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第二十二話 森

 また夢を見た。深い森の中で、俺たちはキャンプをしている。やはり俺は左腕のない男(こいつが浮岳なのだろうか?)で、となりには、二百年前のユーカと思われる少年。

 森で訓練をしたあと、焚き火をしているようだった。もっと強くなりたい、そんな会話をしているようだった。

 


 揺れを感じ、目が覚める。俺とユーカは電車に乗り、藤ケ丘みらい市から北へ向かっている。詳細を知らされてはいないが、『楽しいサバイバルの時間』を過ごすため、ということだった。


 日中にあの夢を見るのは初めてだった。となりにユーカがいるせいかもしれない。


 ユーカの身体が傾き、俺の肩に頭を預ける形となる。なんだか寝てばかりいる気がする。意識が表に出てきて間もないこともあり、疲れるのだろうか?

 髪が邪魔だからと後ろで縛ってはいるが、こうして寝顔を見ていると、当たり前だが優花さんそのものだ。

 優花さんと話がしたい……。そのためにも、ユーカと優花さんを守ることができる力を身につけなければならない。


 俺たちを乗せた電車は、国立森林公園駅に到着した。電車から降りると、市内よりも幾分か涼しい空気を感じる。駅のホームから、山の裾野に広がる森が見える。

 外に出て、二人で木漏れ日が差す並木道を公園まで歩いていく。辺りには、蝉の鳴き声が響いていた。


「サバイバルと言っていたけど、森林公園にキャンプ場なんてあったっけ?」


「そんなものねーよ。レジャーに行くんじゃねえんだから」


「……さっき、また夢を見たんだ。今度は森の中だった。一緒に焚き火を囲んで……」


「……その話はやめてくれ」


 そう言われ、黙ってユーカに着いて歩いていく。

 森林公園の看板が見えてきた。その先には、森の奥へと遊歩道が伸びている。


「さ、いくぞ」


 そう言って、ユーカは遊歩道を歩いていく。

 森林公園の周辺には人家や大きな道路もあり、スマホの電波もしっかり入る。森林の面積は広いが、こんなところでどうやってサバイバルをするのだろうか。

 そんなことを考えていると、ユーカは急に遊歩道から脇道に逸れ、さらに奥へと進んでいく。


「ユーカ、こんなところでサバイバルをするのか? 脇道に逸れても車の音だって聞こえるし……」


「待て、確かこの辺だ」


 ユーカは辺りを見回しはじめ、やがて一点を見つめて言う。視線を追うと、変わった形の木があった。


「あった! あれだ」


 それの前に行って、表面を撫でるユーカ。俺には、その目が少し遠くを見ているように思えた。


「これは?」


 木の根元付近に、表面が滑らかで、直径四十センチメートルくらいの円柱形の物体が埋められている。


「すぐにわかるさ。コウ、ちょっとその辺に立ってみろ。あ、リュックはこっちによこしな」


 そう言って、木の向こう側を指差す。俺はユーカにリュックを預け、大体指定された位置に移動した。


「よし、その辺でいい。さてと……」


 ユーカが自分のバッグから何かを取り出し、「ほれ」と言って俺のほうに投げる。足元に落ちたものは、一冊の本と鞘に収まったサバイバルナイフだ。


「ユーカ、これって……?」


「これからお前がいるところの空間が閉じる。脱出不可能な森の中で、二週間生き延びてみせろ」


 突然の宣告を受け、覚悟を決めていたつもりの俺だが、思わず取り乱す。


「ちょっと待って! まず説明を……!」


 ユーカが円柱に手をかざすと、辺りの空気が変わったのを感じる。地震の揺れが来る直前の、あの感覚に近い。


「こいつはオレと浮岳が修行のために作った空間魔道具だ。さすがオレの設計! 二百年経っても大丈夫、てか?」


「ユーカ! いくらなんでも、いきなりすぎる!」


「これでお前が死ぬようなら、どの道戦力にはならん。サービスで鍛えてやるわけじゃないんだ。言っただろ? お前らの仲間意識を利用させてもらうと」


 ユーカは冷たく言い放った。


「いいか? 魔法はフィーリングだ。特に探知魔法はな。感覚を大事にしろ」


 目の前の空間が揺らぎ、ユーカと円柱の姿が消えていく。

 完全に見えなくなる直前、ユーカの「あ……やべ……」という声を聞いたような気がした。


 ……ユーカの姿は見えなくなり、向こうに見えていた遊歩道も消えていた。ただ森が広がるのみである。さっきまで聴こえていた車が走る音も、今はしない。

 あまり期待せず、ポケットからスマホを出して画面を確認するが、案の定圏外。

 ここが夢に出てきた森なのだろうか。……それに、最後の一言はなんだったんだ。気のせいであってほしい。


「どうすればいいんだ……」


 ユーカが投げたナイフをベルトに通し、本を確認してみる。

 『サバイバル入門』というタイトルの本の背表紙には、図書館のシールが貼ってある。……返却期限に間に合うだろうか。とにかく、借り物であるこの本は死守しなければ……。


 何度か父親とキャンプをしたことはあるが、サバイバルなんてしたことがない。

 辺りには虫や鳥のさえずりが聞こえる。ふつうのキャンプならとてもいい環境なのかもしれないが、今はそうも言っていられない。

 不安に駆られながら本のページをめくると、サバイバル時に確保すべき優先順位が書かれている。体温、水、火、食料の順だ。

 人間が水を飲まずに生きられる時間はおよそ三日だが、身体が濡れて風が吹けば、夏でもわずか三時間で低体温症に陥り、命を落とすという。そのため、まずは枝や葉っぱを使って、雨風をしのげるシェルターを作る必要がある。

