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第三十話 慟哭

 俺は鬼頭蓮の背後から近づき、脇腹に『プラズマ・ステーク』を喰らわせた。

 自分の魔力を周囲に溶け込ませ、気配を消した。森でのサバイバルで身につけた技術——『ブッシュ・バイパー』だ。

 急いでいたので『フォトン・ピアッサー』を使うヒマはなかったが、ダメージは入ったはずだ。


「ッ……! コウ……ッ!」


「ユーカ、お前が呼ぶ声が聞こえた」


「……遅いんだよ、バカやろう」


 蓮が服についた土を払いながら立ち上がる。


 俺は蓮に視線を固定したまま言う。


「ユーカ、もう少し待っててくれ。……すぐにカタをつける!」


 俺は蓮の魔力の流れを粒子レベルで探知する。この距離ならそれが可能だ。あのとき、ウサギの生命の流れが手に取るようにわかったように。

 いや、こいつの魔力はそれ以上に理解わかる。


「カオル!! もう少しだけ持ち堪えてくれ!」


 蓮が手のひらと地面から魔力の鎖を伸ばすが、俺は最小限の動きでそれをかわす。


「ち……吉岡め! なぜこいつのデータを記録してなかったんだ!」


 懐に入り、攻撃をかわし続ける。身をすり合わすほどの接近戦……相手が使える魔法は限定されている。

 隙を見つけては『プラズマ・ステーク』を撃ち込む。


 ズドンッ……!


 ウィークポイントではないが、何発かは入った。


「……なぜ僕たちに歯向かう!? 兄弟!!」


 吉岡佳織……いや、あちらの浮岳も同じことを言っていた。僅かな魔力の共通点に、俺はこいつら全員、浮岳明彦本人であることを直感していた。

 気にならないと言えば嘘になる。しかし、真面目に聞いてても仕方がない。こいつらが敵であることには疑いがないからだ。


 蓮は地面から鎖を垂直に伸ばし、それに掴まり上空へ。


「これは避けられないだろう!?」


「……!」


 そう言って蓮が頭上に作り出したのは、巨大な火球だ。


「終わりだ!」


 火球が俺を押し潰すようにして地面に触れると、俺の体は炎に包まれた。ユーカの声が聞こえる。


「コウーーー!!」


 浮岳が地面に降り立つ。


「ふ……さすがにこれだけ広範囲の攻撃はどうしようもなかったようだな……」


 炎の壁を走り抜け、視界が開ける。俺の目、そして探知は再び浮岳の姿を捉えた。


「なぜだ!?」


 俺の周囲の魔力を蓮の火球に同調させ、攻撃をすり抜けた。

 『ブッシュ•バイパー』のもうひとつのカタチだ。

 やはり浮岳の魔法は、流れがよく見える。VRルームでもそうだったが、こいつ相手ならばできるという確信に近いものがあった。

 

 攻撃魔法や鎖をすべてかわす。やつが張ったシールド——それすら『ブッシュ•バイパー』ですり抜ける。


「あと少しだったんだ! それをきさまがああぁ!!」


「『フォトン・ピアッサー……』!」


 俺は、蓮の心臓の位置に必殺の一撃を撃ち込んだ。


 瞬間、やつの記憶が俺の脳に流れ込んでくる。あるいは、俺自身の忘れていた記憶だったのかもしれない。



 俺は両手にライフルを抱え、戦場を駆けている。鳴り止まない銃声、あちこちで上がる爆炎、友軍の怒号や悲鳴。空ではレシプロ戦闘機がドッグファイトを繰り広げている。

 空いているほうの手で魔法を使い、敵兵を攻撃する。俺以外にも数人魔法使いがいるようだ。しかし、大勢の敵兵と近代兵器を前に、俺たちはなす術がない。


 すぐそばで爆発が起き、俺のカラダは吹っ飛ばされる。すぐに落としたライフルを拾おうとしたのだが、それを掴む左腕がないことに気づく。

 俺は泣きながら、言葉にできない声で怒り、叫んでいた。魔法にすべてを捧げてきた青年の慟哭だった。


 俺の左目から涙が流れる。俺の前に倒れている鬼頭蓮の目からも、涙が流れていた。


「ちっ……!」


 蓮が倒されたことに気づいた凛はカオルとの戦闘を切り上げ、距離を取る。


「油断したわね……。こいつはもうダメか」


 凛——浮岳は自分の分身であるはずの蓮のカラダを、ゴミを見るような目で見ている。


 そのとき、街の風景が突然元どおりになった。春日先生が人を呼び、プログラムの停止に成功したのかもしれない。倒れていた相澤正樹と鬼頭蓮のVR体は、いつの間にか消えている。


