第十九話 ターニングポイント
ひとまずユーカとの話が終わって夕方になると、早苗とカオルは寮に帰っていった。
「必要なものがあったら持ってくるから、連絡よこせよ」
「先生には連絡しておいたから、そのうち来ると思う。コウくん、ユーカと優花ちゃんをよろしくね」
「はい……。展望台で深瀬君と話をしていたら、いきなり知らない男の人に襲われて……。はい、その人は魔法を使っていましたが、突然だったので、私たちはそんな余裕はありませんでした。……いえ、帽子を深く被っていたので、顔はわかりませんでした。でも、若い人だったと思います」
ユーカは演技を終えると、俺に言った。
「……って、警察には話しておいたからな。お前も打合せどおりに答えたか?」
早苗とカオルが帰った翌日に警察が病院にやってきて、俺とユーカはそれぞれの病室で事件について聞かれた。
俺は打ち合わせどおり、警察の質問に対してユーカ同様に答えた。彼の考えでは正直に答えたところでどうせ浮岳には結びつかないし、それなら警察が下手に動くことで浮岳を警戒させたくない、ということだった。
「吉岡の件は早苗とカオルに任せようぜ。ところで、これまでオレが何回魔力をチャージしたかわかるか?」
「……三回?」
ペシン!
「いたっ!」
「ばーか、八回だ八回」
「そんなこと言ったって、たまたま探知を発動している時にユーカが魔力を込めないと、見ていないんだからわかりようがないだろ……」
ひっぱたかれた頭を撫でながら抗議すると、ユーカの眉間にシワがよる。
「……たまたま? たまたまって言ったのか? お前」
「……言ったけど、それが何?」
「はぁ……もういい、寝る。お前は出ていけ。あとは自分で考えろ。手取り足取り教えても、お前のためにならん」
目も合わさずに呆れた様子でしっしっ、と手でやるので、俺はユーカの病室を出た。
すると、廊下で担任の春日先生とばったり出くわす。そういえば、早苗が先生に連絡したと言っていた。
「春日先生……」
「知らない男性から魔法で暴行を受けたと日比谷さんから聞きました。具合はどうですか?」
「俺のほうは大丈夫です。明日には退院できそうですし、ユーカ……優花さんも、まぁ元気です」
「……そうですか、大変な目に遭いましたね。あなたのお父様と霞さんのご両親には、私から連絡させていただきました。学園外のことでしたが、私が勧めた技研の見学に行った後のことでしたので……」
もしかしたら父親から着信が入っているかもしれない。部屋に戻ったらスマホをチェックしてみよう。
「それじゃあ、優花さんの両親もあとで来るんですね?」
「彼女のご両親は……」
彼女は、何かを言いかけて途中でやめる。春日先生にしては珍しいことだった。
「とにかく、詳細は日比谷さんから聞きました。怖い思いをしたと思いますが、大事に至らず不幸中の幸いでした。今はゆっくり休んでください」
「はい。ありがとうございます」
先生の言葉は普段どおり簡潔なものだったが、話し方には気遣いと優しさが滲み出ているように感じた。
「では、霞さんとも少し話をしてきます」
先生はユーカの病室のドアをノックし、中に入っていった。
自分の病室に戻りスマホを確認すると、父親から着信とLIMEメッセージが届いていた。
『入院のこと、先生から聞いた。具合はどうだ? 心配だから、LIMEか電話くれ』
最近連絡してないし、電話するか……。そう思い、通話可能なロビーに行き、父親に電話をかける。
『もしもし?』
「あ、ごめん、心配かけて。先生から聞いたと思うけど、海浜公園で知らない男に暴行されて……」
『……そうか、大変だったな。具合はどうだ?』
「大したことない。明日には退院できるよ」
『そうか。一先ず大きなケガがなくてよかった。でも、一緒にいた女の子は重傷なんだって?』
「うん……」
『彼女か?』
「ち、ちがう。今は……まだ……」
『今は、か。とにかくそういう時は、男のお前が守ってやらないとな。昔教えた必殺パンチを忘れたのか? 俺がいれば、そいつは絶対タダじゃおかなかったんだがな』
父は、昔から俺が学校でいじめられて帰ってきたりすると、強く怒り、相手の家に乗り込もうとするような人だった。
俺がやめてと言うと、それならお前が強くなれ、といい、パンチミットやサンドバッグを通販で買っては、俺に叩かせた。父本人が昔空手を習っていたこともあり、足の運びや踏み込み、腰の回転、拳の握り方などを教えてくれたものだった。
