレない自信があったのに、風魔法が簡単に見破られたのが悔しかったの。同時に、驚きでもあった」
「驚き?」
霞さんは頷く。
「……そこまで探知魔法に優れている深瀬君となら、優勝が狙えるかも知れない」
そう言う霞さんを見て、模擬戦を憂鬱に思っていたおれの気持ちは、だんだん彼女の期待に応えたいというものに変わっていく。
「ところで、三人ともお互いのこと下の名前で呼ぶのね?」
「コイツが遠慮ないからな。自然にそうなる」
カオルが早苗を親指で差して言う。
「えー、仲間なんだからいいじゃん!」
「あの……」
霞さんが何か言いかけようとして、口ごもる。おれは気になって、先を促す。
「……霞さん、言いたいことがあるの?」
「あたしたちでよければ聞くよ?」
霞さんは絞り出すように、次の言葉を口にする。
「……迷惑じゃなければ……私も仲間に入れてくれる?」
「え、あたしたちもう同じ釜の飯を食った友達で仲間じゃん! 霞さん!」
間髪入れずに即答する早苗と、特に突っ込むこともなく頷くカオル。
「改めてよろしく。霞さん」
おれが手を差し伸べると、霞さんはこう言う。
「……できれば、私のことも下の名前で呼んでほしい」
「じゃあ……優花さん?」
「うん! 優花ちゃん!」
「優花でいいか?」
三人同時に口にして、顔を見合わせる。
「……ありがとう。コウ君、早苗ちゃん、カオル君……。よろしくね」
優花さんは少しだけ笑った。こんな表情もするんだな……。
おれは無意識に握手を求めてしまったので、手を握っていることに今さら気づき、少し恥ずかしくなる。
ふと殺気を感じて周囲を見回すと、店内に何人かいたクラスメイトが、おれの方を睨んでいることに気がついた。
早苗や男子の話からすると、優花さんは学園のアイドルと言っても過言ではない。
そんな彼女と、未だ得体の知れない転校生が手を握っている姿は、彼女のファンから反感を買うのも当然の景色かもしれない。
「優花さんは、模擬戦で優勝……したいんだよね?」
「ええ……。もちろん」
これは使えるかもしれない、とおれは思った。