「……今日はここまでにしておいてあげる。また会いましょう、兄弟……いえ、深瀬コウ」


 そう言って蓮を残し、凛はタッチディスプレイを操作して消えた。


「外に出たんだ! 追いかけるぞ!」


 蓮を倒したことで鎖が解除され、片膝をついたユーカが叫ぶ。


 俺たちは全員、正常になったタッチディスプレイを表示して『終了』ボタンを押し、仮想空間を脱出した。



 ヘッドギアを外して筺体から出た俺たちを春日先生が出迎える。他にも何人かの先生と、作業着を来た男性数名がいた。作業着の胸には、アストラル魔法技術研究所のロゴが入っている。


「皆さん! よかった、無事でしたか……」


 俺は言葉を返す前に、急いで鬼頭凛の座っている筺体を確認する。いなかった。


「深瀬さん、どうかしましたか?」


「先生、鬼頭凛さんは?」


「え……?」


 春日先生は筺体のシートを見てつぶやく。


「どうして……私が来たときは確かに……」


 また転移魔法か。……逃げられた。


「……鬼頭蓮と相澤、そして風間は眠ったままだ」


 他の西校生徒の状況を確認したカオルがそう言う。魂、という言葉が俺の頭に浮かぶ。


「そんな……VRは確かに解除されているのにこんなことって……」


 春日先生はすぐに冷静さを取り戻してこう言った。


「どなたか、救急車を呼んでください! 技研の方、三人の状況の確認をお願いします!」


 結局、三人は慎重に筐体から下ろされ、意識が戻らないまま緊急搬送された。

 交流戦は中止され一斉下校となった。明日まで学生寮からの外出は禁止。当面の間VRシステムは使用停止だ。


 吉岡佳織と鬼頭凛は行方不明となった。VRルームや学園内、一年女子寮周辺の探知を試みたが、魔力の残渣も感じられなかった。


 その夜、俺は自室でユーカたちとグループ通話で話していた。

 VRルームに吉岡佳織——もうひとりの浮岳がいて何らかのプログラムを仮想空間に流していたことや、魂のレベルを引き上げたと言っていたことを説明したが、浮岳が俺に向けて話したことは言わなかった。


「というわけでごめん。吉岡佳織のほうは逃げられてしまった」


『くそ……ッ! ……いや、よく戻ってきてくれた』


 ユーカは俺が仮想空間の外にいた時の様子を端的に説明した。その内容は、大体俺が予想したとおりのものだった。


『コウくん、あまり驚かないんだね』


「……あいつらの言葉や間近で探知した感じから、そうじゃないかとは思ってたんだ」


 そしてあいつらは、俺のことも兄弟と呼んでいた。


『……コウ、大丈夫か?』


 カオルが俺にそう聞いてくる。


「え? うん、大丈夫だよ。どうして?」


『鬼頭蓮のことだ。こう言っちゃなんだが、あいつはもう浮岳に乗っ取られていた。だから気にするな』


「ありがとう、カオル」


 三人の意識が戻らないのは、魂が著しく傷ついたからだろうか。もしあのままやられていたら、俺たちも同じ運命を辿っていたかもしれない。


「……みんな。推測だけど、聞いてくれる?」


『言ってみろ』


 俺は浮岳たちの言動から考えついた推測を口にする。


「吉岡佳織が言ったとおり、あのとき俺たちのVR体は限りなく魂に近い状態だった。だから浮岳たちは仮想空間内でユーカの魂を取り込み、そのまま優花さんの肉体に戻るつもりだったんじゃないかな」


『なるほどな……。だが、なぜわざわざVRを経由する必要がある?』


 カオルの疑問にユーカが答える。


『おそらく転魂魔法を使うには、本来かなりの準備と時間を要するはずだ。それには対象を殺さず、なおかつ長時間魂を捉えておかなければならない。だから交流戦のことを知った浮岳は学生の肉体を手に入れ、手っ取り早くVRを利用することを計画したんだろう』


『……VRってそんなに危ないものだったの?』


『わからん。あとから思いついてプログラムを作ったのかもしれないし、案外浮岳のやつが計画のためにバージョンアップしていったのかもな』


『怖い……』


 VRでの模擬戦を楽しんでいた早苗は、ショックが大きいようだ。


「浮岳は模擬戦見学の時に何かを観測して、ユーカの存在に気づいたのかもしれない。あるいは技研を見学したときか」


『……今更考えても仕方ない。とにかく、警戒を怠るなよ』


『予知はどうなの?』


『……しばらく大きな動きはないだろう。たぶんな。とにかく、今日のところは休め。以上だ』


『うん。みんな、おやすみ』



 通話を終えた俺は、少し考えてから電話をかける。確認しておかなければならないことがあった。


「もしもし、父さん?」

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