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第三話 実技授業

 翌日、早苗が待ち望んでいた魔法実技の時間となった。

 運動着に着替えてグラウンドに整列すると、春日先生が授業の内容を説明する。


「今日はあの人型をしたターゲットを攻撃してもらいます。人数が大体均等になるように分かれて、順番で何度かやってみてください」


 なんだかんだ言っても、派手な攻撃魔法は多くの魔法使いにとって憧れだし、花形だ。

 幼稚園や小学校で体育が得意な人間がもてはやされるのと同じように、この実技の結果によってある程度クラスメイトからの評価が左右されるのは確かだろう。そう考えると、おれは少し気が重かった。


 おれは早苗とカオルの後に続いて、列に並ぶ。


「あ〜、早くあたしの番こないかなぁ……」


「自信あるんだ?」


「そういうわけじゃないんだけど、早く身体を動かしたくて。へへ、まぁ見ててよ」


 クラスメイトたちはターゲットに向け、次々に火球や氷柱を飛ばしたりして攻撃魔法を繰り出す。時々歓声があがり、戻ってきた生徒とハイタッチをしたりなんかしている。その光景を見て、昔、子ども会で参加したボウリング大会を思い出した。


 周りがざわつき始める。あの長い髪の女子が魔法を使うようだ。おれたちも一旦話をやめ、彼女に注目する。


霞優花かすみゆうか……」


 おれが独り言のように口にすると、早苗が教えてくれる。


「そ、霞優花さん。魔法使いの名門家系の後継者なんだって」


 そうか……どおりですごい魔力量だ……。おれは、彼女が電撃属性の魔力を練り上げていくのを感じた。長い髪が重力に逆らってゆらめいている。


「……ハアァッ!」


 彼女は閉じていた目を開き、手のひらを前にかざす。一瞬、辺りが閃光に包まれ、ズガァンッ! という轟音と共にターゲットが炎に包まれる。


 ……すごい。豊富な魔力量に加え、一直線に的に向けて雷を発生させる技術……。雷はふつう高いところに落ちるから、相手より高い位置から使うのがセオリーとされているのだが……。

 そして、やはり大通りで見た女性は彼女だ。あのときはかなり手加減をしていたようだが、魔法を見て確信した。



 校舎の窓から、突然の落雷に驚いた生徒たちがこっちを見ている。


 クラスメイトから、おおぉ! と歓声があがる。


「すっげー霞さん! さすが霞家の跡取り娘……俺たちとは出来が違うよな」

「霞さんやっぱいいわ……あのクールな感じがまたなんとも」


 男子たちの会話を、霞優花は表情ひとつ変えずに聞き流しているように見える。何人かの女子は、それをあまり面白くなさそうに見ていた。


 おれが彼女をじっと見ていると……


「霞さんのこと気になるの?」


「あ、いや……」


「コウくんお目が高いねぇ。霞さん、あまり話さないけどすっごく人気あるんだよ〜。美人だし魔法もすごいし」


「そ、そうなんだ……」


 おれはそういうつもりではなく、彼女を見たときに流れた涙の理由を考えていたのだが……。ともかく、それは今もわからないままだった。


「日比谷さん、準備してください」


 春日先生が早苗を呼んでいる。


「あ、はーい! じゃ、行ってくるね! よーし……」

 

 先生が合図をすると、ターゲットに向かって早苗がダッシュする。速い。これまで他のクラスメイトはその場で攻撃魔法を繰り出していたので、急に走り出した早苗におれは驚いていた。

 ターゲットにぐんぐん近づいていく。いつになったら魔法を使うんだ? と思うと同時に、早苗は左前方にジャンプ。すごいジャンプ力だ。そのまま攻撃を繰り出すのかと思った次の瞬間、空中で軌道を変え二段ジャンプをするかのように、今度は右に飛ぶ。

 手のひらより少し大きい石を目標向かって勢いよく投げつけると、石はすごいスピードでズガンッ! とターゲットに当たり、衝撃とともにバラバラに砕け散った。


「あ〜、すっきりした!」


 彼女がこちらに戻って歩いてくる間、おれは先ほどの一連の動作を、何度も頭の中に繰り返し思い浮かべていた。


「……すごいね、早苗。とてもすばやい動きだった。最後なんて、まるでハンドボール選手のシュートみたいだったよ」


 それを聞いた早苗の表情が、ぱぁっと明るくなる。


「わかってくれる!? そう、ハンドボールの試合をテレビで見て、真似してみたんだ!」


「俺には猿にしか見えなかったがな」


 相変わらずの無表情だが、少し茶化すようにカオルが言う。


「あたしが猿ならカオルはゴリラでしょ! コウくんはちゃんとわかってくれてうれしいよ! だけど、二段ジャンプは企業秘密で……」


「石、だよね。地属性魔法で空中に石を固定して、それを踏み台にしたんだ。そして、最後は持っていた石に推進力を与えてシュートした……」


「え……! 初見で見破られたのは初めてだよ……! 遠目には空中で自在に軌道を変えてるようにしか見えないはずなのに」


 早苗は少しおれに近づき、小さな声で話す。


「……秘密にしてたんだけど、他のみんなも気づいてるのかなぁ……?」


「いや、どうだろう。おれは目がいいほうだし、探知魔法でなんとなく魔力を感じ取れるから。それに、わかっていても咄嗟に対処するのは難しそうだ。早苗の運動能力があるからこそできる、誰にもまねできない使い方だと思うよ」


「そ、そう? ありがとう! ……二段ジャンプのネタは秘密にしておいてね。そのほうがかっこいいから」



 次はカオルの番だ。


「先生、物理攻撃はありっすか?」


 ……物理攻撃?


