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第二十三話 蛇

 森に残されてから、既に一週間が経過していた。


 湧水にたどり着いたあと、近くにシェルターを作った。

 枯れ枝をナイフで薄く細かく削り、それを火種にすることで俺の火魔法でも着火することができた。

 ナイフで木を削って作った器に水を汲んでから、焼石を入れて煮沸、上澄みを大きめの器に貯めることで、飲料水はなんとか確保できた。


 だんだん森での生活に慣れてきてはいたが、問題は食料だった。本に書いてあった、食べられる野草らしきものを焼いたり、茹でて食べてはいるが、栄養が少ないのか偏っているのか、段々身体がだるくなり、力が入らなくなってきていた。


 空腹感はとうに限界を超えている。こんな状態では死なないことだけで精一杯だ。

 夜、焚き火を前にして、外界や優花さんのこと、交流戦のことは何も考えられず、ただご飯が食べたかった。

 一週間後にはユーカが迎えにくる。そのことだけが俺の精神を支えていたように思う。



 その間、一度だけ夢を見た。

 森だった。おそらく森林公園とはちがう、どこか別の場所。

 感覚からして、今回は左腕がある。

 俺は直立不動の姿勢で、両隣にも人がいる。整列しているようだった。

 目の前に軍服を着た男がいて、何かを言っている。


「なんだその反抗的な目は! 魔法が使えるからといい気になるな!」


 男に殴られ、俺は地面に倒れる。


「そんな時代遅れなもの、何の役にも立たん!!」


 俺を蹴り飛ばす男の目には、怒りと蔑み、そして畏れが入り混じっているように見えた。




 さらに一週間が経過したが、ユーカは現れなかった。


 シェルターに横たわり、もしかしたらユーカはもう来ないのかもしれないと思い、俺はついにバッタやコオロギを食べることを決意し、実行した。虫は苦手だったが、空腹には勝てない。それでもさすがに生きたまま串刺しにすることが怖く、一度水に沈めて殺してから焼いて食べた。

 初めは『虫を食べている』という実感が若干の吐き気を催したが、味は意外に香ばしく、少し苦いがエビのようで、半日かけて捕まえた五匹を一気に平らげた。その後ダンゴムシなども食べてみたが、やはり昆虫だけでは量が少なすぎる。


 何回か目撃した鹿やウサギ……あれを捕まえるしかないのかもしれない。


 何度かウサギを追跡して後ろから捕獲を試みたが、全くうまくいかなかった。罠を作る材料も知識もない。

 体力が落ちている今、それを決断するタイミングはあまりにも遅かった。



 シェルターから頭だけを出して頭上の木を見ている。頭の横には、汚れてボロボロになった『サバイバル入門』。


 優花さんだったら、運動は苦手だけど様々な魔法で容易く切り抜けられるだろう。早苗は岩石投げで簡単に獲物を捕まえられる気がするし、カオルは……持ち前の体力と冷静な判断力でなんとでもしてしまいそうだ。


 栄養不足からか、頭がぼーっとして現実感が遠のき、夢でも見ているような気分だ。

 こうしていると、葉っぱや地面に自分が溶けていくような錯覚を覚える。

 不思議と怖くはなく、むしろ安心感すらある。

 ……自分が死んでも、この世から生命がひとつ消えてなくなり、森に還るだけだ。


 それなのに、なぜか今は周りの様子がよくわかる。風の音、虫が歩く音、鳥の動く先、葉の一枚一枚の微妙な違い……自分自身が森になったような気分だった。


 そうしていたとき、茂みの中に、ほんのわずかに動きを感じる。


 ……蛇だ。ずっとそこにいたのか近づいてきたことに気づかなかっただけなのかわからないが、蛇がいる。

 見たことのない蛇だった。全身が鮮やかな緑色で、トゲ状の鱗に覆われている。よく見ると、眼球までエメラルドのように綺麗な緑色だ。体長は五十センチメートルくらいだろうか。なぜかその蛇に強く惹かれ、もっと近くで見たいという衝動にかられる。


 蛇が移動をはじめると、残り少ない体力で跡を追う。辺りは朝靄に包まれ視界が悪かったが、不思議と見失うことはなかった。迷ってしまい、シェルターに戻れなくなるかも、と考えることもなかった。

 

 どのくらいの時間追跡を続けただろうか。たった数分のような気もするし、何日間もそれを続けていたような気もする。


 蛇が動きを止める。距離はかなり近かったが、不思議なことに俺には気づいていないようだった。

 じっと蛇を見つめていると、その視線の先に僅かな動きを感じる。ネズミだ。ネズミは蛇の存在に気づかず、そちらのほうへ移動していく。

 蛇は他の動物からは全く気づかれないくらい気配を消して茂みと同化していたが、なぜか存在をはっきりと感じ取ることができた。

 ネズミが鼻先にまで近付くと、蛇は電光石火の速さでいともたやすくネズミの首元に噛み付いた。



 その後の記憶が俺にはない。


 気がついたときにはシェルターの前に立ち、手の中に野ウサギがいた。

 ウサギはしばらく何が起こったのかわからない様子で大人しくしていたが、やがて自分の置かれた状況に気づいたのか、暴れ始める。


「わっ! とっ、と……」


 ウサギを抑えながら辺りを見回すが、蛇の姿はなかった。ウサギは暴れ続けているが、逆に俺の気持ちは落ち着きを取り戻していく。

 すると、不思議なことにウサギも暴れることをやめ、手の中で大人しくなる。


 俺はウサギの生命の流れを感じ、【フォトン•ピアッサー】を発生させる。今ならできる気がした。

 延髄のあたりにそれを差し込むと、ウサギは少しだけ痙攣し、絶命した。俺の目からは、少しだけ涙が流れた。


…………。


……。


 それから何日が経ったのかはわからないが、背後から誰かが近づいてくる。その誰かは、俺の背中に声をかけた。


「おー、生きてたか。装置のタイマーがぶっ壊れたみたいでな。すまんすまん……って、なんかお前、仙人みたいだぞ」


 立ち上がってユーカを見た後、森の奥を振り返り、静かに口を開く。


「……蛇を見たよ。とても美しい蛇だった。そいつに色々教わったんだ」


「蛇、ね。そういや、蛇の中には二種類の毒を使い分けるやつもいるというぜ。ねちっこい戦い方といい、お前にピッタリだな」


 ユーカは改めて俺の姿を見て、「ふん……」と言う。


「ついでに余計なひと言を言っちまう癖も治ったか?」


 俺はその言葉に少しだけ微笑むと、ユーカの方へ歩き出した。

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