 火があれば水を煮沸消毒したり、調理に使うことができる。食料は三週間くらい食べなくても生きられるので、優先順位は低めだ。

 水と火は、魔法でなんとかなるかな。このときは、そう考えていた。


 スマホで時刻を確認する。現在時刻は十一時。まだ日が高いから、できれば川や湧水の近くを野営地にしたいところだ。



 ……川を求めて二時間ほど彷徨ったが、見つけることができずにいた。喉はすでにかなり乾いている。

 本でシェルターの作り方を確認する。材料も集めなければならないし、慣れないとどのくらい時間がかかるかわからない。……そろそろ作りはじめたほうがいいかもしれない。


 落ち葉やちょうど良さそうな枝を見つけるだけで、かなり時間がかかった。

 本を見ながら先がY字型になっている枝に他の枝を立てかけ、骨組みを作っていく。ある程度組み上がると、魚の骨のようになった。そこに葉っぱを被せて屋根にし、布団がわりに中にも葉を敷き詰める。

 完成したとき、すでに辺りはうす暗かった。日が暮れると気温も下がり、早めに作りはじめて正解だった。

 中に寝てみるが、なにぶん初めてなので成功かどうかわからない。本の写真よりは随分不恰好だが、とりあえず寝ることはできそうだ。


 昼間に聞こえていたのとは別の虫の声や、おそらくフクロウの声が聞こえる。それらの音に耳を澄ませているうち、いつの間にか眠りについていた。

 

 ガサガサッ、と何かの音がして目を覚ます。俺は慌ててバッとうつ伏せ姿勢になり、きょろきょろと辺りを警戒する。

 探知魔法を発動するも、魔力は感じない。……そういえば、この森は自殺の名所ではなかったか? 幽霊って探知できるのだろうか? あるいはできたとして、何の意味があるのか。そんなことを考えて、急に怖くなる。

 今何時だ? スマホを確認すると、午前二時……丑三つ時である。

 昔見たホラー映画や怪奇漫画を思い出し、暗闇の奥に()()()がいるように思え、想像が止まらなかった。

 


 ……その後一睡もできぬまま、夜が明ける。結局何事もなかったのだが、開始早々へとへとだ。

 辺りが明るくなってきて少しだけ安心したせいか、喉の渇きを思い出す。

 シェルターから外を眺めると、草に朝露が降りている。……よし、あれをなんとか集めてみよう。

 シェルターの外に出て、草の前に座り、指を近づける。水魔法は空気中の水分、あるいは体内の水分を操る魔法だ。この朝露を少しずつ集めて、口に運ぶことができないか……。

 少しずつ、焦らずに……朝露が草から離れて空中に集まり、ビー玉くらいの大きさになる。これを……口に……ぷるぷるぷる……!


 パンッ! 水玉は弾け、虚しく宙に霧散した。


「はぁ……はぁ……」


 水の形を保ったまま飲み込むのはかなり難しいことがわかった。あまりにもコスパが悪すぎるし、ケガをしかねない。草を直接舐めた方がまだマシだ。

 模擬戦で必死で避けていた水瀬の水のブレードがもし目の前にあったら、喜んで飛びついて舐めまわしただろう。あるいは関の氷魔法でもいい。


 気を取り直して本を開く。何か水を集める方法はないか……。そのとき、本の間から何かが落ちる。森林公園のパンフレットだった。

 中身を読んでみると、簡単ではあるが樹海のことが書いてある。この森は哺乳類の宝庫で、鹿やウサギ、野ネズミなど、様々な種類が生息しており、山の近くには熊もいるらしい。また、毒蛇やスズメバチにも注意が必要とか……。幽霊などを怖がっている場合じゃなかった。

 ……湧き水も豊富だと書いてある。やはり、水源を探すのが一番確実のようだ。

 

 せっかく作ったシェルターだが、泣く泣く解体して水源を探して歩くことにする。

 先が二又に分かれた少し大きな枝と、枯れて水分の少ない枝数本は使えるかもしれない。ナイフで木に絡まっている蔓を切断し、それで枝を束ね持っていくことにした。

 そしてポケットからハンカチを取り出し、足首に巻く。歩いているうちに草の朝露が染み込み、少しずつだが水分が確保できるらしい。


 新天地を求めて出発し、ハンカチに染み込んだ朝露を絞って喉を潤すことを繰り返す。



 朝露が採れなくなり、だいぶ日も高くなってきたころ、水の音が聞こえてきた。

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