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第三十一話 深瀬コウ

 父親に電話した俺は、死んだ祖父のことを尋ねた。


「父さん、死んだおじいちゃんのことだけど、魔法が使えたんだよね?」


 父は一瞬黙ってから、言葉を紡ぐ。


『……ああ。それがどうかしたか?』


「いや、興味本位だよ。あまり話を聞いたことなかったから……」


『……そうだな。少しだけ使えたみたいだ』


 ……。


「……みたい? 親子なのに、父さんよく知らなかったの?」


『……。いつからかわからないが、急に使えるようになったらしい。お前が生まれる数年前だったかな』


「……」


「忘れ物を取りに家に帰ったとき、偶然見たんだよ。気がついたらできるようになってたんだと。まぁ、大したことはできなかったようだが……」


 探知魔法のことは隠していたのか。


「そっか。……俺が生まれてからすぐに亡くなったんだよね? どんな人だったの?」


『……急にどうしたんだ、じいさんのことなんか聞いて』


 やはり、何か話したくない理由があるらしい。


「知りたいんだ。ほら、家族で魔法使えるの、おじいちゃんと俺だけだから」


『…………』


「ごめん、興味本位というのは嘘だ。うまく言えないけど、大切なことなんだ、父さん」


『……そうだな。お前ももうすぐ十七歳だ。話しておいてもいいのかもな』


 そう言う父の声は、少し緊張しているように聞こえる。


『俺がじいさんの魔法を目撃する少し前だが、なんだか人が変わったように思えてな。他の家族や周りの人は気づかなかったみたいだが……』


 …………。


『認知症とか、そういう感じじゃなかった。うまく説明できないが、違和感があったんだ。俺の知っている親父じゃない、ってな』


 しかし、それだけが話したがらない理由ではないだろう。俺は次の言葉を待った。

 父は、一度ため息をついてから続ける。


『……お前が生まれて、半年くらいのときか。じいさんがお前を連れて、どこかに消えちまったんだ』


『……それで?』


『警察に捜索願を出して、家族と親戚総出で探したよ。見つかったのは五日後、場所は家から七キロほど離れたところにある、廃校になった中学校。発見したのは……俺だ』


「……どんな様子だった?」


 少しだけ鼓動が早くなる。しばらくの沈黙のあと、父は口を開いた。


『じいさんは死んでいた。……そして、お前は泣きもせずじいさんのことをじっと見つめていた。……何があったか知っているのは、死んだじいさんだけだ』


 ああ……やっぱりそうか。


『それからしばらくの間、お前はほとんど泣くことがなくなり、なんというか……ただ周りを観察し、淡々と生きているような感じだった。だんだんと元に戻っていったが、その間は全然赤ん坊らしくなかった。連れ去られたショックが大きかったのかもな』


 一度速くなった鼓動は、いつもどおりに戻っていた。


『……俺と母さんが話したがらなかった理由、これでわかったろ?』


「うん。話してくれてありがとう、父さん」


 俺が電話を切ろうとしたとき、父が付け加える。


『ああ、それとな。じいさんだが……』


「?」


『お前のことを可愛がっていたよ。少なくとも、いなくなる直前まではな』


 父との通話を終えてベッドに仰向けになり、自分の左手を眺めてみる。自然に出るため息。




 俺は男子寮を抜け出し、植え込み前のベンチに座っている。寮の敷地に建てられた街灯には、虫が群がっていた。少しすると、足音が近づいてくる。俺はそちらを向いて言った。


「みんな、呼び出してごめん」


「まったくだ。疲れてるんだぜ、オレは」


 ユーカはあくびをしながら言った。


「さっき電話で話したばかりだろう」


「でも、たまにはいいんじゃない? こうして夜に外で話すのもさ」


「……少し話がしたくてさ。座ってよ」


 ユーカは片眉をあげ何か言いたそうにしたが、黙って俺の隣に座る。早苗とカオルも座り、ベンチはぎゅうぎゅうになる。


「狭ッ……」

「…………」


 ユーカがカオルを見てそう言ったが、カオルは聞こえないふりをしているようだ。


「で、話ってなんだよ。わざわざ呼び出したからには重要なことなんだろうな?」


「たぶんね」


 これを話してどうなるのだろうか。何かメリットがあるか? やっぱり話すのをやめようか。


 …………。


「早苗、カオル。転校してきたばかりの俺に話しかけてくれて、仲良くしてくれてありがとう。本当にうれしかった」


 俺は少し身を乗り出し、ユーカの向こうに座っている二人を見て言った。


「え……? どうしたの? 突然」

「……」


「いや……言いたかっただけ。少しだけ聞いてくれる?」


 早苗とカオルは黙って頷いてくれる。


「優花さん。優花さんと組んだ模擬戦、優勝はできなかったけど、本当に楽しかった。岬で君のことを色々話してくれて……そして俺を守ってくれてありがとう。ごめん」


 俺がユーカの目を見て言うと、彼はこう言う。


「優花には聞こえちゃいねーよ。たぶんな」


「それでもいいんだ」


 ユーカの目を見ながら、俺は続ける。


「ユーカ。ユーカに会えなかったら、俺は弱いままだったと思う。はじめはなんて粗暴なやつなんだと思ったけど、今はそんなユーカが結構好きだ。……優花さんを守るための戦いのつもりだったけど、今はお前にも消えてほしくないと思ってる」


