第三十二話 浮岳明彦その四
夢を見た。白い世界。
少し先に優花さんの後ろ姿。なぜかそれはユーカではなく、優花さんだとわかる。
俺はちゃんと俺自身。左腕もちゃんとある。
優花さんは向こうへ歩いていく。なぜか、優花さんの顔を思い出すことができない。呼び止めようとするが、声を出すこともできない。
優花さんが遠くなっていき、最後に彼女の声だけが聞こえた。
(コウ君、私を探知して)
目を覚まし、辺りを見回す。俺の部屋。まだ外は真っ暗だ。
『ユーカ、聞こえるか!?』
念話を試みるが、ユーカは応えない。電話も繋がらなかった。
「早苗! ユーカが部屋にいるか見てきてくれ!」
『ど、どうしたの急に?』
「お願いだ! 嫌な予感がする!」
通話口からドアを開ける音と、早苗の走る音が聞こえる。
『鍵が開いている……。ユーカ? いるの?』
…………
『コウ君! ユーカがどこにもいない!』
俺はさっと着替え、窓から外に出る。一階だったことに感謝した。女子寮の玄関の前に行くと早苗がいた。
「コウ君!」
「今ならまだ探知できるかもしれない……!」
「あたしはカオルに連絡するよ!」
俺は玄関を凝視し、魔力の残り香の探知を試みる。
「早苗! 何があった!?」
カオルが来たようだ。
「ユーカがいなくなっちゃったの! 今、コウ君が探知しているんだけど……」
微かに魔力の残渣と通り道を探知する。女子寮の玄関から出て、どうやら校舎に向かったようだった。
「追いかけよう!」
「ボード持ってくる! それで二人を引っ張れば速いから!」
俺たちは地面すれすれを滑空する早苗のボードに掴まり、校舎に向かった。
「なんでユーカは一人で行ったのかな!?」
「わからない……けど、浮岳の目的はユーカの魂だ。時間がないかもしれない!」
校舎の入り口が開いていた。セキュリティアラームは鳴っていない。
「はぁ……はぁ……」
早苗は俺とカオルの二人をボードに乗せてここまで飛び、疲れているようだ。
「早苗、ここで休んでいろ」
「ううん……大丈夫。あたしも行くよ」
俺たちはユーカの魔力の残り香を辿る。行き先は予想どおり、VRルーム。
カラーコーンとバーを飛び越え使用禁止の貼り紙が貼ってある扉を開けると、暗い部屋でモニターやランプが光っている。
システムが起動していた。使用中の筐体は三つ。ユーカの他は、吉岡佳織と鬼頭凛の肉体に違いない。
「はぁ……はぁ……」
「動いてる……。システムは停止されたはずなのになんで……!?」
吉岡佳織に入っている浮岳……学園のセキュリティを無効化し、VRシステムを起動することは、奴なら可能だ。
筐体の一つの扉が開き誰かが外に出てくる。俺たちは身構えて、そいつが顔を見せるのを待つ。
「……ユーカ!? よかった! 無事だったん……」
「早苗違うッ!!」
駆け寄った早苗に、ユーカは魔法を放つ。
「きゃあッ!!」
鮮血が宙に迸る。
「カオル!!」
傷ついたのは早苗を庇ったカオルだった。
「ぐっ……平気だ……!」
カオルの左腕から血が流れているが、すぐに回復魔法をかけている。幸い、大事には至っていないようだ。
「そんな……!!」
間に合わなかったか。
「……やっと、私のものになってくれた……」
「浮岳明彦……ッ!」
俺は優花さんの姿をしたそいつを探知する。魔力の中に、間違いなく浮岳の気配を感じる。ユーカ、そして優花さんが取り込まれてしまった。
「あのとき、吉岡佳織が保険として暗示をかけておいてくれてよかった……」
「暗示……?」
「そうだ。交流戦の際、一時的に魔法を使えなくするプログラムとともにね」
ユーカが自らここへ来るように……だからあの時あっさり引き下がった。もしかしたら、それがユーカの予知も惑わしたのかもしれない。
「やるなら外に出ようじゃないか。火事にでもなったら大騒ぎになる。それに、貴重なVRシステムだ。壊したくない」
「コウ、そのほうがいい。それに、ここは狭すぎる」
「安心しろ。不意打ちなどしない。私が前を歩こう」
俺たちは浮岳を先頭にし、校舎からグラウンドに出る。
「それにしても、吉岡佳織はぺらぺらと余計なことを喋ってくれたもんだ。どうも肉体の性格が出てしまってよろしくない」
グラウンドに出た瞬間、俺は地面を蹴って浮岳に向かっていく。
「おいおい兄弟。少しは話を……」
俺の推測が正しいなら、絶対にここで決着をつけなければならない。
「ユーカと優花ちゃんを返せッ!」
「……」
カオルと早苗も動き出す。
「お前らごときに……出来るわけないだろうがッ!」
浮岳が両手をこちらに向けると、閃光とともに電撃が俺たち三人を襲った。俺は探知して回避、早苗は手に持った石に推進力を与えて加速、カオルはサイドステップでかわして突進。
夏休み中に散々扱かれていた二人は、ユーカの魔法が身体に染み付いているようだった。
「さすがオレが鍛えただけのことはあるッ!」
「ユーカの真似はやめろ!」
一度一箇所に集まり、カオルが俺たちに『オート•リカバー』をかけたあと、散り散りに別れる。
「『プラズマ•ステークッ』!!」
空を切る。一歩分、踏み込みが足りなかった。
「『ソニック•ブレイカー』!!」
そこへ早苗の投石二発。
「『ヴァリアブル&マニューバッ』!!」
石が途中で減速する。
カオルはすでに背後にまわっている。それを振り返りもせず、浮岳は右手を左脇の下から後ろへ向け、電撃を放った。吹っ飛ばされるカオル。
減速した早苗の石が再び加速し、不規則な軌道を描く。シールドに弾かれた。もう一つは身体を逸らして避けるが、少しだけよろける。そこへもう一撃を試みる。
「『プラズマ•ステ……ッ』!!」
地面から鎖が伸び、俺の右腕に絡みつく。攻撃の瞬間を狙われた。すり抜けることができなかった。幾度となく見た『エアリアル•バースト』が来る。
「くっ……!」
俺は『ブッシュ•バイパー』により風属性の魔力を見にまとい、それをやり過ごした。
「はっ……!」
浮岳の手のひらが目の前に迫っている。が、やつは突然後ろに飛び退く。その前をカオルの拳が通り過ぎた。
「ちっ……!」
「カオル!!」
「……俺は平気だ」
『オート•リカバー』と回復でなんとか電撃を持ち堪えたようだ。
攻撃がすべてかわされた。そこに来ることがわかっているような動きだった。
「『プラズマ•ステーク』か……。ダメじゃないか……『フォトン•ピアッサー』で来ないと」
浮岳は親指で自分の胸を指し、挑発するように言う。
「オレとの約束を果たせよ! コウ……!」
こいつはやはり、肉体の記憶を持っている。しかし、今はそれよりも重要なことがあった。
「お前……未来が見えているのか」
「……そのとおりだ。私には未来、そして過去すら見える。かつてのオレ以上にな」




