第二話 早苗とカオル
学園での授業は基本的な高等教育のほか、魔法倫理学や物理学、実戦演習など、座学から実技まで多岐に渡るという。
今は魔法社会学の授業中で、ディスプレイに映し出された画像を基に、先生が話をしている。
「かつて、魔法使いは社会の中で中核を担う存在となってきました。しかしその反面、魔法が争いの原因となった事例は数知れません。魔法の使い手がごくわずかとなった今こそ、君たちには強い自制心と精神力が求められます。君たちはこの学園で、技術だけでなく、むしろ精神を——」
放課後になると、早苗は大きく伸びをした。
「ふー、終わった終わった。座学は退屈だねー。早く実技がやりたいよ」
そう言ったあと、彼女は机に頬杖をついてため息をつく。カオルがその様子を見て、抑揚のない声で言う。
「早苗、お前は授業をよく聞いておかないと落第だからな」
「実技でカバーしてるもん」
おれはタブレットで時間割を見て、明日に実技の授業があることを確認する。細かい授業内容については、先生からも説明は受けていない。
「実技ってどんなことをするの?」
「そのときそのときで違うな。例えば……」
「ねぇ、ここで話すのもいいけど、どこかでお茶しながら話さない? コウくんのことももっと知りたいしさー」
「まだコウの返事を聞いていないだろう」
クラスメイトと学校の外に出かけるということは、ここ数年なかった。
少し悩んだが、承諾することにした。せっかく声をかけてくれたのだ。
「特に用事もないし、いいよ」
「決まりだね! 行こ行こ!」
おれたちは席を立ち、三人で教室の出口に向かう。廊下に出る一瞬、誰かの視線を背中に感じた気がして振り返ると、話をしている何人かと、窓の外を見ているあの長い髪の女子がいるだけだった。
「かんぱーい!」
早苗がグラスを高く上げると、カオルがぶっきらぼうに言う。
「何に?」
「あたしたちの出会いに!」
おれたち三人は、学園からほど近く大通りに面した喫茶店『パンダ珈琲』に入り、飲み物を注文して乾杯した。
平日の日中にも関わらず、店内は学生や女性客でほぼ満席だった。
「コウくんはなんで魔法学園に転校したの?」
カフェオレを片手に、早苗が尋ねる。
「探知魔法が少し使えたから、先生や父親に勧められて。あと……周りにあまり馴染めてなかったから、というのもあるんだけど」
おれは地元の学校で、いや、地域で唯一、魔法が使える人間だった。……と言っても、大したことはできなかったが……。
おれが生まれたばかりの頃に死んだ祖父が、少しだけ魔法を使えたらしいが、両親はあまり話したがらなかった。
細かいことは覚えていないが、おれが言った一言が気に入らなかったらしく、魔法に理解がない一部の同級生から、『心を読まれる』などという噂が広まり、孤立していた。
そんなとき、たまたま赴任してきた教師が少し魔法を使うことができ、相談に乗ってくれているうちに、学園への編入を勧めてくれたのだ。
「……二人はどうして学園に?」
「あたしは警察官志望なんだ。魔法を活かして人々を守るために、学園でしっかり勉強するの! ちなみに、得意なのは地属性魔法だよ!」
早苗がソファの上に立ち、拳を高く突き上げると、他の客が何事かと振り返る。
「早苗、声がでかいぞ。あとちゃんと座れ」
「ちゃんと目標を持ってるんだね。すごいな……」
地属性魔法か……。あの時彼女が投げた石にも、たしかに魔力が込められていた。
「えへへ、そんなことないよ。正直、地元で散々『魔法を使うな』、『気をつけろ』って耳にタコができるくらい言われて、肩身が狭い思いをしてたっていうのもあるんだ」
「通り魔を捕まえたときも、危険だから学生が首を突っ込むなと注意されただろうが……」
「カオルはどうして転校をしたの?」
そう尋ねると、カオルはしばしの沈黙の後、こう答えた。
「……。救急救命士になって、魔法を活かしたくてな」
「……二人ともしっかりしているな」
「でも、それだけじゃないんだよねー」
早苗がそう言うと、カオルは腕を組んだままむすっとしている。あまりこの話題に触れたくなさそうに見えたが、気づいてか気づかずか、彼女は続ける。
「カオルはね、男らしくなりたいんだよ」
「……え?」
早苗の言葉に少し驚く。
「今はこんないかつい見た目だけど、昔はあたしよりも小さくて女の子みたいで、泣き虫でよくいじめられてたんだよね」
……信じられない。カオルのことを見ながら、おれは率直にそう思う。
体はクラスで一番大きいし、力も強そうだ。寡黙で独特な雰囲気があって、威圧感すらある。正直、魔法使いというよりも格闘家といった風貌だ。
「……昔のことだ」
カオルはブラックコーヒーが入ったカップをテーブルに置き、目を閉じて腕組みをした。早苗は構わず続ける。
「小学生までは、早苗ちゃん〜、って言って、泣きながらあたしの後ろに着いてまわってたんだよ。かわいかったな〜」
「……」
カオルは依然として黙り込んだままだ。そこには怒ったり、照れたりしている様子は微塵も見受けられない。おれはその姿から、何か堅い決意を秘めているような雰囲気を感じた。
沈黙が流れてどことなく気まずくなり、話題を変える。
「そういえば、さっき話してた魔法実技だけど、どういうことするの?」
「単純に的を攻撃したり、VRシステムを使って模擬戦をしたりとかだな。明日の内容はわからないが」
「六月には、VRを使ったトーナメントもあるんだよ」
しばらく他愛のない話をして喫茶店を出ると、いつの間に雨が降ったのか、路面が濡れている。
四月の夜の冷たい空気を感じながら、おれたちは大通りを歩いた。
田舎で育ち、いつも田んぼ道を通学していたおれには、街のすべてが新鮮で眩しく映る。
頭上をモノレールが通過し、列車内から漏れた明かりが、束の間、濡れた路面を照らし出す。それを見て、こんな日は田舎だとカエルがたくさん鳴いているだろうな、とふと思う。
かつて世界を支配し、争いの火種となってきた魔法は、科学技術の発展とともに使い手が激減した。
国内の魔法学園も、今となってはウィステリア魔法学園の本校、そして二つの分校しか残っていない。
現在、魔法使いはごく一部の職種では重宝されているものの、かつて盛んだった科学との融合を目指した研究は停滞している。
そのうえ、魔法を使った犯罪が問題視されており、不要論が取り沙汰されるようになって久しい。
特に目標があるわけでもなく、周りに勧められるままに、そして地元の居心地の悪さから逃げるように転校してきたおれは、平穏に学園生活を送れさえすれば、それでいい。
このときはそう思っていた。




