第三十三話 引力
「深瀬コウ……。お前、気づいているようだな」
「過去と未来か見えているだと……? コウ」
「こいつの目的はおそらく、過去にさかのぼってユーカの肉体を手に入れることだ」
「え……! そんなのどうやって……!?」
「少し前に話したように、ユーカの未来予知は未来のユーカと無意識に念話のようなものでつながっているんだと思う。ということは……」
「過去のユーカも、目の前にいる現在のこいつと繋がっている、ということか」
俺は浮岳から目を離さないまま頷く。
「お前の目的は歴史の改変だ。そうだろう、浮岳明彦」
俺がそれを口にした瞬間、浮岳の表情が引きつる。
「……」
「お前は過去に遡って文明を滅ぼし、かつて魔法が世界を支配していた世界。それを取り戻そうとしている」
ユーカとも優花さんともちがう、冷たい目。
「……そうさ。オレは魔法を追いやった文明を憎み、科学を憎み近代兵器を憎み、時代遅れだと私を見下す目を憎む……!」
憎悪に満ちている声だった。
「そんなことが可能なの……? それに転魂して乗っ取った肉体は数年で死んじゃうって……!」
「こいつは今、過去や未来に無数に存在するユーカと繋がっている。そのユーカ、あるいは優花さんへの転魂を繰り返し続けるつもりなんだッ! 未来永劫……!!」
「それじゃ……そのたびに何人ものユーカや優花ちゃんが犠牲になるということ!?」
「なんて野郎だ……!」
浮岳の目は俺たちを見ているが、その目に俺たちは映っていないようだった。
「この魂と肉体を手に入れた今……そんなモノともこれでお別れだ」
浮岳は俺に向かってさらに言う。
「そ、そうだ……! 浮岳の探知……。最後にお前さえ戻ってくれば、より確実性が増す……! VRでお前の魂を取り込み、またこの肉体に戻れば……」
「コウくんの魂も手に入れようと言うの……!?」
「何度でもやり直してやる。オレの、私の理想……魔法使いが最も必要とされ、輝ける世界を作るまで。……何度も、何度でもだッ!!」
浮岳の目が俺を映し出す。
「なんとしてもお前を取り戻す! それは私の探知魔法だぁッ!!」
「く、来るよ!?」
ユーカが言っていた。予知も完璧じゃない。チェスのようなものだと。無数に存在し、直前まで変わり続ける未来に百パーセント対応することは不可能だと。
浮岳は、無数の可能性から取るべき最善手を選びとるのが抜群に上手いようだが、判断しているのはあくまでも奴自身。ならば。
「早苗! カオル! 隙を作ってくれ!! 一瞬だけでいい!!」
「!」
二人は俺が森にいた一ヶ月間、ユーカにしごかれ続けていた。予知能力を相手にするのは慣れているはずだ。
「!」
「『フォーリング•スター』!!」
早苗の発射した石が浮岳に向かう。しかしそれは浮岳には命中せず、やつをとり囲むように地面に落ちた。
「どりゃあああ!!」
早苗が地面に手をつくと、浮岳の周辺の土やさきほどの石がめちゃくちゃに波打ち宙に舞って暴れ、浮岳の視界を塞ぐ。
「……!」
カオルが接近し、至近距離で浮岳に攻撃を繰り出す。同時に、浮いた石をでたらめに殴りつける。
その石は他の石に当たり、ピンボールのように弾き弾かれ、浮岳とカオル自身を襲う。カオルは『オート•リカバー』で耐えつつ、それを繰り返す。
浮岳は身体中から風魔法を放出。土や小さな砂利は吹き飛ばされたが、石はまだ残っている。
「カオルごめん! でかいの行くよ!!」
早苗の残りの残弾すべて。それが浮岳とカオルを襲う。使い手にも予測不可能なピンボールの嵐。
浮岳はたまらずシールドを展開。石の嵐とカオルの打撃をやり過ごそうとする。
シールドを張った浮岳に、カオルがパンチを突き上げる。身体が地面から浮く。そこをもう一発打撃が襲い、浮岳の身体は高く打ち上げられた。
同時に、土や小石で覆われ、質量を増した早苗のボードが地面すれすれに滑空していき、浮岳の真下でホップして激突、その身体を宙へと運ぶ。
「ちぃッ!」
浮岳が身を捩ると、ボードは空へと飛んでいった。
「この手は飽きたぞ! 早苗、カオル! だが、最後の一手だけは褒めてやる!」
浮岳が空中から電撃を放つと、早苗とカオルに命中、二人が倒れる。
「きゃああ!!」「うぐっ……!」
俺は浮岳よりも高いところから、やつに向けて落下している。
『ブッシュ•バイパー』で気配を絶ち、早苗の飛ばしたボードにしがみついていた。
俺の身体は、早苗が土や小石で覆い隠してくれた。
二人が作ってくれた隙。無駄にはしない。
「!?」
浮岳が何かを察知して空中で真上に向き直ると同時に、俺は奴にしがみついた。二人は、そのまま落下してゆく。
「お前、どうやってそこに!?」
俺は浮岳を、そして、ユーカと優花さんを力いっぱい抱きしめた。
白い世界だ。
優花さんの後ろ姿。追いついた。
(優花さん!)
