第二十七話 浮岳明彦その一
俺の意識はわずかな気配を頼りに、魔力とデータの流れを遡ってゆく。
分岐点ひとつひとつの選択が、コンマ何秒かのうちに針の穴に糸を通さなければならない不可能な作業のようだった。
しかし、その先に感じる何かの気配を頼りに、それを辿っていく。
やがて出口にたどり着く。どれくらいの時間が経っただろう。急がなくては……
目を開けると、VRの筺体の中だ。ヘッドギアを外して外へ出ると、ひとりの女子生徒がそこにいた。
「わ! びっくりしたぁ……。先輩! 大丈夫ですか?」
「君は……?」
「私は一年の吉岡佳織といいます」
吉岡……技研のVR開発主任の娘か。
風間の様子を筺体の外窓から確認する。見た目は他のみんなと同じように、ただVRにダイブしているだけのように見える。
「……なぜ君がここに?」
「私、先生にエラーが起きたから様子を見てくるように言われて来たんです! 機械が得意なので……。オペレーターさんもいないんです……何が起きたんですか?」
「仮想空間内の景色が突然ぐちゃぐちゃになったんだ。他のみんなは脱出できそうにない。何かわかる?」
「調べてみます!」
佳織は画面がバグっているモニターに近づく。俺はその足元にノートPCが接続されていることに気づいた。
「そのPCを繋いだのはだれ?」
「え? なんですかね? 私も来たばかりなので……」
佳織はしゃがんでPCに手を伸ばそうとする。
俺は彼女の後頭部に人差し指を突きつけて言った。いつでも『フォトン•ピアッサー』を打ち込めるように。
「そのまま聞け。君、いや……お前は誰だ?」
「え……な、何のことですか? 先輩?」
「わかっているんだ。お前からは岬の襲撃者と同じような魔力を感じる。少しだけ違う気がするけど、似すぎているんだ」
あの男が吉岡父だとしても、親子でもこんなに似るわけはない。
「誰かに操られているのか、それとも……お前が浮岳明彦本人なのか?」
浮岳の名を出すと、そいつは一瞬ピクリと反応し、ゆっくり立ち上がってこちらに向き直る。人差し指は額に突きつけたままだ。
「その名を知っているということは、あの子が覚醒したんですね?」
聞くまでもなくユーカのことだろう。
しかし、こいつの目的はなんだ? VRにダイブ中の無防備な優花さんの身体を狙うでもなく、俺たちを仮想空間に閉じ込めて何をしようとしていたんだ……。
「プログラムかウィルスかわからないけど、とにかくそれを解除しろ。閉じ込めただけじゃないな。みんなのVR体に何をした?」
指をさらに額に近づけながら言うが、佳織は表情ひとつ変えない。
「魂の抽出レベルを最大にしちゃいました」
魂……?
「あ、しゃべりすぎちゃった。そんなことより、私から先輩に聞きたいことがあります」
「お前の質問に答えるつもりはない」
「まぁそう言わずに。先輩の正体に関わることなんですから」
……俺の正体? 何を言ってるんだ。
「ん〜……」
そう言いながら、佳織は俺の周りを歩きはじめる。まるで実験動物を観察するように。
「本当に覚えてないんですか? 私のこともわからない?」
「時間稼ぎはやめろ」
「先輩……家族とか近しい人に突然魔法が使えるようになって、突然死んじゃった人とかいませんでした?」
俺が生まれて間もないころに死んだ、写真でしかしらない祖父のことが思い浮かぶ。
両親は祖父のことを話したがらなかったから、少しだけ魔法が使えたということ以外、ほとんど話を聞いたことはない。
「知らない」
「じゃあ、質問を変えます。生まれてから今までの記憶、ちゃんとありますか? 先輩はずっと先輩でしたか?」
質問の意味がわからない。時間稼ぎに付き合っている暇などないと頭ではわかっているのに……
「そんなの当たり前だろ」
佳織は口角をあげ、ニタリと嬉しそうにする。岬の襲撃者が見せた、あの笑みだ。
「そっかぁ! その手があったんですね! さすが私!」
佳織は突然はしゃぎだす。
「時間稼ぎはやめて早くVRを元通りにしろ!」
ジャララララッ!
「!」
突然足元から魔力の鎖が伸び、俺は拘束された。直前に探知したものの、狭いVRルームだ。避けきることができなかった。
「く……ッ!」
「あはっ! つ・か・ま・え・た!」
佳織は俺に顔を近づけて言う。
「先輩、他人は探知できるのに、自分のことは何もわからないんですねー」
「……」
「岬で密着したとき、わかっちゃったんですよ。先輩が兄弟だってこと」
佳織はおどけた様子でさらに続ける。
「そう、あのとき父の肉体に入っていたのは私です」
「浮岳……明彦……」
その言葉に佳織はニヤリと笑う。
「期限切れの魂じゃこの魔法もつかえなかったんですよー。やっぱ新鮮な魂はいいですね!」
そう言ったあと、ブツブツと独り言のように呟く。
「しかしそうか……そうすれば魂の期限を気にせずに済むのか。なぜ気づかなかったのか……。いや、しかしそれだと浮岳自身の記憶が保てない……」
……拘束されて長い話を聞かされている間に、俺はこの鎖の魔力を探知していた。不思議と、魔力の質がよくわかる。
俺自身を取り巻く魔力の質を、この鎖に同調させる。今ならできる気がした。
結果、それに成功した俺は鎖をすり抜け、佳織に掴みかかって壁に押し付ける。
「あれ!?」
「早くVRを元に戻せ!」
「やっぱりそっかぁ……。岬のときから魔法の効き目が薄いの気になってたんですよね。天敵、てことなのかなぁ」
相変わらずぺらぺらと独り言のように話し続けている。
「先輩、私はこれで失礼しますね。あとのことは他の兄弟にでも聞いてください。間に合えばですけど」
「待て!」
「姿が見れてよかったです! あ、オペレーターは眠らせましたし、先生たちのモニターにはフェイクデータを流してますから、すぐには来ないと思いますよ」
そう言い残して彼女はその場から消えた。転移魔法か……。
ガチャリ。春日先生がVRルームに入ってくる。
「深瀬さん……だけ、ですか? 遅いので様子を見に来たのですが、何かあったのですか?」
さすが春日先生。いいタイミングだ。
「先生、そのノートPCから仮想空間内にウィルスか何かが送信されているようです。皆がVRから出てこられないので、ここはお願いします!」
「え? ちょっと……深瀬さん!」
俺は急いで筺体に座り、再びヘッドギアを装着した。