 ユーカはプイ、と顔を背け、ぼそりと言う。


「……変なやつ」


「……短い付き合いだけど、みんなに会えなかったら、今の俺はいなかったよ」


 これは紛れもない、俺の大切な気持ちだ。俺だけの。



「俺は、浮岳明彦らしい」


「……あ?」

「え……」

「……」


 もしかしたらユーカは気づいているのではないかと思ったが、そうではなかったようだ。

 

「うん」


「何が『うん』だ。お前何言い出すんだ?」


「俺の祖父が浮岳のうちの一人だったんだ。生まれたばかりの俺の肉体を乗っ取って、そのまま成長したのが俺ってこと。……らしい」


「……あほらし。夢でも見たのか?」


「そ、そうだよ! たしかユーカが言ってた! えと、なんだっけ……乗っ取られた肉体は、数年で死んじゃうって!」


「……歪な魂に肉体が耐えられない、ということだったな? ユーカ」


 ユーカは短く「そうだ」とだけ答える。


 俺は吉岡佳織の口から発せられた言葉、そして父から聞いた話を三人に伝えた。


「……自我が希薄な赤子だったから、魂がうまい具合に溶け合って肉体に定着したんだと思う。そのかわり、浮岳としての記憶はほとんど消えてしまった」


 だれもが赤ん坊の頃の記憶を覚えていないように。


「俺が見る夢がいつも浮岳視点であることや、浮岳の魔力が特に探知……というか、理解しやすいことも、それで説明がつく」


 それだけが、俺に残された浮岳のわずかな痕跡。だんだん、ユーカの顔が険しくなる。


「浮岳は、元々は探知魔法も得意だったんじゃない? ちがう?」


 ユーカは唐突にベンチから立ち上がり、俺に手のひらを向ける。その目には複雑な感情が渦巻いているように見えた。


「ちょ……ッ、ユーカ!?」


 立ちあがろうとした早苗をカオルが制止する。


「カオル……」


 ユーカの手のひらは俺に向けられたままだ。


「お前……冗談でも許さねえぞ……!」


 ユーカの目はそうは思っていないようだった。


「俺はたしかに深瀬コウだ……それは間違いない。でも状況と俺の直感が、俺は浮岳明彦だと告げてもいる」


「コウ君……」


 早苗とカオルはこれまでどおり接してくれるかもしれない。しかし、浮岳と因縁のあるユーカは、そう簡単に割り切れないだろう。

 育ての親で、魔法の師匠で、狂気に取り憑かれ自分を死ぬまで追い詰めた男。


「ユーカ……俺はあいつらとは違うと思う。出会ったばかりで簡単に信じてくれとは言えないけど……」


 二百年前の因縁。


「俺なら浮岳を倒せる。それができるなら、俺はユーカと優花さんを守りたい。それだけは信じてほしい」


 あるいはこの感情も浮岳のものなのだろうか。


「だけど……もし俺が浮岳の意識に支配されるようなことがあったら、そのときは殺してほしい」


 街灯が作り出した四人の影はピクリとも動かぬまま、時間だけが過ぎていく。辺りには虫の鳴き声だけが響いていた。


「…………ちっ……!」


 ユーカは手を下におろし、俺の目を真っ直ぐ見つめる。


「……お前の魂は浮岳だが、同時にラスボスキラー、対浮岳のリーサルウェポンってことだな」


「うん」


「……ならここで消しちまうのはもったいねぇ。……駒として残しておいてやるよ」


 彼は頭をぼりぼり掻きながらそう言った。


「ユーカ!」


 早苗とカオルが安堵した様子でユーカを見る。


「その代わり、もしオレが浮岳に乗っ取られたら迷わずやれ。それができるのはお前だけだ」


「……」


「転魂は魔法によるものだ。『フォトン•ピアッサー』なら、おそらく魔力を焼き切ると同時に魂を消滅させることができるはずだ。固定された未来——この世界の終わりを回避しろ。それがオレと、たぶん優花の望みだ」


「……わかった。約束する」


「あたしとカオルも約束する! それに、コウくんはコウくんだもん! 何もこれまでと変わらないよ!」


「ああ。何も変わらない」


 少しだけ、目の前の風景が歪んだ。

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