優花さんが振り返る。
(来てくれたのね、コウ君)
(……来たよ。君に会うために)
彼女は顔を伏せる。
(……でも遅かった。私はもうすぐ完全に消えてなくなるわ。わかるの)
(そんなことさせない! どんなことになっても、俺が君を探知してみせる……! 俺を信じて)
(……)
優花さんは頷く。
(……力を貸してくれ! ユーカ!)
優花さんの表情が変わっていく。
(コウ……)
(……ずっとお前の存在を感じていたよ、ユーカ)
(だがもうすぐ消えて、オレと浮岳はひとつになっちまう)
これまで見せたことのない、弱気な表情。
(ユーカ……。まだそこにいるなら、念話で俺にお前の存在を送り続けてくれ。俺もユーカを探知し続けるから)
(……どうするつもりだ)
(……信じてほしい。できるかわからないけど、やるしかない)
フッ、といつものように鼻で笑う。
(……いいぜ、オレもできるかわからないが……。いや、やってやるよ)
浮岳は全身から魔力を放出し、俺を引き剥がす。
やつは風魔法により穏やかに着地したが、俺は地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がった。
「やはりお前は不快だ……!」
俺は膝に手をついて立ち上がり、浮岳の中のユーカを凝視する。
……ユーカを感じる。浮岳の中のユーカと、さらに、その先……!
瞬間、俺の意識はあらゆる時空のユーカとリンクする。一生分以上の情報が一気に脳内に流れ込んでくる感覚。
「ぐッ……あぁ!」
頭が割れそうに痛い。視界が歪む。ユーカはこんな世界を見ていたのか。長くは戦えそうになかった。
「……なんだ……この感覚は。深瀬コウ……!! それは私の魂だぞ!! 勝手なことをしているんじゃあないッ!!」
「……お前に二人は渡さない……!」
そこからの奴との戦いは、無数に枝分かれした未来を選び、選ばせるフェイントとブラフの応酬……そしてお互いの先の手が見えている、なのに永遠に決着がつかないチェスのようだった。
「きさまああぁ!! それは私の! 私だけの力だ!! きさまごときが手にしていい力ではない!!」
このままでは俺の脳が先に焼き切れる。
「もらったぞ!!」
「しまっ……!」
カオルが盾となり俺の前に立ち塞がった。
「カオルッ!?」
カオルは俺の頭に手を乗せて『オート•リカバリー』をかけ、何かを手渡して倒れる。
「死に損ないがぁッ!!」
カオルの回復のおかげで、また少し戦える。
俺は浮岳の攻撃をかわし続ける。
一撃だ。俺はいつもそうだった。一撃で決めなければならない。
ほんのわずか、ユーカの力が『旋律』とともに流れ込んで力を感じる。
決して強くはない、かすかな力。でも、この世界を支配している力。俺たちを引き合わせた力だ。
これを最後の一撃に込める。
浮岳の攻撃魔法発動に合わせて、左手に持った石に魔力を込めると、俺はそれに引っ張られ、急加速する。早苗の魔力が宿った石だ。致命傷となるはずだった魔法はわずかにタイミングがずれ、俺の右足をえぐった。
届く。二人の呼ぶ声が聞こえる。
俺に探知が与えられたのは、きっとこの瞬間のためだ。君たちを見つけるために。
そして、これは魂の奥底、無限遠の彼方にまで届く刃。やつに触れる瞬間、俺は白い世界で浮岳と対話する。
(深瀬コウ!! お前も私だ!! 私のものだあぁッ!!)
(そうさ。俺はあんただ。だけど、あんたとは違う)
浮岳の顔がはっきりと見える。
(いくら魂を分割しようと、あんたは最初から最後までひとりで盤上ゲームをしていただけだ。だがあいにく俺は、一対一の勝負をしていたつもりはない)
(きさまもこちらへ来い! そうすれば完全にこいつらを従えることができる! 世界を作り変えることが……)
(願い下げだ。消えろ……お前が奪ってきた悲しき魂とともに)
(それは貴様もだろうがあ!)
(……そうさ! だから聞かせてやる。俺たちが目にする、最後の魔法の名を!)
「『グラビトン……ッ』」
「やめろおおおお!!」
「『セイバアァァーーーッ』!!」