 カオルが手を挙げて先生に質問する。


「許可します。時には魔法が使用できない状況もあるでしょうし、木村さんはいつものやり方で結構です」


「ウス」


 合図とともにカオルは力強く地面を蹴り、ターゲットに真っ直ぐに突っ込んでいく。早苗ほどではないが、カオルも速い。走り出しの突進力は早苗に勝るとも劣らず、身体の大きさも相まって、ちょっとやそっとでは止まらない大型トラックを連想させる。

 三メートルほどの距離まで近づくと、両拳を顎の前に構えて姿勢を低くし、上半身を小刻みに横に揺らしながらサイドステップでジグザグに素早く移動したあと、一気に前進し間合いをつめる。

 そして、一瞬膝を曲げてしゃがんだ後、飛び上がるように膝を伸ばし……


 ガアァンッ!


 ターゲットに拳が叩きつけられ、グワングワンと大きく揺れる。


 「…………」


 音が収まったあとも、生徒たちは黙ってそれを眺めていた。


 カオルの拳がターゲットから離れると、右脇腹の位置に拳の形がくっきりと残っていた。ふぅっ、と一呼吸し、カオルがコウたちのほうへ戻ってくる。そんなカオルに、早苗は笑顔で親指を立てて見せた。おれは素直に感心し、思ったままを伝える。


「すごかったよ……カオル。ステップや膝の使い方といい、まるでプロボクサーみたいだった。今のは……位置的にリバーブロー? 最後の突進力は早苗以上だったよ」


「見よう見まねだ。村には格闘技習えるようなところはなかったからな。それにしても、お前よく見てるんだな」


「ほんと……。さっきから思ってたけど、コウくん色々詳しくて、まるでリポーターみたいだね!」


 そう言われ、少しハッとする。はじめて生で目にするすごい魔法やパンチの数々に、興奮して少し喋りすぎてしまったかもしれない。


「あ、いや、スポーツとか魔法の動画を見て自分なりに分析するのが好きなものだから」


 しかし、一度気になり出すと聞かずにはいられなかった。


「そういえば、カオルの得意な魔法は聞いてなかったけど、身体強化とか? でも、それらしい魔力は感じなかったけど……」


 カオルは少し驚いたように、僅かに目を見開く。


「そうか、探知魔法が得意なんだったな。そんなことまでわかるのか……」


 頭をかきながら、カオルは続けた。


「……俺、回復魔法専門なんだよ」


「え?」


「驚いた? 今どき回復魔法の使い手はすごく珍しいし、しかも誰もこの図体でヒーラーなんて思わないよね〜!」


 茶化すように早苗が言う。


「それもそうなんだけど……素の状態であの威力……!?」


「そんなことよりコウ、お前の番だぞ」


「え?」


 ……しまった。分析に夢中になってしまい、他のクラスメイトはすでに一巡目を終了していた。二巡目を始める前に、なぜか皆、おれに注目している。

 すごい魔法や動きを見たあとだから、緊張感が半端ない。もっと前の方に並んでおけばよかった……。


「深瀬さん、はじめてください」


 先生に言われてターゲットに向かって駆け出すと、生徒たちがざわつくのを感じる。

 

 早苗やカオルの後だからか、なんだか派手なことを期待されている気がする……。


 ターゲットが目の前に迫る。魔力を右手に集中し、発動準備。最接近し、右手が触れると同時に、電撃を放つ!

 バチッ……! という音がして、的が僅かに揺れる。


 手を離すと、ちょうどテニスボールくらいの大きさのうっすらとした焦げがターゲットにできていた。


 振り返って元の場所に歩いて戻るが、なんともいえない空気が漂っている。

 おれとしては、予め自己紹介で探知魔法以外は苦手と言っておいたのだから、最初から期待しないでほしいところだった。


「おつかれさま。コウくん」


「……どうも探知魔法以外は空っきしなんだ。できるだけ範囲を絞って密度を上げてみてるんだけど、あれが精一杯……」


「コウくんが得意なのは探知魔法なんだし、気にすることないよ〜。分析もすごかったし、そっちを伸ばせばいいじゃん」


「ボクシング、教えてやろうか? 自己流だが」




 その日、また夢を見た。

 場所は訓練場のようで、少し先に丸太が垂直に立っている。

 おれはやはり隻腕の男で、目の前にはいつもの少年がいる。これまでよりも、少し身体が小さいように見える。後ろ姿なので、顔は見えない。

 渇望するような、なんとしても手に入れたいという強い感情はなく、見守るような優しい気持ちがおれを満たしている。


「ちがう、そうじゃない。雷魔法はこう放つんだ」


 そう言って少年の手を取って教えるおれの声は、いつもの夢より少しだけ若い気がした。

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