『とにかく、お前が殺されたりしなくてよかった。もしそうなってたら、俺は復讐の鬼と化すからな』
冗談めかしてはいるが、本当にやりかねない。そのくらい、俺に何かあると、自分のこと以上に怒り、悲しんでくれるような父親だった。
『とにかく、入院費は送金しておく。できるだけ近いうちに一度そっちに行くけど、何かあったらすぐに言えよ?』
「ほんと大したことないから、遠くから来なくて大丈夫だよ。でもありがとう」
俺は翌日の午前中に退院できることになった。寮に帰る前にユーカの病室を訪れ、改めて確信した。
ガツガツ……カチャカチャ……
「……」
くっちゃくっちゃ……
「…………」
ゴクゴク……
「プハーッ! 生き返ったぜ!」
やはりこれは、断じて優花さんではない。ユーカのベッドの上は、昼食の食べカスで悲惨な状態だ。ベッドに落ちた食べカスを拾いながら、俺は優花さんの両親について尋ねる。
「あ? 優花の親は来ないのかって? なんでそんなこと聞くんだよ」
優花さんの両親について聞いたとき、春日先生が言い淀んだことや、優花が両親とうまくいっていない、という話をしていたこともあり、以前から気になっていたのだった。
「それはかなりプライベートな話になるな。そいつを優花からじゃなく、オレの口から聞きたいわけか?」
「……本人から聞かないのはフェアじゃないと思うけど、知っておきたい」
ま、いいだろう。と言ってユーカは淡々と話しはじめる。
「優花には歳の離れた兄がいたんだ。優花が五歳のとき、兄妹で魔法犯罪に巻き込まれた。その時、兄貴が優花を庇って死んだ。その兄貴が超天才でな、相当期待されてたんだよ」
そんな過去があったとは……。たしかに寂しそうにはしていたが、普段の優花さんの様子からは全く想像しなかったことだった。
「……で、そのときだ。オレが初めて表に出てきたのは。いや〜、あまりに突然のことで混乱したね。気がついたら目の前に知らない男が血まみれで死んでて、辺りは見たこともない景色、おまけにオレの肉体は幼女になってたんだから」
突然別人になっていて、自分が生きていたときから三百年が経っているなどという状況は、混乱するに決まっている。
「最愛の息子が死んだ直後、人が変わったように訳のわからないことを言い出す娘を目の当たりにして、優花の両親は絶望しちまったんじゃねえかな。そりゃひどい取り乱しようだったよ。……ま、今思うとオレの接し方もまずかったかもしれねえが……」
ユーカは珍しく反省したような様子で、アタマをかきながら当時を振り返っているようだった。
「ともかく、その後また優花の人格が表に戻るまで、一年くらいかかった。それから今まで、オレは意識だけはあって優花の目を通して外を見ているような状態だったんだが……優花にはオレが表に出ていたときの記憶はなかった」
それってつまり……
「一年後に優花さんの意識が戻ったとき、優花さんの体感では、お兄さんが死んだのはたったついさっきのことだった……?」
「そういうことだ。言わなくても、本人と両親がどれだけ混乱したか想像できるだろう」
……。
「でも、そのとき優花はまだ六歳だ。はじめはひどく悲しんだが、いつまでも引きずってはいない。でも、親はそうじゃなかったんだな」
優花さんが家族のことを話していたときの寂しそうな表情を思い出す。きっと、両親の心はずっと長男に向いたままだったのだろう。生きて、目の前にいる優花ではなく。
「両親は親として最低限のことはするし金銭は与えるが、基本的に無関心。事情を知らないクラスメイトからは、さすが霞家の跡取り娘、さすが天才だね、ともてはやされ続け……あとはわかるだろ?」
……。
「ユーカ、頼みがある」
「あん?」
「俺を鍛えてくれるって言ったよな? ……徹底的にやってくれ。もう甘えは言わない」
俺の言葉に、ユーカはニヤリと笑って言う。
「惚れた女のためなら、ってやつか?」
「……そういうわけじゃ」
優花さんの姿でいきなりなんてことを言うんだ……。
「フン……オレは優花と違って鈍感じゃないんでな」
そうだった……。ユーカは俺の姿も優花の目を通して見てきたのだった。
「安心しろ。はじめからそのつもりだ。だが、少しはマシになったじゃないか」
「? なにがだ?」
「顔つきと、喋り方だよ」




